ほーんてっどないと 〜後編 1/2〜

Kyo



 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

「───え───?」
とすんと背中がクッションにあたる感触を感じて、あたしはふっと我に返る。
「ちょっとちょっと、ガウリイ」
慌ててガウリイの手を引き剥がそうと試みる。
でも、その力は緩まない。
これじゃあ、呪文を唱えようにも必要な印も結べないって。
視線だけで思いっきりガウリイを睨み付けると、ガウリイはにやっと笑いかけてきた。
悪戯をたくらむ子どもの表情によく似ている。
「なに暴れてんだよ。相手をつるためのお芝居だって、お芝居」
耳元をくすぐるように小さくガウリイがあたしに囁きかけてくる。
気配の主に気づかれない気配りなのかもしれないが───あんまり耳元にはりつくなあああああっっ。
怒鳴りそうになったあたしの口を、さりげなくガウリイが手で塞いだ。
「オレ達がひっついてるときに、来るんだろう? だったら、せいぜい見せつけてやんないと」
そう言ってガウリイがウインクする。
もごもごと声にならない声であたしはガウリイに抗議した。
「まあなあ………。オレだって、好きでやってる訳じゃないんだけどな」
「ちょっと………その割になんだか楽しそうじゃないの」
なんとかガウリイの手を口から外すと、あたしはガウリイに文句をつけた。
「気のせい、気のせい。大体、リナに手出しなんかしたら、その後がすごく怖いだろ?」
ガウリイが笑った。
引く気配は全然ない。
いくらあたしが剣士として、それなりの腕を持っているとは言っても、ガウリイとあたしでは元々の筋力がとんでもなく違う。
あたし自身の力だけで、この馬鹿でっかいガウリイをはねのけるのは、至難のワザだった。
特に、こーゆー体勢になった場合、元々の力が同じだとしても、下になった方に、まず、勝ち目はない。
………こーゆー体勢?………
あたしは、はたっとに返る。
冷静なつもりで、あまり冷静じゃなかったらしい。
これはまずい。
冗談だろうがなんだろうか、これはなんだか、すごくまずい。
だって、この体勢って、ひょっとして………。
なんとなく背筋に寒いモノを感じ、あたしはさらにじたばたもがいてみる。
「ね、ねえ。ガウリイ? もうちょっと、力ぬいてくれるとあたしとしては嬉しいんだけど」
「でもなあ………今さらそんなことしたって、オレの身の危険が増えるだけのような気がするしなあ」
とぼけた口調でガウリイが答える。
ちっ。余計なとこだけ鋭いヤツ。
「とりあえず、あんまり暴れると芝居がばれるしな。リナがもう一回最初からやり直したいなら別だけど」
面白そうにガウリイが言う。
その言葉は、あたしの耳元すぐ近くで聞こえてきた。
ちょっとちょっと。今、耳元に息がかかったってばっっ。
「芝居ったってねえ。フリだけでいいでしょ。フリだけでっっ」
なにもこんなに人を押さえつけることはないってば。
「そうか? 遠慮することないんだぞ」
「なんの遠慮だあああああっっっ」
あたしはガウリイの耳元に、精一杯の抗議をする。
ガウリイが、そんなあたしを見て、ほんのわずかに笑みを浮かべた。
それは、何だかとても優しい笑みで───あたしは一瞬文句を忘れた。
そして、ガウリイの顔が近づいて来て───。
え? だからちょっと………。
「ちょっと、待った。待った。待ってってば………」
ガウリイからの返事はない。
それはガウリイがあたしの唇を塞ぎにかかったからで………。
───しかも、これって───。
ああもう、フリでいいって言ってんのにぃぃぃぃっっ。
いきなり人にどーゆーキスをかましてくるんだっっ、このくらげええええっっ。
あたしの絶叫は声にならない。
───声になんて、とてもならなかった───。
………………………。
………………。
………。
…。
 
 
 
 

しばらくの間、沈黙が落ちた。
やがて、ふ、とガウリイが唇を離す。
そして、柔らかくあたしに笑いかけてきた。
頬に手の触れる感触。
そして、その手がすっと横に動いた気がしたが、それはあたしの視界からは見えなかった。
かつんと堅い刃物が壁にあたる音。
どうやら短剣か何かを投げたらしい。
ガウリイの痩身があたしの上から離れていく。
ことんと床にあたり、遠ざかっていくガウリイの足音。
そして、衣擦れのようなごそごそという音。
「ほーら。のぞき見つかまえた」
ガウリイの得意そうな声が聞こえてきた。
あたしからの、反応はない。
「リナ? おい、リナ?」
ガウリイの顔が視界に入る。
びっくりしたような顔であたしを覗き込んでいた。
その手でぺちぺちとあたしの頬を叩く。
自分の頬に徐々に赤みが戻っていくのが判った。
そしてそれ以上に顔が真っ赤になっていくのも。
「………こぉの、えろぼけくらげええええええええっっ」
あたしの呪文は、ガウリイはもちろん、侵入者もきっちり巻き込んで発動した。
 
 

「じゃ、ちゃっちゃと説明してもらいましょうか?」
あたしはナイフを突きつけた。
突きつけた相手は………あたし達にこの部屋を提供してくれたゾーヤさん。
ガウリイの投げたナイフで服を壁に縫い止められ、今はロープでぐるぐる巻きにされている。
あたしがさっき、台所で目撃してしまった相手を、どこかで見たことがあると思ったのは、間違いじゃなかったわけである。
まあ、考えてみれば、家の間取りを良く知ってる人なんて、持ち主以外にそうそういるはずもないんだけれど。
「ゾーヤさん?」
案の定、ガウリイがほけっとした声を上げる。
「そうよ。さっき会ったでしょう?」
あたしはガウリイの方を見ずに答える。
さっきからどうもガウリイに視線をあわせにくい。
『お芝居』のせいだとは思いたくないけど。
「おおっっ、どっかで見たことあると思ったら」
あたしの台詞に、ガウリイはぽんっと手を打った。
どうでもいいけど、つい数時間前に合った人の顔を忘れるなって。
それに―――。
あたしは顔を上げ、白い視線をガウリイに注いだ。
「ホントに、見たことあると思ってる?」
「………………………」
ガウリイは、そのまま沈黙した。
………やっぱり、おぼえてないんでやんの………。
まあ、予想どおりの反応を背に、あたしはゾーヤさんに向き直った。
「さて、じゃあ話してもらえるわね。どうしてあたし達の様子をうかがっていたのか、その訳を」
あたしは低い声でゾーヤさんに告げる。
一見大人しげに見えるゾーヤさんだが、さっきの敏捷さは侮れない。
あれは、人間のレベルじゃなかった。
さっきの………なシーンにゾーヤさんが油断していなかったら、ガウリイでももしかしたら捕まえられなかったかもしれないし。
あたしは極力冷ややかな表情を見せて、ゾーヤさんに詰め寄った。
そんなあたしに、ゾーヤさんがにっこりと邪気のない笑みを向けてくる。
「あら、一体なんのことでしょう」
あたしは、ぱんっと机を叩いた。
「なんのことでしょうじゃないでしょう? あんたのおかげであたしが一体どんな目にあったと思って………」
「え? 何かひどい目にあったのか?」
脇からガウリイがひょこいっと首を出した。
───こいつ───全然自覚してないし───。
あたしの蹴りが、当然のようにガウリイに向かってたたき込まれる。
ガウリイが身を折ってうずくまった。
まあ、当然の報いだろう───あれだけのことをしたんだから。
命があるだけ、感謝してほしいものである。
まあ、この後どうするかはまたその時考えるけど。
「まあ、むごい」
ガウリイを見ながら、全然むごいと思っていないような口調でゾーヤさんが言った。
「『そんな目』なんていかにも被害に遭われたかのようにおっしゃってますけど、私の目にした限り、先ほどのリナさんの行動はとてもとても、そうとばかりは………」
ぷちぷちと呟かれるゾーヤさんの台詞があたしの神経を逆なでする。
「なんか言った?」
それはそれはやさしく笑いかけるあたしに、何故かゾーヤさんはぷるぷると首を振った。
「いえ、何も………」
「そう………ならいいけれど」
あたしはふっと小さく息を吐いて、気分を少し切り替えた。
「大体、目にしてた………ってね、一体、どうしてあたし達をのぞいていたりしたのよ」
まあ、これが、鬱屈したものを抱えたにーちゃんねーちゃんの覗きだ、っていうなら話はわかるが、どうもそーゆー訳でもなさそうだし。
「どうして、と言われましても………」
ゾーヤさんは、相変わらずののほほんとした表情で、可愛らしく小首を傾げた。
「私は、ただ、真実を求めていただけですが」
「真実ぅぅぅぅぅっっ?」
あたしの声が裏返る。
ゾーヤさんは頷いた。
 
 


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