ほーんてっどないと 〜後編 2/2〜
Kyo
「最初に申し上げましたでしょう。私の仕事は小説家だと」
「ま、それは確かに聞いたけど」
それと、悪趣味な覗きとが、どう関連してくんだろ。
疑問に思うあたしに、ゾーヤさんは、真剣な顔で向き直った。
「小説家にとって大切なこと───それは真実を見、そしてそれを人に伝えることですわ」
「は………はあ?」
ゾーヤさんの台詞よりは、むしろその目つきに、思いっきりあたしは引いた。
なんか、もしかしたら、怖いのかもしんない、この人って………。
そこには確かに、ある信念を胸に秘めた人だけが持つ、あのそこはかとないオーラが見えた。
そういや、いたよな、昔………『真実』にこだわって暴走してたどこぞの記者が………。
あたしは小さくため息をつく。
どーして、こーゆー人にばっかり縁があるのかな。あたし………。
あたしは今更ながらにこんなけったいな依頼人に関わってしまったことを後悔した。
引きつるあたしを後目に、ゾーヤさんが切々と言葉を綴る。
「私、フィクションを書いておりますが、この仕事、嘘ばかり書いていればつとまるというものでもありません。いかに自分の知っている真実をもとに話を練り上げていくのが小説家の腕の見せどころ………。例え嘘の話であっても、そこに現実が欠片でもあれば、人はそこにリアリティを見いだすもの。ですから、真実を見、その真実を小説の中で伝えることは、とても大切な作業なのですわ」
なんだか判るような、判らんような。
それにしても───意を決してあたしは尋ねた。
「あ、あのー。ゾーヤさんが書いてるものって………」
聞くのはなんだかヤだったけど、聞かないのもそれはそれで気になった。
ぱっとゾーヤさんがあたしを振り返った。
あ、何だか嬉しそうだし。
「私が書いているのは、恋愛ものです」
語尾にハートマークがついているのが判る口調ででゾーヤさんが答える。
「れ、恋愛もの………?」
やっぱりよく判らない。
恋愛ものっていうと、大抵は少女向け、でも、密かに大人向けだったりもする玉の輿とハッピーエンドがお約束の妙に甘ったるい小説のことだろうか。まあ、あれも面白いと言えば面白い。突っ込み入れながら読むには………という意味だけど。
ゾーヤさんの台詞は続く。
「私のようなジャンルのものにとって、実際『その場』を見ることは、本当に貴重な経験なんです。そーゆーのは個人差がとても大きいものですし。よい小説を書こうとするならできるだけ多くのケースに触れて、できるだけ多くのデータを収集しておかなければなりません。それは勿論、私も他の方の書かれたものなども読んで欠かさず研究してはおりますけれど───」
ほうっとゾーヤさんがため息をついた。
「やはり、書かれたものでは臨場感がなくて、いまひとついただけません。やっぱりこーゆーものは、きちんと実地で見てみないと」
「実地って………ねえ、なんの実地なの?」
なんとなく予想がついたような気はするけれど。
嫌々聞いたあたしの問いに、
「まあ」
ゾーヤさんがぱっと顔を赤らめた。
「そんな………駄目ですわ。とてもこのようなところで申し上げることでは………」
「こういう時だけ恥じらうなあああああっっ」
あたしの手にした、うささんの刺繍付きスリッパが、妙に軽い音をたててゾーヤさんにヒットした。
「でも、びっくりいたしました。てっきり、押し倒されるのは、ガウリイさんの方だと思ってましたから」
あっさりと復活したゾーヤさんは、さわやかな口調でそう言った。
「───は───?」
あたしは唖然とゾーヤさんを見た。
あたしにかまわずゾーヤさんが続ける。
「だって、どう見ても、リナさんの方が、ガウリイさんを押し倒しそうに見えたものですから」
なんてこと言うかな、この人は。
こんな美少女魔道士捕まえて───。
「あのねえ、どうしてあたしが、こおおおおんなクラゲ相手にそんなことしなきゃならないのっっ。クマか何かを押し倒した方がよっぽどましよ」
あたしはゾーヤさんに詰め寄った。
「おい………何だよその例え………」
あたしのしごくまともな意見に、ガウリイは何やら異議があるらしい。
あたしはくるりとガウリイを振り向き、ぴしりと指を突きつけた。
「何言ってるの、ガウリイ。あんたは食べられもしないけど、クマは食べ物にだって敷物にだってなってくれるし、とっても役にたつじゃない」
「敷物って………」
なにやらぷちぷち呟くガウリイ。
「───そういう問題なんですか───?」
どことなく引きつった顔で尋ねるゾーヤさん。
「そうよ」
あたしはあっさり答えた。
悲しげな瞳で、ふるふるとゾーヤさんが首を振った。
「そんな………駄目ですわリナさん。どうしても照れが入るのは判りますけど………。せっかくこんな美味しいシチュエーションをお持ちなんですもの。それを活用なさらないなんて」
すがりつくようなゾーヤさんの様子は、見た目が綺麗なこともあって、なかなか様になっている。
「なによ、その美味しいシチュエーションって」
あたしの質問に、ゾーヤさんは、お約束のように、遠くを見つめる瞳になった。
「私、先ほども申し上げましたが、あなた方を一目見たときにひらめきましたの。無理無茶無謀が見事三拍子そろったリナさんと、それに健気に従うガウリイさん。どんな弱みを握られているのか、はたまた脅しつけられているのか───その真意は判りませんが、いずれにせよ、不本意にリナさんに縛りつけられているであろうガウリイさんを、容赦なくこき使う、破壊の申し子リナ=インバース………。でも、怒濤の運命が彼らを襲い、いつしか力を合わせて戦うようになった二人のあいだに、やがて目覚める禁断の愛………」
「禁断の愛ぃ?」
ちょっとまて。
全般に渡る誤解はさておいて、何かひとつ、とっても大きな誤解がないだろーか?
あたしはぎぎいっと首をソーヤさんの方に振り向けた。
「ねえ。あたしと、そのおーぼけくらげで、どうして禁断の愛になっちゃうわけ?」
あたしは、自分とガウリイを交互に指さす。
本当の保護者とその娘っていうんなら、これはもう、問答無用で禁断の愛になるんだろうけど、ガウリイの保護者は『自称』だし。
別に兄妹なわけでもないし。
後から忘れてもらうにせよ、不本意ながらも、あーゆーシーンを見られたからには、人として、この誤解だけはといとかなくちゃならないような気がするし。
「え? だって」
ゾーヤさんが心底驚いた様子であたしを見た。
「当然でしょう。殿方同士の愛ですもの」
「───はい?───」
沈黙することしばし。
あたしの頭の中を、さっきのゾーヤさんの台詞が駆けめぐる。
殿方同士の───あいぃぃぃぃぃっっ?
「あのねええええっっ」
あたしはがくがくとゾーヤさんの首根っこを掴んで揺さぶった。
「あんたいったい、どこにどーゆー目をつけてんのよ。あたしはほら女だってば、女っっ」
「え? だって、そんなに胸がないのに?」
しごく無邪気な即答が返る。
むっとしたあたしは、ゾーヤさんの手を、あたしの胸に押しつけた。
「───まあ───」
しばしの沈黙のあと、ゾーヤさんは言った。
悲しさと嬉しさがないまぜになった表情であたしを見る。
「───私より胸のない方が、この世界にいらっしゃったなんて───」
「あのねええええっっ」
あたしの反応にはお構いなしで、うるうるとゾーヤさんが潤んだ瞳をあたしに向けた。
「でも、そんな………。破壊教のご神体にまで祭り上げられる恐怖と絶望の象徴が女性? 破壊の帝王、大魔王の食べ残し、などの二つ名で知られる魔導師が女性っっっ? そんな───そんな女性がこの世にいるなんて───」
「あのねえ、あんた一体あたしのどーゆー噂を聞いてんのよっっ」
自慢じゃないが、あたしにまつわる噂は多い───しかも悪い噂は特に。
でも、今までも、扁平胸だのなんだのといろいろ悪口は言われたが、男性に間違われたようなことは───。
「噂ならいろいろと聞きました。でも、聞けば聞くほど、とても女性とは思えない特徴ばかり………。そして、ついにこの目た時に確信したんです。リナさんは男性に違いないと」
「───ふーん───そう───」
あたしの声は低かった。
視界の隅に、何故かガウリイがそろそろと部屋の中を移動しているのがうつった。
「どこをどう間違ったとしても、問答無用で、リナさんが『攻め』のガウリイさんが『受け』。立派なカップルになると見えましたのに………」
「ちょっとちょっとちょっと」
あたしは、そこでとあることに気がついた。
何だかちょっと怖い考えになってしまったんだけど………。
「………ねえ、ゾーヤさん………、ゾーヤさんの書いてるのって、本当に唯の恋愛もの?」
「まあ」
ゾーヤさんが綺麗な笑みをあたしに向けた。
とても女性らしい、男性ならころっと引っかかってしまいそうな笑み。
その笑みのまま、ゾーヤさんは言った。
「いわゆる、殿方同士の恋愛ものです。おかげさまで結構売れっ子なんです。私、申し上げておりませんでしたか?」
───やっぱり───。
「書くなあああああっっンなもんっっ」
あたしは思わずわめいてしまった。
いや、それは確かにそーゆー好みの人もいるのかもしれないけど、このあたしを巻き込むなっっ。
ガウリイは相変わらずそろそろと室内を移動していた。
そして、相変わらずゾーヤさんはあたしの台詞など聞いていなかった。
「リナさん達を見たときは、本当に嬉しかったんですよ。これで本当に、私が願っていた真実のシーンが見られると。ですからリナさんを応援して差し上げようかと思ったのですが───」
そこで悲しげに顔を伏せる。
「リナさんが女性だったなんて………。これでは、悪の権化とは知りつつも、その魔力に従わされ、やがて虜になっていく薄幸の美青年との許されぬ恋を、小説のネタにしちゃおうっていう、私の壮大な計画は………」
「あのねええええっっ」
はっ、とゾーヤさんが顔を上げた。
その目つきが据わっている。
「いえ、この際男女でもかまいません。リナさんのその性格を流用すれば、立派なぼぉいずらぶものが書き上がることは必定。さあ、私の小説のために、リナさん達も真実のためにその身を犠牲に」
「誰が捧げるかああああっっ」
「あきらめてください。リナさん。ガウリイさんや私と出会ってしまった、その時にあなたの運命は決まったんです。さあ、真実と私の計画のために、今こそ、あなたのその身体を………」
ふっ。あたしは笑った。
ガウリイはどうやら遮蔽物の陰に避難を完了したようだった。
「───ンな計画は、星の彼方に捨ててこおおおおいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっ───」
本日二度目の花火が、鮮やかに部屋の中に炸裂した。
「なあ、元気だせよ」
ガウリイがぽんっとあたしの肩を叩く。
あたしは邪険にその手を振り払った。
椅子に座ったまま、上目遣いにガウリイを睨み付ける。
「あのねえ、あんなけったいなひとにまで間違われて、ショックじゃない訳、ないじゃない」
おかげであたしは、とんでもない目にあったんだから。
あたしはさり気なくガウリイから視線をそらした。
視線が合うと、イヤでもさっきのことを思い出してしまいそうになる。
「そういや前に、魔族にも男に間違われてたよなあ、お前さん」
ガウリイが、妙にしみじみとつぶやいた。
ンなことばっかり覚えてるし。
ふん。
あたしはガウリイにそっぽを向いた。
「えーえー、どうせあたしはね。ドラまたなんて言われてるし、胸だってないし、夜中に盗賊いぢめにだって行っちゃうし、なんだか知らないけど魔族にばっかり縁があるし………」
「でもって、お節介で、お人好しで、結構甘いところもあるんだよな」
ふと、耳元にガウリイの声。
ガウリイはいつの間にかあたしの後ろに立ち、覗き込むようにあたしを見ていた。
こいつ、いつの間に人の背後を………。
あたしが何かを口にする前に、ガウリイの手が頬に触れた。
え?
ぐいっと顔を持ち上げらる。
瞳を閉ざかけた、これだけは文句なしに整った顔。
長いまつげに彩られた目蓋。
そんなものに気を取られているうちに、ガウリイの唇が降りてきて───。
えええええ?
あたしは、ぐいっとガウリイの顔を押しやった。
「こらっっ、もう芝居は終わりでしょ? どさまぎに何やってるのよ、そこっっ」
声は普通の声だったはずだが、自分の顔が不覚にも上気しているのがわかる。
「ん?」
ガウリイが閉ざしていた瞳を見開いた。
人の心を惹きつけずにはおかない眼差し。
天空の色を映した青が、真っ直ぐにあたしの視界に飛び込んでくる。
その色に、あたしは呑まれた。
ガウリイがにやりと笑って、そんなあたしをのぞき込む。
「何って………さっきの続きだけど?」
それは、今まで聞いたことのない艶をもってあたしの耳に響いた。
悪寒のようなものがざわりと背筋を這いおりる。
「さっきは途中で邪魔されたけどな。今度は邪魔も入らんし」
そう言いながら、いつの間に捕まえたのか、ガウリイがあたしの右手に口づけを落とす。
その感触が妙に生々しく意識に残った。
あたしはさーっと青ざめた。
椅子の上では逃げ場がないが、とりあえずめいっぱいガウリイから離れようと身をよじる。
そんなあたしを、ガウリイが右手ごとしっかりと引き寄せた。
しっかりと、ガウリイの体温が感じ取れる距離。
体温どころか、これでは───。
あたしは焦る。
ちょっと、これはまずいって。
あたしは自由になる口で必死にガウリイに呼びかけた。
「ねね、ガウリイ。ちょっと待って。お芝居でしょう、さっきのはっっ。フリでしょ、フリっっ」
「勿論だろ?」
見上げるあたしに、にっこりとガウリイが笑いかける。
いつもなら、安心できるはずの笑み。
でも、今は何だか、ちょっと怖い。
なんとなく引きつったあたしに、ガウリイがにこやかに囁いた。
「まあ、さっきは、オレが本気で襲ってないフリをしてただけだけどな」
「え?」
あたしは呆然とガウリイの台詞を聞いた。
じゃあ、さっき、もしゾーヤさんがつられて出てきてくれなかったら、あたしって、そのまま………。
「ま、リナもそーんなにいやがってる様子じゃなかったし、今度は邪魔も入らないしな」
ガウリイがあたしの耳元に柔らかく囁きかける。
ちょっと待て。
さっきのあれはいやがってたとかいやがってなかったとかそーゆーレベルの問題じゃなくって。
呆然とするあたしをガウリイが更にしっかり抱き寄せた。
「まだ夜は長いし、ゆっくりやろうな、さっきの続き」
「一体何の続きだあああああっっ」
あたしの絶叫が、部屋の中に響き渡った。
夜はまだ、明けそうになかった………。