ほーんてっどないと 〜中編〜
Kyo
お揃いの模様で揃えられた食器。
テーブルには、センタークロスが掛かり、銀色の燭台にともされた明かりが、暖かい雰囲気を醸し出す。
糊のきいた、真っ白なエプロンをつけ、レードル片手に、あたしはお皿にスープをそそぎ込む。
「だああああっっ」
そして、唐突にあたしはしゃがみこんだ。
「………どうした? リナ」
───どーしたも、こーしたも───。
あたしは頭を抱えて、ガウリイを見る。
なんなんだろう、このシチュエーション。
食器が可愛いブルーの花柄なのは、そーゆーのしかここにはなかったからだし、一応エプロンをしてるのだって、自分の服が汚れたり、においがついたりするのがヤだったからなんだけど………。
いつの間にか、周りの雰囲気に馴染んでいるような自分が怖い。
あたしの目の前にいるのは、自称保護者で実質くらげのガウリイなのに。
なによ、この、新婚家庭かなんかのような妙に甘ったるい雰囲気はっっ。
ガウリイはのほほんとこっちを見ている。
その顔には、食べ物を目の前にした嬉しさしか見えない。
まあ、ガウリイが気にしてないらしいってのがせめてもの救いなんだけど………。
なんとなく気恥ずかしいのを極力隠し、あたしは仏頂面でガウリイに夕食の皿を差し出した。
喜々としてガウリイがその皿を受け取る。
何か考えているのかいないのか、いただきます、と言うなり、ほいほい料理を口に放り込む。
おいしそうに食べてはいるけど、ほんとに味わっているんだか。
まあ、不味そうに食べられるより、遙かにいいのかもしれないけど。
「おかわり」
ガウリイがあたしの目の前にお皿を差しだした。
あたしは、じっとガウリイを見る。
「あのねえ、ガウリイ。このリナ=インバースがせっかく腕によりをかけて作った料理、ちゃーんと味わって食べてるんでしょうね」
「勿論だろ?」
スプーンを口元に持っていったままのガウリイが即答した。
「その割には、いつもより食べるペースが、早いんじゃない?」
「そうか?」
あたしの問いに、ガウリイがぴこぴことスプーンを振り回しながら答えてくれる。
「そりゃ、いつもの食事より美味いからだろ?」
ガウリイはそう言うと、にっこりとあたしに笑いかけた。
本当に、そう思っていることが判る、子どものような無邪気な表情。
他意が無いのは判っていても、なんとなくこの笑顔は心臓に悪い。
あたしは、ついつい反応を選びそこねた。
次の台詞をガウリイが口にするまで。
「だから、おかわり」
「あのねえ」
空になった皿をしめしたガウリイが、早く早くとあたしをせかす。
全く、こいつは。
あたしは何となくおかしくなった。
どっちが子どもでどっちが保護者をやってるんだか。
「はいはい」
あたしは、ため息をつきながら、椅子から立ち上がると、台所の方へと歩き始めた。
あれ?
そんなあたしの背後に、なぜかガウリイが笑っている気配が伝わってくる。
なんとなくむっとしてあたしはガウリイを振り返った。
「ガウリイ。今ちょっと笑ってなかった?」
「え?」
次のお皿に挑戦していたガウリイが、顔を上げてあたしを見る。
あたしをじっと見る顔は、至極真面目な表情だった。
あれ? おかしいなあ。
今、確かに笑われたような気がしたんだけど。
「ほんっとーに、笑ってなかった?」
あたしはしつこくガウリイに聞いた。
「もちろん」
これも真面目にガウリイが頷く。
「そう?」
おかしいなあ。確かに、そう感じたんだけど………。
あたしの気のせいだったんだろか。
あたしは、首を傾げながら、再び台所の方に向かい始める。
そらす寸前の視界に、なんとなく楽しそうなガウリイの表情がちらりと映った。
「それにしても………いったい何だってこんなことに………」
お皿をかちゃかちゃと洗いながら、あたしはぼやく。
台所には大きな窓があり、先ほどから降り始めた雨の気配が伝わってくる。
きっと今夜は冷えることだろう。
それは、ただでさえ鬱陶しい環境をさらに悪化させるものでしかなかった。
一体あたしはなんでこんなとこでこんなことをしてるんだか。
あたしは本日、何度目かのため息をつく。
ま、あとは、あったかーいお風呂にでも入って寝るだけだから、いいっていえばいいんだけど。
寝室についての問題は、とりあえず解決済みだった。
一応、夕食の前に、あたしはガウリイと二人で家の中の探検してみたところ、しごく当然のことのように寝室はひとつしか用意されていなかった。
そしてやっぱり、当然のように、ベッドも一つしか用意されていなかった。
あたしは迷わず回れ右をして、ガウリイにその部屋を明け渡す。
中に何があったかは………ちょっと思い出したくないんだけど。
ある意味、珍しいものではあったかもしれない。
あたって欲しくない予想のとおり、その部屋も、レースとフリルと、そしてぴらぴらとした飾りに占領されていた。
それでも、部屋にどてんと鎮座していたベッドはいわゆる天蓋つきというやつで、彫刻を施された柱が、布で装飾されたベッドの上の天蓋を支えている豪華なものだったし、サイドテーブルに乗っていた華奢な足のついたランプは、あたしの目から見ても、けっこう質のいいものだった。
でも、テーブルの上に乗っていた香や、サイドボードの中にあったお酒の種類なんかが、なんだかあやしげに見えたのは、あたしの気のせいというわけではないはずだ。
とりあえず、あたしは居間のソファを占領し、ガウリイがその部屋を使うことに話はつけたる。
まあ、普通は逆なんだろうけど、あの寝室に泊まるのは、なんだか、ちょっと………だったし、せっかく暖炉のついてるぬくぬくした居心地のいい部屋をガウリイに譲ってやるつもりはあたしにはなかった。
さあって、お皿を洗い終わったら次に………。
あたしは、ふと顔を上げた。
そして。
「うっきゃあああああああっっ?」
「どうかしたか? リナ」
ついつい悲鳴をあげたあたしに驚いたのか、ガウリイが台所に飛び込んでくる。
「ひゃああああっっ」
あたしは反射的に戸口に現れたガウリイに手にしたお皿を投げつけた。
ガウリイがひょいっとそれを片手で掴む。
「あのなあ。心配して来てやった人間になんてことするんだ、お前さん」
ガウリイが渋い顔であたしを見る。
いいじゃん。ガウリイがよけられたんならそれで。
当たっても別にあたしはかまわなかったし。
過ぎたことはさておいて、あたしは窓の外を指さし、ガウリイに向かって訴えた。
「今、窓の外に、なんだか変な人の顔が映ったのよっっ」
ほんの一瞬しか見ることができなかったが、窓にぴたっと貼りついたその顔は、人のものとは思えなかった。
しかも、何だか逆さまだったような気もするし………。
戦士にして魔道士たるこのあたし、リナ=インバースに怖いものはほとんどないが、いかにも年頃の乙女らしく、実は怪談の類はちょっぴり苦手だったりする。
ゴースト相手ならどうということはないが、何だか得体のしれないものは、できればご遠慮願いたい。
相手が人間とかならともかく、何かヘンなのだったらどうしよう………。
だから、ついつい悲鳴なんかあげてしまった訳なのだが………。
「なんだ。そうか」
そう言ってガウリイはあたしの台詞にあっさり頷いた。
ちょっと待て、そこであっさり納得していいのかっっ?
あたしはガウリイの腕を引っ張った。
「ちょっとちょっとちょっと。この窓の外に何かいたのよっっ。こんな森の中の一軒家で、近くに人家なんて全然ないのに。しかも外は雨なのよ、雨っっ」
ガウリイが不思議そうにあたしを見た。
「え? だって。それってさっきからだろ?」
「え?」
あたしはさっと青ざめる。
全然気づいていなかった。
あたしが、それだけ動揺していたのか、それとも、相手がそれだけ上手なだけか。
「何、それって一体………」
あたしは低い声でガウリイを問いただす。
ガウリイがぽりぽりと自分の頬を掻きながらあたしに答えた。
「いやあ、さっきから時折気配はあったんだけどさ。ただ見てるだけで、殺気なんかはなかったから。なんだろな、と思ってたんだが」
「なんだろな、と思ったら、その時点でとっととあたしに報告しなさいよねっっ」
あたしはガウリイをどやしつける。
まったく、本当に、このクラゲは。
「………それにしてもなに? 殺気のあるなしが判るってことは、相手は人間ってことなの? ガウリイ」
「ああ、多分」
はなはだ心許ないガウリイの答え。
「多分ってなによ、多分って」
「いやあ、何だかちょっと気配が妙でな」
ガウリイが顎に手を当て首をひねった。
「あえて言うなら………なんだかとんでもない執念のようなものを感じるんだ」
「それって、怨念だとか言わないわよね?」
「違うな」
ガウリイが断言した。
「そっか」
あたしはちょっと安心する。
とりあえず、あたしの苦手なものではないらしい。
「でも………もう一つ何だか妙なことがあってなあ………」
「何よ妙なことって」
あたしはガウリイを問いつめる。
ガウリイが何やら天井を見つめて低く唸った。
「それが」
ガウリイの指が、あたしの背後をすいっと指さす。
「………その気配って、どうもさっきから、お前さんがオレの側にいると現れるようなんだよなあ………」
「へ?」
あたしは慌ててガウリイの指し示す方を振り向いた。
闇の中、窓に浮かび上がる二つの目。
………って、え………?
間抜けなことに、あたしはしばらくそれとにらめっこをしてしまった。
互いに、相手の瞳を覗き込んで、ぱちぱちと軽く瞬きする。
「きゃああああああっっ」
我に返ったあたしが、手元にあったもう一枚の皿を投げる前に、その気配はすっと消えた。
まるで最初からそこには何もいなかったかのように。
「ほーら、いただろ?」
なんだか得意そうなガウリイの声が、あたしの背後から聞こえてきた。
あたしは振り向きもせずに手にした皿をガウリイの方にぶん投げた。
確かに、言われてみると、その気配は、確かにあたし達の方を伺っているようだった。
それも、あたしが一人で行動するより、ガウリイの近くにいる方が、遙かに出現率が高くなっている。
その気配は、ある時はオーソドックスに窓の外から、ある時は天井裏の隙間から、またある時は、壁の絵の方から漂ってくる。
どうやら、この家には、隠し通路か何かがあるらしい。
そして、気づいたあたしが視線を向けたりすると、すっと消える。
魔族かとも疑ってみたのだが、どうやらそーゆー様子でもないようだ。
魔族に特有のあの気配………錆びたような絶望の気配は、そこからは感じ取れなかったし。
頭にこぶをつくったとはいえ、ガウリイの野生のカンも人間に間違いないと言っているらしいし。
でも、その割には、その人間が発する気配は、何だか熱く、ねっとりと肌にまとわりつくようで………何とも形容しがたい、妙な感じだった。
そして、一度気づいてしまうと、その気配が、執拗にあたし達の様子をうかがっているのが判ってくる。
あたしがガウリイに近寄るたびに、その気配もあたしたちに近寄って来ているようだった。
「あああああっっ。もうっっ」
あたしは頭をかきむしりたくなる衝動を必死で押さえた。
この気配、確かにそこに存在するのに、どうしてもそれを捕まえることができなかった。
手が届きそうで届かないというのは、それだけで人の神経を逆なでする。
シャドウスナップは、暗がりにいる相手には効かないし。
ナイフなど投げてみても、相手に届く前にかわされる。
ちなみに、ガウリイに試させてみても、結果はあまりかわらなかった。
あたし達二人にもしっぽを掴ませないとは………。
あたしが言うのもなんだけど、ほとんど人間じゃないって………それ………。
「………どこぞの教育熱心なおばちゃんか………」
あたしの頭の中を、過去の悪夢が過ぎっていく。
以前、あたしが出会った教育熱心なおばちゃんは、明らかに人間としての域をとてつもなく超越した存在だった。
どのくらいすごいかというと………やめよう………思い出したくもない………。
あのおばちゃんを相手にとったら、例えガウリイでも敵うまい。
そう思わせるだけのなにかが、その人にはあった。
だから、世の中に、そーゆー不条理な存在がいるということは、しっかりきっぱり理解はしていたつもりだが………。
こんな田舎町で、またこーゆー目に会うことになろうとは………やっぱし、この世界って広いのかもしんない。
あたしはふっと小さく息を吐いた。
でも、今回のは、間違ってもあのおばちゃんじゃないし。
気のせいかもしれないが、さっき視線を合わせてしまった、あれは多分………。
あたしはぶんぶんと首を振ってその考えを振り払った。
勝手な憶測を元に行動するのは、あたしみたいな仕事をしてると、決して賢明なことじゃない。
あたしは、気合いを込めて、がっしり拳を握りこんだ。
例え相手がなんであろうと、こうなったらからには───、受けてやろうじゃないの、その挑戦。
あたしは、使えそうな呪文を頭の中に並べ立てる。
ガウリイを巻き込むのは、全然、一向にかまいはしないが、自分が巻き込まれるのは、嬉しくない。
あたしがよく使っている火の系統の魔法は、今回に限ってはちょっと使い勝手が悪かった。
そんな魔法を使おうものなら、部屋中のフリルやレースに思いっきり引火しそうだし。
風の魔法なんか使ったら、クッションの中の羽根が思い切り飛び散って、それもやっぱりなんだかひどい目にあいそうだし。
ここはやっぱり、電撃の呪文か何かがベストだろうか。
でも、こーゆー遮蔽物の多い、しかも電気の伝わり方の悪そうなところでは………。
乙女らしい物思いに耽るあたしの肩を、つんつんっと、ガウリイがつつく。
「なあなあ、リナ。オレに考えがあるんだけど」
「へ? ガウリイに考えがあるっっ?」
あたしはまじまじとガウリイを見た。
驚きすぎて、大声を上げることすら思いつかない。
「ちょっと………あんたが何かを考えつくなんて………今日は一体どうしたの?」
珍しい───あまりに珍しすぎる。
明日は雪だ。天変地異だ。
内心、本気で世界の未来を心配してしまったあたしに、ガウリイがにやりと笑いかける。
「やっぱりさ、何かを釣ろうってからには、当然、エサが必要だよな」
「ま、そうよね」
あたしは答える。
でも、なんだろう。なんだか、今ちょっと、イヤな予感がしたような?
それに、大体、今までガウリイの考えにのって、ろくな目にあったことって………。
その予感を確かめる間もなく、ガウリイがちょいちょいと手招きであたしを呼び寄せる。
あたしはとりあえずソファに座っているガウリイの方に寄っていった。
ガウリイの隣にクッションをかき分けて座り込む。
「なあ、リナ?」
「何?」
ガウリイが、笑いを含んだ声であたしに話しかけてきた。
何気なく顔を上げたあたしは、息を飲む。
ガウリイの顔がびっくりするくらい近くにあった。
滅多に見ることのない極上の笑顔。
中身がクラゲだとわかっているのに………、どうして、あたしは動けないんだろう。
その瞬間、確かにあたしは油断していたのかもしれない。
だから、あたしは何の反応もできなかった。
その腕を体に回され、力強く引き寄せられるまで───。