「まったく、こんな面倒なこと、したくないんだけどね」
そういう口調は、むしろ楽しげだ。
掻き上げられが栗色の髪が、ふぁさりと柔らかく揺れる。
その、生気に満ちた表情が綺麗だと、こういう時に言ったら―――怒られるんだろうか。
オレはこう言うときのリナの表情が好きだった───さっきの少女に見せた笑みも含めて。
ま、そんなことを言ってる場合じゃないってのはいくらオレでもわかるけど。
とりあえず、オレは、リナの連れとして当然の行動をとることにした。
ちょこちょこと手招きして、女の子を呼び寄せる。
呼び寄せる場所は、勿論、テーブルの下。
「ねえ、お兄ちゃん。何やってるの? あのお姉ちゃんあぶないよ。助けてあげなきゃ」
膝を抱えてしゃがみ込むオレを、同じ視線の高さから、慌てたように少女が見る。
リナと比べてすら小さな手が、ぐいぐいとオレの髪を引っ張った。
「ああ。あぶないな」
オレはロアニア羊のマスタードソテーを片手に真剣な顔で肯いた。
「―――だからここに隠れてた方がいいんだよ―――」
空いている方の手を伸ばして、女の子をひょいっと引っ張り込む。
少女がびっくりしたようにオレを見た。
───そして、外では大方、オレの予想通りの光景が展開されることになった───。
「なんだ、随分手間取ったじゃないか」
テーブルの前のがれきを跳ね上げ、オレは辺りを見渡した。
辺りは惨々たるありさまだった。
テーブルや椅子があたり一面に散乱し、体格のいい男たちがごろごろと床に転がっている。
ただ、奇跡的にこの一角と料理の乗ったテーブルだけが原型をとどめているのが、リナらしいといえばリナらしい。
オレの台詞に、リナがイヤそうにこっちを見た。
わざとらしくぱんぱんと手を叩き、埃を払う真似をする。
「あのねえ、何、馬鹿なこと言ってんのよ、ガウリイ。あんた手伝いもしなかったくせに」
「応援ならしてたぞ」
オレはロアニア羊の最後の一切れを振り回しながらリナに答えた。
「大体、オレが手を出すまでもなかったろ? オレまで加わったら、いくら何でも相手に悪すぎるだろが」
リナがきつくオレを睨む。
「まあ、あんたの手抜きについては後ではっきりさせるとして―――。ちゃんとあの子は守ったんでしょうね?」
「ああ。勿論」
オレの背中から、金色の頭がひょこっと飛び出した。
小さな手がオレの背中をおずおずと押さえている。
先ほどから少女は、ただ呆然と、この光景を見ていた。
まあ、無理もない。
その身なりや物腰からして、多分こういうところには縁のない子どもだっただろうから、目の前で繰り広げられた光景は、驚いたなんてものじゃすまなかっただろう。それに、リナみたいなちんまいヤツが、自分より二回りは大きな相手をほいほい平気でぶつ飛ばすってのも………、まあ、普通はあんまりみられる光景じゃ、ない。
それでも、少女はぎこちないながらも、自分を救ってくれたリナに笑みを見せた。
リナがまださっきまでの争いの余韻を残した表情のまま、口元に艶やかな笑みを浮かべてオレと少女を見る。
「さあって。じゃあ、素直に吐いてもらいましょうか」
どこか楽しそうな口調でリナが男達に向き直った。
「この子を狙ってたみたいだけど………あんた達が自分でこの子をどうこうするってわけじゃあないわよね。見たとこ、そんな頭も甲斐性もなさそうだもの。あんた達がただの使いっぱだとしたら―――。一体誰に頼まれて、この女の子を狙ったの?」
「そ、それが………」
床にのされた男達のうちの一人が、ひきつった声を上げてリナに答えた。
「オレ達は、ただ、ある人に頼まれただけで………」
「おい」
他の男が、焦ったように声を上げるが、おびえきった男は、そちらを見向きもしなかった。
よほどリナが怖かったのか、震えながら、リナの質問に答えている。
「それは、誰?」
リナの言葉に、男はぷるぷると首を振る。
「い、いや。誰も何も………オレ達は、ただ、金をもらっただけで」
「顔は見たの?」
「顔は………黒い布に包まれていたから………よく………」
「そいつがこの子をさらう理由は何?」
「………それも………」
「なによ」
リナが男達を冷たく見据えた。
「人が折角情報を手に入れようと思って、わざわざ魔法使わずに手間暇かけて相手してあげたのに。全然役にたたないじゃない」
冷たい台詞に、男達が震えあがってリナを見る。
「あたしがこんなこと言う筋合いは全然ないけど………。依頼人もしっかり確認しないなんて、あんた達、雑魚よ、雑魚。本当にね」
あきれたようにリナがため息をついた。
だんっと近くにあるテーブルを拳で叩く。
「もう一度聞くわ。ほんっとーに依頼人や、この子が襲われた事情を知らないんでしょうね」
男達は、ただ、無言でふるふると首をふるだけだった。
「そう」
リナが物騒な笑みを浮かべる。
「なら、これ以上は聞かないけど………。いい? もし、知っているのに、黙っていたなんてことが判ったら、その時はただじゃ置かないわ。あんた達がどこに逃げても、落とし前はちゃんとつけさせる」
そこでタイミングを測って一呼吸置く。
「このあたし、リナ=インバースの名前にかけてもね」
「リナ=インバースっっ?」
男達のうちの誰かが上げたその声は、静まり返った部屋の中に水のように広がった。
決して大きくはないその声に、面白いように男達が青ざめる。
それまで力無く床に伸びていたはずのヤツまでが、力の限り這いずって、できる限りリナから遠ざかって行く。
毎回思うことなんだが、リナの名前って………。
いや。やめとこう。リナに聞かれたら、ぶっ飛ばされるくらいじゃ済まないし。
リナは冷たい視線で男達を見渡した。
十分に威圧しておいて、オレ達の方を振り返る。
振り返ったその時には、リナの表情はいつものものになっていた。
オレに………というよりは、少女に向かって笑いかける。
「ま、いいわ。手がかりには全然なんなかったけど、こうして慰謝料も入ったことだしね。場所を変えて、ゆっくりお食事でもしましょっか」
リナが手にしたものを振りながらオレ達に示した。
「ああ………オレ達の財布………」
地面に伸びている男達のうちの一人が無謀にも、弱々しい声で抗議した。
「やかまし」
リナの靴底の一撃が、男の腹に見事に決まった。
念のため、役人のところに少女を預かっていることだけを連絡し、オレ達は適当なところに宿を取った。
ヘンなものが後からくっついて来てないことは、道すがらオレが確認する。
まあ、尾行がついていたらついていたで、リナなら喜んで返り討ちにしそうだが………。
食事や睡眠の邪魔をされるのは、あんまりうれしいことじゃない。
とりあえず、外出は控え、宿の中の食堂で食事の続きを再開することにした。
注文取りに寄ってきた店の親父さんに、リナは適当に手を振って、パスタやケーキを軽く数人分頼んだ。
頼んだものがそろったところで、リナが再び少女に話を促した。
「今度は話してもらえるかしら? ファーラ。あなたが、どうして追われていたのか、その理由」
少女ははじめに、オレを見、次にリナの方に向き直った。
ふるふると首が振られ、小さな声が、リナに答えた。
「………わからないの………」
少女がぽつりと呟いた。
「どうして、ヘンな人が追いかけて来るのか、わからないの。でも気がついたら、あんな人たちに囲まれていて………」
縋るような視線でオレ達を見る。
リナが少女をおびえさせないように、静かに聞いた。
「ねえ、最初から説明してね、ファーラ。あなたの家はどこなの?」
少女がちょこんと首を傾げた。
「わたしが住んでたのは、ここじゃないの」
ファーラがぶんぶんと首を振った。
「ここは知らない。わたしの住んでるのはボーヌっていう通りなの」
「ボーヌ通り?」
リナが妙なことを聞いたといった表情で少女を見た。
「ねえ、念のために聞くけど………。ファーラの住んでた町はどこ?」
「アルディス」
「ちょっと。それって、ここの町じゃないじゃない………」
リナが呟いた。
「………ここじゃないって、じゃあ、ここはどこ?」
びっくりしたように少女がオレ達を見た。
「ここは、セルドの町よ。判る?」
少女が首を振った。
「じゃあ、わたしの町はどこ? どうやったらおうちに帰れるの?」
少女の視線に、オレは促すようにリナを見た。
考えるのは、リナの仕事だ。
「アルディス、って言ったわね」
リナが考え込む仕草を見せた。
「まあ、そんなに遠くはないわ。この町からなら、旅慣れた人なら、徒歩で3日くらいの距離だったはずだから。でも………。ねえ、どうしてこんな離れた町まで来たの?」
心底不思議そうにリナが言う。
少女がふるふると悲しそうに首を振った。
「判らない。わたしがおうちにいたら、まっくろい格好をしたヘンな人がいっぱい来て、何だか、くらくらするなーと思ったら、全然しらないお部屋にいたの」
「別のお部屋?」
「そう。暗くて、おっきくって、ヘンなにおいがして。私、そこから逃げ出してきたの」
「逃げ出してきたぁ?」
リナが頓狂な声を上げた。
その後ろに続く言葉は「どうやって」じゃないかとオレは思ったが、リナはその問いを口にしなかった。そのかわり、首を振って、少女の瞳を覗き込む。
「ちょっと待って。ひとつずつ確認させてね。まず、ファーラは最初、自分の家にいたのよね」
少女がこくりと頷いた。
「で、ヘンな格好の人達に襲われた、と」
再び少女が頷いた。
「で、どうやって、あなたの家から、その知らない部屋に移動したの?」
「ぐらっと部屋が揺れたような感じがしたの。そしたら、見たことのない部屋にいて」
「その間、ファーラは意識があった………っていうか、気を失ったりしなかった?」
「ずっと、目は覚ましてたと思うけど………よく判らない………」
「ヘンな人たちは何かしゃべってた?」
「………全然………」
「そう」
リナがため息をついた。
「とりあえず、そこまではまあ、判ったことにするわ。で、どうやってそこから逃げて来たって?」
「知らない部屋で、黒い人たちが、私を捕まえようとしたの」
「………それまで、ファーラは捕まえられてなかったの?」
「うん。別にヘンな人たちに手を捕まえられたりとかはしてなかったもの。だから、その人たちが、わたしを捕まえようって近寄って来たときに、逃げたの」
「あたしが不思議なのはそこなんだけど………。どうしてその変な人たちに捕まらずに逃げてこられたの?」
「わかんない。でもね、わたしが捕まりそうになったとき、気がついたら、これが、光って………、そしたらそのヘンなおじさんたちが動けなくなったの」
ファーラがごそごそと自分の胸元から何かを引きずり出す。
それは、子どもがつけるには不似合いな、大きな青い石のついたペンダントだった。
それを見たリナが眉をひそめる。
「ねえ。ちょっとだけ、それを見せてくれない? ファーラ」
「いいよ」
少女は、素直にそれをリナに差し出した。
「どうしたんだ?」
オレはリナの方を覗き込んだ。
「うん。なんだかずいぶん大きな魔力をもったアイテムみたいなんだけど………」
リナが目を細めてそれを見る。
手に持って光にかざすと、透明な宝石が日の光を反射して、きらりと光った。
「何の魔法がかかってるのかは、ちょっとわかりにくいわね。妙なものではないみたいだけど。たぶん、水の系統の力だわ。それも相当に強い、ね。誰かがファーラに持たせたお守りなのかも」
そう言うと、リナはそれを少女に返した。
大切そうに少女は、それを再び首にかけ、服の中へとしまい込む。
「ね、それ誰にもらったの?」
リナが尋ねた。
「わたしのお母さん。いつも持ってなさい、って」
少女が答える。
「そう………。ファーラのお母さんは、今おうちにいるの?」
「うん」
少女が頷いた。
何かを考え込むように、リナが2・3度瞬きをした。
その瞳に、わずかにいたずらっぽい光が躍る。
「ねえ、ファーラのお母さんって、ひょっとして―――、こいつに似てる?」
リナがオレの方を指さした。
「おい、リナ」
少女の顔に笑みが浮かぶ。
「うん、ちょっと」
腐った表情をするオレに、にやりとリナが目だけで笑いかけてきた。
「走って走っていっしょうけんめい逃げてたら、このおにいちゃんが立ってたの。このおにいちゃんが笑ってたのを見たら、なんだか、すごく安心できたから。だから、このお兄ちゃんに助けてって言ったの」
リナの唇に一瞬、笑みが浮かんだ。が、リナはすぐにその表情を消し、からかうような目線をオレに向ける。
「子どもにも、あんたのそのぼけぼけした平和なクラゲぶりって判るのかしらね」
オレが何かを答える前に、リナが少女に向き直った。
「ま、それは正しい判断だっだわ。多分ね」
そう言って少女に笑いかける。
「いいわ。本当はファーラを役人のところに連れていくのが筋なんだろうけど………。ま、乗りかかった船だしね。あたしとこいつで、あんたを、元の町へ送っていってあげる。それでいい?」
そう言ってリナは親指でぐいっとオレを指した。
「ほんと? おねえちゃん」
ぱっと顔を輝かせて少女が言う。
「リナって呼んでいいわよ」
ウインクひとつして、リナが笑った。
そして、おまけのように付け加える。
「ま、ただでって訳にはいかないけどね………」
「おい、リナ」
オレは焦ってリナを見た。
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