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「おーい」 オレはリナに向かって手を振った。 声に気付いたのか、木にもたれかかって立っていた少女が、ぱっと顔を上げてオレを見る。 華奢な肢体。 柔らかそうな栗色の髪。 まだ、女性らしいというには少々遠い体つきだが、オレの保護している少女は、妙に人の目を惹きつけた。 今も、ただ、そこに立っているというだけなのに、周囲を歩いている人が、なんとなくリナに視線を向けていく。 ………本人は、全くそんなことには頓着していないようだが………。 「おっそーい」 木陰を離れ、リナがオレの方にやってきた。 腰に両手を当ててオレを見る。 生き生きとした表情。 多分、怒られるのだとわかっていても、この表情を見ているのは、何だかとても楽しかった。 「一体、どこで道草喰ってたのよ。ガウリイ。迷子にでもなってたんじゃないでしょうね」 案の定、顔を見せるなり文句を言われる。 「あのなあ」 おれはため息をついた。 「それが仮にも保護者をやってる人間に言う台詞かよ………」 リナが腰に手を当てたまま、仕草だけは可愛らしく首を傾げた。 「あのね。ちょっとしたお使いに、一体何分かかったと思ってるの? まあ、あんたをお使いに出したあたしが悪いって言えば悪いのかもしれないけど。あたしのヒモをやってるんだもの、そのくらいの役には立ってもらわないとね。ま、どうせ、くらげなガウリイのことだから、道に迷ったかなんかしてたんでしょうけど………」 ふと、リナが言葉を切った。 いぶかしげな表情でオレを見る。 その視線は、オレを過ぎ、オレの背後でぴたっと止まった。 「ね、ガウリイ。それ、どっから拾ってきたの?」 リナがオレの背後を指さした。 「人を指さして『それ』はないだろ、リナ」 そう。 オレの後ろには、女の子が一人立っていて、オレの影からそっと覗き込むようにリナを見ていた。年の頃なら8歳くらい。さらさらとした金の髪をした、なかなか可愛らしい顔立ちの子どもだった。 なぜこの子がオレにくっついているかというと、それには一応訳があって───。 「この子はな───」 オレが説明しようとすると、 「隠し子っっ?」 リナがオレの台詞を遮った。 ───おい、ちょっと待て───。 「誰が誰の隠し子だって?」 オレの抗議を、リナは当然のように無視してくれた。 「くらげだくらげだと思ってたけど………、あんたにもそんな甲斐性があったなんてねえ」 どこからかハンカチを取り出してほろりと涙を抑えるまねなどする。 「あのなあ………。だからこの子は───」 オレの抗議は再びリナに遮られた。 うるうるとした目でリナがオレを見る。 「駄目よ。隠そうとする気持ちは分かるけど………子どもの前で嘘をつくなんて、そんなこと………。そーゆ嘘はね、子どもの心に一生消えない傷を残すのよ」 妙に乙女ちっくなポーズで首を振った。 「どーしてそーゆ発想になるっっ」 リナはじっとオレの目を覗き込んできた。 その表情が妙に真剣に見えてオレはたじろぐ。 「ガウリイ。あたし達って、会ってからもう3年も経つわよね。だからあたしには正直に話してね。きっと悪いようにはしないから───」 「あのなあ………だから、オレの子どもじゃないって」 オレは焦ってリナに言う。 「なによ。心当たりがないとでもいうつもり?」 大きな瞳にじっと見つめられ、オレは一瞬返答に詰まる。 「ほーら、やっぱり、心当たり、あるんじゃない」 どこか勝ち誇ったようにリナが言う。 そりゃ、オレぐらいの年で、そーゆーことに全く心当たりのないヤツがいたら、そっちの方がヘンだろう。 だから、心当たりはあるといえばあるし、ないと言えばないわけで………。 オレは慌てて、リナに言った。 「あ、あのな、だから、それは、心当たりとかそーゆーんじゃなくてだな………」 「駄目よ、ガウリイ」 リナが首を振って、何故かどもってしまったオレの台詞を遮った。 「産んだ責任はちゃんととらなくちゃ。自分のお腹を痛めた子なら………」 「だからオレにそんな心当たりは………って、え?」 自分のお腹を痛めた子? 「おい………リナ?」 確認するオレの声はうなりに近かった。 にぱっとリナがオレに向かって笑いかける。 いたずらが成功した時の笑顔。 「え? だって。女装だーいすきなあんたのことだもの。隠し子の一人や二人いても、全然不思議はないじゃない? ねえ、お母さん?」 真面目さを装ってはいても、その目にはこらえきれない笑みがある。 「ンなわけあるかああああっっ」 ついにオレは大声を出した。 はじけるようにリナが笑い出す。 「やっだ、冗談よ。冗談」 ぱたぱたと手など振りながら、 「でも、あんたとこの子、何だかちょっと似てたんだもの」 まだ笑みを含んだ目でオレを見る。 リナは、オレの脇から少女の方を覗き込んだ。 「髪の色とか、目の色とかね」 「それにしたって、普通は『おとーさん』だろうが」 なんとなく脱力した気分でオレは言う。 リナが顔を上げてオレを見た───心底不思議そうな表情で。 「───あれ? あんたにそんな甲斐性あったっけ?───」 今度こそオレは言葉につまった。 にやりとリナが笑って、少女の方に向き直る。 「ほんとに綺麗な綺麗な金の髪ね」 リナの声に、ぴくん、と女の子が体を震わせ、心持ちオレの方に身を寄せた。 リナが子どもの目線に実をかがめ、オレには滅多に見せてくれないような優しい微笑みを浮かべる。 「どうしたの? 迷子?」 少女は黙って首を振る。 リナがオレの方を見上げてきた。 「ねえ、本当にどうしたの? この子」 「ああ、実は」 オレはぽりぽりと頬を掻きながらリナに答えた。 「ま、大したことじゃなかったんだが………ここに来る途中、この子が路地裏で妙な男達に襲われてたのを見たんで、助けてきた」 「あ、そう。そりゃ大したことじゃないわね、あはははは………」 リナが笑った。 そのままの顔でぽかりとオレの頭を殴る。 「おい、痛いって」 抗議すると、リナはオレを睨み付けた。 「あのねえ。『たいしたことじゃない』ってね………襲われてるってのは、それだけで十分たいしたことなのよ。普通はね」 「え? そうなのか? リナといると珍しくないような気がするのは………」 オレの素朴な疑問は、リナの拳に封じられた。 「───ひとこと多い───」 身を折ってうめくオレを後目に、何事もなかったかのようにリナが続けた。 「そーゆー大切なことは、早めに言いなさいよね、早めに」 「………お前さんが妙なこと言うからいい損ねたんじゃないか………」 オレの抗議は、当然リナには無視された。 「で、この子、ほんとはどこの子で、どうして襲われてたりしたの?」 「それがなあ………」 オレは言いよどむ。 「それが、何よ」 「助けてから一言もしゃべってくれないんだよ。この子」 案の定リナはあきれた表情を隠さなかった。 「あのね、この子が駄目でも、この子を襲ってた奴らがいたでしょうが」 「ああ。それか」 オレはぽんっとひとつ手を打った。 リナに向かって笑いかける。 「そっか。聞けばよかったんだよな。そいつらに」 「………ってことは、聞きもしなかったのね、そいつらに」 「まあ、オレがちょっとつついてやったら、割とあっさり逃げ出したし」 「じゃあ、せめて相手の人相風体は………って」 リナがそこで台詞を切って、ふっとアンニュイなため息をついた。 「………ガウリイには聞くだけムダよね………」 「どーゆー意味だよ」 流石にオレもむっとする。 「一応、普通の人間………だったぞ。確か」 「それ以外は?」 思わずオレは沈黙する。 「ほら見なさい。それだけじゃ、何の手がかりにもなんないじゃないの」 再びため息をついたリナが、少女の方に向き直る。 「ね、あなた、どうして襲われていたの?」 その子は、困ったようにリナを見て、黙って首を振った。 穏やかな声でリナが続けた。 「あたしはね、リナって言うの。こっちのおっきいのはガウリイ。図体か大きいだけで、害はないから」 オレを指さしながらリナが言う。 「おい、何だよそれ」 オレの当然の抗議は、当然のように無視された。 「ねえ、せめてあなたのお名前だけでも教えてくれない?」 「ファーラ」 リナの声に、ようやく少女が口を開いた。 にっこりとリナが笑う。 「そう。じゃあ、ファーラ。あなた、お父さんかお母さんは?」 その子は少し考える仕草をしたあと、黙って首を振った。 「じゃ、おうちがどこかわかる?」 少女が、再び首を振る。 それも激しく。 リナが、ちょっと首を傾げて考え込んだ。 「わからないの? 言えないの?」 少女は相変わらず黙ったままだった。 ただ、どこか悲しそうな目でこっちを見返してくる。 リナがちらりとオレの方に視線を流した。 「これじゃあ全然埒があかないわね。役人のところに届けようか」 リナの台詞に少女はオレのズボンの端をしっかと掴み、不安そうな目でオレの方を見上げて来る。 それを見たリナが小さく笑った。 「………なんだかなつかれちゃってるわね。やっぱ、あんたの子じゃないの?」 「………おい………」 「ま、こんな小さいのに襲われてたってことは………けっこう訳ありってことなんでしょ。多分ね」 立ち上がったリナがふぁさっと自分の髪を掻き上げた。 「さあって、どっしよっか………」 オレは少女とリナを見比べた。 「………なあ、役人のところにつれて行くにしたって、どうしたって、事情は聞かなきゃならんだろ? 立ち話ってのもなんだしな。どうだ? どっか、その辺の店にでも入って、休みながら話すってのは」 「おおっっ。ガウリイにしちゃいいこと言うじゃない」 ぽんっとリナがオレの背を叩く。 珍しく、オレの提案はあっさりとリナに受理された。 リナが、一応少女にお伺いをたてた。 「どうする? あたし達といっしょに来る?」 少女は、黙ったままこくっと頷いた。 |
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