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蒼き瞳の少女 5

 


 
オレ達は、とりあえず、少女の住んでいた町を目指すことにした。
町中を抜け、街道沿いにアルディスを目指す。
かなり人目にさらされることになるが、仕方がない。少女を連れて、整備されてない道を歩くのは、まず無謀といっていい行動だった。それに、人目がある方がむしろ襲われにくいかもしれない、とリナが主張した。人目に触れれば、この子の身元も分かりやすくなるだろう、と。まあ、それはそうかもしれないが………。さっきからリナの行動を見ている限り、ただ単に、屋台食べ歩きの機会を逃がしたくないだけなんじゃないかとしか思えない。今も、後方確認との名目のもと、どこかに姿を消している。どうやら今日はたまたま市の立つ日だったらしく、町の中心にある広場は、田舎から出てきた人や、旅の商人達がものを売る屋台が、所狭しと立ち並んでいた。人出も多く、はぐれないように少女の手をしっかりと握って歩く。
ふと気付くと、少女の視線が、吸い寄せられるように屋台の方を見つめていた。
何気なくその視線を追ってみると、どうやら布地を売っている店を見ているようだった。
そこには、鮮やかな色彩に染められた布地が、所狭しと並べられていた。
その屋の柱のところには、いくつかのリボンが、風を受けてそよいでいる。
どういう素材かはしらないが、向こう側が透けて見えるような薄目の生地で、ふわふわと軽い。
「これか?」
オレは、少女の上から手をのばし、そのリボンを取ってみる。
リナの瞳と、同じ色のリボン。
髪の色から考えると、リナには多分似合わない色。
でも、この少女の髪には似合うような気がした。
硬貨を軽くはじいて、店の親父に代金を払う。
空中で硬貨を受け止めた親父が、にやりとオレに笑いかけてきた。
「え?」
おれがリボンを差し出すと、少女が、驚いたようにオレを見た。
心底びっくりしたようなその表情からすると、オレの行動が本当に予想外だったようだ。
やがて、その顔に柔らかな笑みが浮かぶ。
「………ありがとう………」
にこりと笑った少女は、ほんとうにいい表情をしていた。
いいよな、この素直さ。リナとは全然違ってて。
「結んでみていい?」
許可を求めるように少女がオレを見た。
オレは勿論と笑って頷いた。
くすくすと笑った少女が、自分の髪をまとめようと、リボンを片手に、奮戦する。
が、さらさらとした少女の髪は、まとめるには癖がなさすぎたらしい。
手を離したとたんに、はらりとすぐに髪が戻る。
やがて、途方に暮れたような表情で少女がオレを見た。
「え? オレにやれって言うのか?」
無言の瞳に促されて、とりあえずリボンを手にとってみる。
オレもなんだか途方に暮れたくなった。
いくら女装をさせられた過去があったといっても、こーゆー作業にまで慣れているわけじゃない。髪型や化粧なんかは、リナやその時にいた女性陣が手伝ってくれていたわけだし。
少女と同じく慣れない作業に四苦八苦していると、店を冷やかしがてらオレたちの後ろの尾行を警戒していたリナが帰ってきた。
「何やってるのよ、ガウリイ」
あきれたような口調でリナが言う。
「何って………リボンを結んでたんだか」
結び目をにらみながらオレは答える。
リボン結びに結んだはずが、どうしてこんなになるんだか。控えめに言っても、オレの結んだリボンは………とてもリボンには見えそうになかった。
リナがやれやれとため息をついた。
「そう? あたしはてっきり、この子を縛り上げて誘拐するつもりなんだと思ったわ」
そう言いながらオレの目の前に手を差し出す。
「ほら、ちゃっちゃと渡しなさいよ」
素直に、目の前に差し出された手にリボンを渡してみる。
自分の荷物から櫛を取り出したリナは、あっというまに少女の髪をまとめ、リボンを結んだ。
「ほら、これでいいわ」
少女の肩にリナが手を乗せた。
「似合ってるわよ」
そういって、少女の肩をぽんと押しだす。
うれしそうに笑った少女が、リボンを見せびらかすようにオレ達の、前で、2?3度くるくる回って見せた。
見た目だけなら、一応可愛らしい部類に入る───片方は、黙っていればという限定つきだが───二人が連れ立っている図は、結構目に嬉しいものがある。
「どうしたの、ガウリイ。ぼーっとしちゃって」
「え? ああ、いや………なんでもない」
「そう?」
リナがひょいっと首を傾げた。
じーっと真剣な表情でオレをのぞき込む。
自分の考えを見透かされたような気がしてオレは焦った。
「あのねえ、ガウリイ」
オレをじっと見つめたままでリナが言った。
オレの心臓がどくんと跳ねる。
「見とれるのはいいけど、10歳以下の子に手を出すのは犯罪だからね」
───おい───。
「誰がンな子どもに手出しなんてするんだ」
オレはジト目でリナを見た。
「だってほら、プレゼントなんかあげたりして。実は、気をひこうとしたりするんじゃないの?」
にやにやと笑いながらリナが言う。
「あんた、お子って結構好きみたいだし。………ほんっと、子どもは甘いわよね。ガウリイ?」
「おい、オレをロリコンの変態扱いするなって」
オレは憮然と、リナに答える。
でも、リナのさっきの口調がなんだか妙に引っかかった。
まさか、とは思うんだけど。
「なあ、リナ? ひょっとしてお前さんもあーゆーの、欲しかったのか?」
「まさか」
リナが答えた。
その反応が、少し、早すぎるような気がオレはした。
「大体、あんたみたいなクラゲにんなこと期待する訳がないじゃない」
「ふーん」
重ねて言われたリナの台詞にオレは小さく首を傾げた。
リナに何かをやったことなんて………あっただろうか、そう言えば。
リナはオレにはお構いなしで、少女の後を追って、すたすたと歩き去っていく。
オレは後ろから素早くリナの上腕を捕まえ、オレの方に引き寄せた。
勢い余ったリナの身体が、こつんと軽くオレの胸にあたる。
上体を折ってリナの耳元にささやきかけた。
「………リナには、後でもっといいもん買ってやるよ………」
掴んだ手の中で、リナの身体がぴくんと小さく跳ねるのが判った。
片手でぱっと耳を押さえて、リナがオレの方を振り返る。
「………ほほう。あたしの『被扶養者』の分際で何を言うかな、ガウリイ」
リナが目をすがめてオレを見る。
でも、その頬がわずかに赤い。
本人に言ったら、きっと怒鳴られるくらいじゃすまないだろうけど。
「いいから、いいから。約束な」
オレは無理矢理リナの手を取り、約束の印に指を切る。
リナはしばらく複雑な顔でその手を見ていた。
「………どうせすぐに忘れる甲斐性なしのくせにね………」
そう言ってリナがくるりと背を向け、歩き出す。
オレは、苦笑してそのあとに続いた。

  
「明日には、町に着くわね」
二日目の夜、リナが自分の髪をブラシで梳かしながらオレに言った。結局、少女と出会った町で襲撃されて以来、オレ達の旅は平穏だった。拍子抜けしてしまうくらいに。まあ、向こうの町でお出迎えしてくれる可能性ってのも、結構高いとは思うんだけど。
「そうだな」
オレは答えた。
少女は、歩き疲れたのか、ベッドに潜り込むなり、安らかな寝息をたてていた。
歩くのがつらかったら、オレが背負うといったのだが、少女は自分の足で歩くと言って聞かなかった。
オレもリナも子どものペースにあわせてはいたが、結構きつい行程だったはずだ。
それでも、少女は泣き言一つ言わなかった。
見かけの割に、かなり気丈な子供らしい。
でも、ベッドに入るなり眠りに落ちてしまったのは───、やはり相当疲れていたのだろうか。
「寂しくなるわね。ガウリイ?」
多分にからかいの含まれた口調でリナが聞く。
「何でオレが」
「だって、ほら、随分懐かれてたみたいだったし。実は、まんざらでもなかったんじゃないの?」
「あのなあ」
だから、どうしてそーゆー発想になるんだか。
「オレは、お子さまは趣味じゃないの」
「ふーん」
返されたリナの答は、一瞬オレがひやりとしたくらい冷たかった。
オレは小さくため息をついた。
「大体な、オレの子どもだの何だの言うけど、お前さんのほうが、よっぽどこの子の母親みたいだぞ」
リナがオレを振り返った。
「ちょっと、やめてよ。あたし、こんな大きな子どもはいないって」
「ま、そりゃ判ってるけど、この子の面倒見てるお前さんが妙に手際がいいからさ。なんだか、ほんとに子どもでもいるみたいで」
リナが軽く顔をしかめる。
「やーね。こんな美少女相手に何言ってんのよ。まだまだそんな年じゃないってば」
「でも………」
次の言葉を口に乗せるのには、なぜだか結構な勇気がいった。
「おまえさんだって、わからんだろう? 今じゃなくても。いつか、誰かと。もしかしたら、そう遠い未来の話じゃないかもしれないだろ? もし───」
───好きな人ができたら───。
最後の台詞は、結局口に出せないまま終わる。
ことんっ、とリナが鏡台にブラシを置いた。
鏡を見ているその視線が、妙に頼りなく宙を泳ぐ。
「未来か………未来のことなんて、ちょっと考えてなかったかな」
続くリナの台詞は、小さかった。
思わず聞き違いだろうと思ってしまったくらいに。
「未来を望む資格なんて、きっとあたしにはない───。今があれば十分だと思ってたから」
「………リナ………?」
何気ない動作でリナが振り返った。
その口元に浮かんだかすかな笑みが、妙に人の心を揺らしてくる。
オレには、リナが今、見せている感情の名前はわからなかった。
それでも、それがとても優しくて、どこか悲しい感情なんだということだけはわかる。
何故、リナはこんな表情をオレに見せるんだろう。
オレがつい迷ってしまうのは―――こういう時だ。
手をのばして、そのまま引き寄せてしまいたくなる。
そうしてもリナは多分、オレを拒むことはないのではないか、と。
つい、そう考えてしまう。
───今ならば───。
リナがオレに抱いてる感情がどういうものであれ………。
オレの方を見てくれているんじゃないかと、心のどこかが期待してしまう。
オレは小さく息を吸い込んだ。
簡単なことだ。
手を伸ばす。
捉えたその手を引き寄せる。
ただそれだけで………。
「どうかした? ガウリイ」
リナが、黙ってしまったオレに問いかける。
いつものリナの表情。
その瞬間が去ってしまったのが、オレにはわかった。
「いや。別に」
苦い笑みがオレの顔に浮かんだ。
───どうかしている───。
オレは今、どうするつもりだったんだろう。
手を伸ばして―――そして?
一瞬見せたリナの弱さに、つけ込むような真似をしただろうか。
リナが不思議そうにオレを見る。
オレが何を考えていたのか、知らないが故の無邪気な表情。
さっきオレが手を伸ばしていたら、抱き寄せるだけでは多分、済まなかっただろうに。
オレより遙かに世事に通じているはずの少女は、時折こんな表情を見せる。
だからだ。
放っておくと、妙に危なっかしいところのあるヤツだから。
だから、オレは───。
オレは安心させるようにリナに小さく笑って見せた。
「いや、ちょっと考え事をしてたから」
「考え事っっ? ガウリイが?」
リナが大げさに驚いてみせる。
オレが何かをごまかしたことに気がついたのかもしれないが、それに、気づかない振りをしてくれる。
「やめてよ。明日、嵐になるから」
「あのなあ」
オレはぽんぽんとリナの頭に手を置いた。
いつもの会話。
いつもの行動。
そう、何も変わったわけじゃない。
オレ達の間に何があったわけでも………。
「もう、遅いしな。オレ。もう寝るわ」
おれは椅子から立ち上がると、ぐいっとひとつ伸びをした。
「お休み。リナ」
オレは柔らかな口調でそれだけを告げる。
そして、リナ達の部屋を後にし、後ろ手にゆっくり扉を閉ざした。
そのまましばらく動きを止める。
自分が今感じている感情に、名前をつけてしまいたくなかった。
つけてしまえば───今のままではいられなくなるだろう。
オレも───そしてリナも。
オレはまだ、リナの側にいたかった。例え保護者という名目であっても………。今のままの自分の位置をなくしてしまいたくはなかった。
もやもやとした気分を抱えたまま、オレは自分の部屋へと向かう。
だから、オレは知らなかった。
オレが去った後にリナが漏らしたつぶやきを。

「あたしの選んだ『未来』はね、『今』なのよ。ガウリイ………」

そうつぶやいて、閉ざされた扉を、リナがじっと見ていたことも。
───オレは全く知らなかった───。
 
 

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