ほーんてっどないと 〜前編〜

Kyo



 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

その家に一歩足を踏み入れた途端、あたしは激しいめまいに襲われた。
………どうしろって言うんだろ、これ………
思わず1、2歩退いてしまったあたしの背中が、後ろに立っていたガウリイの胸にとんっと突き当たる。
反応がないところをみると、どうやらガウリイも呆然とこの光景を見ているらしい。
ガウリイがぼけているのは、今に始まったことじゃないけど、まあ、今のこの反応は、すこぶるつきで正しいだろう。
あたしはぐらぐらする頭を、支えるように手で押さえた。

あたしとガウリイが、家の中に見たモノ………それは、一面の花模様とフリルとレースの洪水だった。

ま、個人の好みだと思うけど、レースもフリルも、あたしは、決してきらいなわけじゃない。
自分がそーゆーに囲まれて暮らしたいかってのは、また別問題だと思うけど。
そう。確かに、この家にあるものだって、可愛くない訳じゃなかった。
ごてごてとした飾りの乗った、曲線のきゅーとな猫足の家具だって、過剰なまでに装飾された小物入れだって、タッセルにまでふりふりレースを使っちゃってる、ぴらぴらのカーテンだって………もしかしたら、可愛いのかもしれない。
それにしても………。
「限度ってものがあるでしょうが………」
あたしの声は、柔らかな布地の山に、反射することなく吸収されていった。

全体に統一された色調は、白とパステルカラーを基調にしたピンク。
何というか………うーん。
そう。新婚家庭というものに一度でもお邪魔したことがあるだろうか。
さり気なく、結婚式に使ったブーケが飾ってあったり、レースの小物がおいてあったり、とんでもなく可愛いエプロンに名前が刺繍されて入っていたり………あれは、新婚さんという特殊な人種のための生息域で、通常の人が入ってはならない場所なのだとつくづく思い知らされる。
この状況は、まったくもってそれをほーふつとさせた。
「なんだかなー。どうしろっていうんだろ。これ」
あたしは、手にした凶悪なくらいかわいらしいお花模様の小物入れを手にして、ついついため息をついてしまった。
もしかしたら、魔族のほうが、まだ趣味がいいのかも………。

そもそも、この受難は、ある仕事の依頼から始まった。
あたし達は、ついさっきまで、この町に住むゾーヤさんからの依頼を受けていた。
ゾーヤさんは、長いストレートの銀の髪と、深い海の色の瞳をした、なかなかきれーなおねーさんだった。
まあ、依頼としては、どーということもない。
こーゆー町にはありがちな、ちょっとしたいざこざに、あたしとガウリイがちょこっと腕を振るって、それでおしまい。
簡単な、金額的にも、内容的にも、ちょっと薄いかなという話だった。
でも、まあ、とりあえず暇を持て余していたあたし達には、そうそう悪い話でもない。
だからこそこの話を受けたんだけど………。

問題は、その後にあった。

仕事を終えた後、町に戻ったあたし達を出迎えたゾーヤさんは、仕事完了の報告を聞くのもそこそこに、あたしの腕をぐいぐいと引き、家の陰へと引っ張っていった。
ついて来ようとしたガウリイを、片手を振って追い払う。
「な、なんなんですか? とーとつに」
驚くあたしに、
「私、リナさんとガウリイさんのこと、応援させていただきます!!」
にっこり笑ったゾーヤさんはとんでもない爆弾発言をかましてくれた。
───はい───?
「は? 何です、それ?」
ついつい呆然と聞き返すあたし。
ゾーヤさんは、そんなあたしに意味ありげに微笑んだ。
「ねえ、リナさん。どうしてあなた、あの人と旅をしてるんですか?」
思いもかけないことを尋ねられてあたしはうろたえる。
「どーして、って………それは………。
ま、まあ、ほら。あいつ剣の腕だけなら、結構いいから」
「それだけですか?」
ゾーヤさんがあたしを覗き見る。
「それだけって………え?」
ふっと笑ったゾーヤさんが、唐突に話題を変えた。
「見た目はともかく、あの方って、ちょっとぼけてらっしゃいますよね」
う。知り合ってそんなに時間もないというのに、この人………もしかしたら鋭いのかもしんない。
「ま、そうよね。こまっちゃうのよ。ぼけで。あはははは………」
あたしは、ぱたぱた手など振りながら答えた。
「………あれじゃ、リナさんの気持ちになんて気づいてないんじゃないですか?」
「………ははは………っは?」
あたしはついつい思いきりむせてしまった。
呼吸が止まるかと思ったぞ、今、一瞬………。
「あたしの気持ちぃぃぃぃぃっっ?」
「そうです」
思わず叫んでしまったあたしに、ゾーヤさんは冷静に頷いた。
あたしはついつい辺りを見渡してしまう。
ガウリイは、なにやら遠くの方でほけらっと蝶と戯れているようだった。
どうやら、今のあたしの叫びは聞こえていなかったらしい。
よかったよかった。
あたしはぐるりとゾーヤさんに向き直った。
「なんてこというんですか。ゾーヤさんっっ。よりによって、あんなクラゲとあたしが………なんて………」
「あら、私、リナさんの気持ちが、そーゆー気持ちだなんて、ひとっことも、申し上げてませんけど?」
げほごほごっっっほん。
不覚にも、あたしは再びむせてしまった。
そんなあたしを一瞥すると、何もなかったかのようにゾーヤさんが続けた。
「リナさん。私の仕事は、ご存じですよね」
「ま、まあ一応………。確か、文章を書いて生活されているとか………」
「そうです。しかも、結構売れ筋なんです」
さらさらストレートの髪を掻き上げて、さりげに自慢するゾーヤさん。
「ですから、私、こう見えても、人を見る目には自信がありますの。
その方が何を考えているのかも。
リナさん。あなた、ガウリイさんのこと、お好きでしょう?」
「好きって………そりゃ、最低限、そりのあわないような人間と旅する人なんて、いるわけが………」
「そーゆー意味じゃあありません」
何だか弱々しく響くあたしの抗弁を、ゾーヤさんはあっさりと切って捨てた。
「まあ、今ここでリナさんの本当の気持ちを暴露しろとは、申しません。
私はただ………少しでも御協力できるかと思っただけですわ」
ひいいいい。
何か誤解してる。
この人、絶対何だか誤解してる。
「あの………一体どこから、そーゆー話に………」
控えめにあたしは聞いてみる。
すると、ゾーヤさんがいきなり思い出しモードの遠い目になった。
「私、ひらめきましたの。あなた方を一目見たときから………。
この二人は、結ばれるべきだと。
一見すると、可愛らしく見えなくもないのに、行動はあくまで大胆不敵、いえ、猪突猛進、。
邪魔するモノは、なぎ倒し蹴散らす、この世の害悪としか思えない言動をとるリナさんと、それに、健気にも従うガウリイさん………。
すばらしいです。これこそ、本当のロマンスですわっっ」
あたしには見えない、はるか明後日の方を見ながらゾーヤさんが言う。
ゾーヤさんは、あたしの引きつった表情には、目もくれず、ひたすら自分の世界に突入していた。
毎回思うんだけど、あたしを誉めてくれてるらしい人の言葉が、半分喧嘩を売ってるとしか思えないときの方が多いのは、どうしてだろう………?
それにしても………なんか、目がちょっと怖いかもしんない。この人………。
唐突にあたしはゾーヤさんに肩を掴まれた。
「さあ。リナさん。私が応援して差し上げます。行っちゃいましょう。どんどん行っちゃいましょう。いけるとこまで」
行くって、なにをだああああああっっ。
あたしは、声にならない叫びを上げる。
や、やっぱりちょっとこの人アブナイかも………。
あたしは、退散モードに入ることにした。
「あ、あの………ま、それはそれとしてそーゆーことで。
旅の先もありますし、依頼料を受け取ったら、あたしたちはとっととおいとましたいんですけど………」
さりげに揉み手などしてそう言うと、ゾーヤさんはにっこり笑って頷いた。
「もちろんですとも………リナさんが、そうできればということですが」
 

結論から言うと、あたしの希望は、半分くらいしか叶わなかった。
ゾーヤさんの約束した報酬は、どうしても明日にならないと用意できないとのことだった。
こんなに短期間で依頼の内容が解決するとは思っていなかったために、ゾーヤさんが手形を用意するのが間に合わなかったという………それは、まあ、悪意ある落ち度ではない。
とりあえず、あたしも文句代わりに、その辺に火炎球をまき散らしたくらいで、気分をおさめたのだが………。
イヤで出発は翌日のことになる。
ところが、あたしたちは宿の予約を入れていなかった。
あわてて泊まれる場所を探したのだが、町でも2件しかない宿屋は、こんな時間では、すでにいっぱいになっていた。
野宿するのは、凄くイヤだし………。
そんなあたしたちに、ゾーヤさんは、宿泊場所の提供を申し出てくれた。
まあ、いざとなれば、ゾーヤさんのところに泊まれるだろうという見込みがあったのは確かだが、どうも………さっきからの話を聞いてると、何だか止めてもらうのも怖いような気がするし………。
そう思って渋るあたしに、ゾーヤさんは笑った。
「大丈夫です。私の姉が持っていた一軒家で、私の家とは離れてますし。たまに気分転換でそこに泊まることもありますから、結構綺麗になってますよ」
うーん。
まあ、そういうことなら、野宿より遙かにましだろう。
とりあえず宿泊費も浮くわけだし。
そう思ったあたしは、ゾーヤさんの誘いを受けた。
「がんばってくださいね、リナさん?」
別れ際のゾーヤさんの笑みを、なんとなく気にしながら………。
 

「なーなー、このエプロンなんかよくないか?」
あたしが呆然としている間に、ガウリイが勝手に家の中を探検し始めたようだった。
嬉々としたその口調からは、それなりにこのシチュエーションを楽しんでいるらしいのがよくわかる。
適応するのが早いヤツ。
「あんたが着れば?」
そちらを見もせずにあたしは答える。
見なくても、どーゆーシロモノか、想像できてしまうのが恐ろしい。
きっと、白くて可愛くて、んでもってレースがいっぱいついて………。
「え? 結構リナに似合うと思うぜ、この可愛いピンク色の………」
「ピンク色?」
ぴくんとあたしは反応する。
「ねえ、ガウリイ?」
振り向いたあたしの声は、多分いつもと変わらなかっただろう。
でも、その口調に何を感じ取ったのか───、ガウリイの顔が面白いくらいに青ざめる。
「別に、あんたがどーゆー趣味を持ってようと勝手だし………どーゆーものを着たって………女装しようがなにをしようが別にかまいやしないけど………。自分の趣味を人に押しつけるってのは、人間として許される行動じゃないと思わない?」
「は、はい………」
小さな声で、ガウリイが答える。
何となくその表情がおびえている。
よろしい。
人間、素直が長生きの秘訣だとあたしは思う。
「………そう。よかったわ。意見が一致して」
あたしは、鷹揚に頷いて見せた。
あたしは極力ガウリイの手に持っているモノに視線をやらないようにした。
見えない、見えない。
そんな………ピンク色の布きれなんて。
レースつきのエプロンだけならともかくも、それがピンクだなんて言語道断。
───実家の引き出しにしまったあの悪夢は、引きずり出してはならないのだ───。
 

とりあえず、あたしたちは夕食をとることにした。
作るのはあたし。
材料は、ゾーヤさんが用意してくれたものを使う。
あたしは、とりあえず台所で夕飯の準備にかかる。
ゾーヤさんが持たせてくれて、ガウリイにここまで運ばせた巨大な袋には、食料品がたくさん詰まっていた。
少なくとも、ゾーヤさんによればそうだった。
「人参まで花柄だったら、どーしよー」
たわけたことを考えながら、あたしは恐る恐る袋を開ける。
よかった。とりあえず、人参はまともだった。
袋の中を覗き込んだあたしは、ほっと安堵のため息をつく。
………って、どうしてこんなあたりまえのことで、安心してるかな………あたし………。
なんとなく虚しいモノを感じながら、袋の中身を確認していく。
人参、ジャガイモ、タマネギ。おいしそうなハムにチーズ。ワインもある。
あとはキャビアに………なんだろ、この袋のそこの方にあるものは………。
袋に片手を突っ込んで、ごそごそと手で探ってみる。
………おや………これは………もしかして………。
「おい、何とにらめっこしてるんだ? リナ?」
「きゃあああああっっ」
びっくりしたあたしの悲鳴に、覗き込んだガウリイがもっとびっくりした顔をする。
「おい、リナ、どうし………」
あたしは、何か説明を求められる前に、あわててガウリイの気を逸らすことにした。
「あ、あのね。な、何食べたい? ガウリイ。あたし、なんでも作っちゃうから」
「………何、声裏返らせてるんだ? お前さん」
「いいから、いいから。………それとも、あたしの手料理じゃ食べられないとでも言うの?」
あたしはぐいぐいとガウリイの背中を押しやった。
「ンなこと全然ないけどさ………。リナの作ってくれたモノは何でもおいしいし………」
「じゃ、ほらほら、邪魔しない。何食べたい? シチュー? それとも肉じゃがかなにか?」
「なんだよ、その肉じゃがっていうわけわからん食べもんは………」
ぶつぶつ文句をいいながらも、ガウリイは台所から元の部屋へと戻っていった。
よし。気を逸らし作戦なんとか成功。
あたしは袋の中に残されたモノを、ついつ白い目でじっと見た。
ゾーヤさんの袋の中にあったこれは………話に聞いたことしかないけれど、多分、イモリの黒焼きとか、まむし酒とか、そーゆーものなんだろう。
純情な乙女になんてもの寄越すんだか………。
あたしは本日何度目かのめまいを感じた。
別れ際のゾーヤさんの台詞の意味が………そして、その意味ありげな笑みの訳が、なんとなく分かった気がした。
 

とりあえず、ゾーヤさんの心づくしらしい、怪しげな食べ物は倉庫の隅に放り込んで忘れ去ることにし、あたしは料理を開始した。
 
 

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