Dawn

〜2〜

kyo


 
 
 
 
 
 

「いやあ………ホントいい腕だねえ、お姉さん」
黒装束はにっと笑った。
「だが、それじゃあ俺には勝てねえぜ」
───そこにいたのは、銀の髪の女性が昼間町で会った青年だった。
「あなたなの」
銀の髪の女性が静かに呟いた。
そこに驚きの色はない。
「おや? 驚いてくれるかと思ったんだがな」
黒装束の青年がその場にふさわしくない暢気な口調で問いかけた。
女性が淡々と言葉を継ぐ。
「そう? 私は気が気ではなかったわ───いつ斬りかかられかと思って───」
くくっと剣を片手に青年が笑った。
「───そのくせあんな世間話をしてたのか? ヘンだぜ、あんた」
「あなたに言われるすじあいはないわね」
「違いねえ」
青年が再び低い笑い声を漏らす。
その表情は、確かに昼間女性があった青年のものだった。
だが、青年の顔はすぐ昏いものへと変わる。
昏いもの───闇を生きる術とするもの達の顔へと───。
「―――どけ。俺が用があるのは、その後ろにいる奴だけだ」
銀の髪の女性は、ちらりと自分の背後へと目をやった。
寝台の中では、相変わらず少年が眠っている。
女性は、青年の方へと向き直った。
「どくわけにはいかないわ。絶対に」
「───じゃ、まあ、仕方ねえやな───」
青年の暗い声が応じる。
そして───再び剣戟の音が始まった。

戦いは、短時間でけりがついた。
青年が銀の髪の女性の喉元に、手に持ったナイフを突きつける。
使いこまれたナイフの切っ先が、女性の喉を圧迫し、浅い傷をつけた。
それでも、女性は微動だにしない。
青年の邪魔をするように、自分自身の体を寝台に横たわる少年との間に置いている。
その体に遮られて、青年の剣はその背後へ届かない。
「何で動かねえんだよ、あんた」
女性が無言で青年を見上げた。
その視線にじれたように、青年が再び女性に答えを促した。
「そこにいるのが、私の雇い主だからよ」
女性が答えた。
青年が低く笑った。
「そいつにそんな価値があるのかい? あんたが命をかけるような、さ」
「知らないわ。もしかしたら、無いのかもしれないわね」
あっさりと銀の髪の女性が答える。
「おいおい」
青年が苦笑した。
銀の髪の女性は、そんな青年をじっと見据えた。
「でも、じゃあ、誰にならそれが決められるの?
あなた? 私? それとも………あなたの雇い主?
それとも、払われたお金で決まることなの?
私は、この人と契約したわ。『守る』って」
女性は、それ以上口を開かなかった。
「死にたいのか?」
「死にたいわけではないわ」
「じゃあ、なぜ、逃げない?」
青年の問いに、銀の髪の女性は揺るがない視線を青年に向けた。
「私が約束を守るのは───、私自身のためよ。
他の誰の為でもないわ。
私は、自分に課した誓いは守る。
そうでなくては、私は私でいられない───。
だから、私はここを動くわけにはいかないわ。
自分の為にも。この子の為にも」
強い視線に気圧されたように、青年の視線がふと揺らぐ。
やがて、ゆるゆると青年の剣先が下りた。
女性の耳元に睦言のような声が落ちる。
「ほんと、いい女だね………あんた」
そして青年の口元に自嘲めいた笑みが浮かぶ。
「───殺すのが惜しいよ───」
銀の髪の女性のみぞおちに鈍い衝撃が走った。
女性の霞む視界に最後に映ったのは、ベッドの方へと近づいていく黒装束の青年の姿だった───。
 
 

袋一つだけの荷物を持って、銀の髪の女性はその町を後にした。
初夏の風は汗ばんだ肌に心地よい。
女性は、町の終わり、森への入り口で荷物を下ろした。
何かを考え込むように、ふと町の方を振り返る。
その背に、ふと声がかけられた。
「よお」
その声に女性は、眉をひそめる。
おろしたはずの荷物を抱え、再び森への道を辿りはじめた。
「お、おい」
ぱたぱたという足音がして、程なく声をかけた人物が女性に追いついた。
決して遅くはない女性の歩くスピードにぴたりと沿うようについていく。
それでいて、その呼吸や口調に乱れた所はなかった。
「つれないねえ………お嬢さん」
声をかけたのは、赤毛の青年だった。
女性からの返事はない。
「そーゆークールなところもまた魅力的なんだけどよ」
青年はめげずに声をかけた。
ぎっ。
音がしそうな勢いで銀の髪の女性が歩みを止める。
ゆっくりとその女性は青年の方に首を巡らせた。
その視線は、まるでバシリスクのように冷ややかだった。
それに気付いているのかいないのか、青年はのほほんと銀の髪の女性を見る。
青年がひゅう、っと口笛を吹いた。
「いやあ、こうして近くで見ると、ますますいい女だなあ、あんた」
女性をほめる青年の口調に嫌みなところはない。
青年はにっこりと女性に笑いかけた。
「って訳で、俺、あんたについてくことに決めたから。
よろしく」
「は?」
銀の髪の女性が、始めて口を開いた。
青年はぽりぽりと自分の頬を掻く。
その頬がうっすらと桜色に染まっていた。
「いやあ、これって、いわゆる一目惚れってやつ?
あんたに会って以来、すっかりいかれちまってな」
とぼけた口調で青年は言った。
銀の髪の女性がすたすたとその前を通り過ぎる。
青年は、あわてて女性を呼び止めた。
「おいおいおいおい、待て、ちょっと待ってくれ」
女性に慌てて追いすがる。
「あんたさ、次の仕事を探しにいくんだろ?
護衛の仕事は終わったらしいしな」
「よく知ってるわね」
「ま、惚れた女のことならな」
銀の髪の女性がこの世の終わりを見たかのような表情になった。
それでも、律儀に青年に答える。
「………護衛の仕事は終わったわ。
なんでも、この町のロードの所にルードの悪事の証拠が届いたらしいわね。
誰だか知らないけど、結構奇特な人物がいたらしいわ」
「そうそう、そうだよなあ………」
なにやらしきりに青年がうなずく。
銀の髪の女性はため息をついた。
「で………何を考えてそんなことをしたの?」
「へ?」
青年がとぼけた答を返す。
「聞き方が悪かったのかしら………あなた、何を考えてそんなことをしたの?」
「とりあえず、惚れた女のこととかかな」
女性があきらめたようにため息をついた。
「───変な殺し家ね、あなた」
「そうか?」
にやりと青年が笑った。
「そういうあんたも相当なもんだと思うがな」
「………あなたの依頼主はどうしたの?」
「あいつか? ちょっと俺の気に触ることを言ったんでな。
ちょっと撫でてきたらすぐに大人しくなったぜ。今頃じっくり反省でもしてるんじゃねえか?」
くくっと青年が笑った。
「ま、あの世で反省なんてもんができるなら、だけどな」
青年の声は、まるで天気の話してもしているように自然だった。
銀の髪の女性は静かに首を振った。
青年の声が、低くなる。
「………やっぱり、あんたもそういう顔するのかい?」
銀の髪の女性は、穏やかに青年の問いに答えた。
「どういう理由があるにせよ、雇い主は雇い主のはず。
その雇い主を裏切ったなどと噂が立ったら、この後、あなたを雇う人などいないでしょう。
………どういうつもり?」
青年があきれたような口調になる。
「その心配って、何だかちょっとずれてねえか?
まあ、一応、俺の言い分も言わせてもらうけどな。あの雇い主を生かしていたら、今頃死体になっていたのは、あんたの方だったかもしれねえんだぜ。それでもよかったのかよ」
「得体の知れない殺し家に借りを作るよりましね」
ぴしりと女性が答えた。
「言ってくれるぜ」
青年の口元に苦笑が浮かぶ。
「あんたのさっきの質問に対する答えなんだが………。
ま、この先、俺を雇う人間がいなくてもかまわないんだよ。俺としてはな。
殺し家は、廃業する予定でね。
そのかわり、別の事でも始めようかと思った訳だ。
例えば………旅の傭兵の相棒とかな」
にっと青年が銀の髪の女性に向かって笑いかけた。
「………ってわけで、俺、あんたの相棒になることにしたから、よろしくな」
銀の髪の女性が、口を開いて何かを言いかけ………結局あきらめたように口を閉ざした。
「何を考えてるの、あなた」
「だから、やっぱ惚れた女のこととか………」
「真面目に答えて」
女性が鋭く青年を見る。
青年はまじめな表情で女性に答えた。
「あんたに一目惚れしたってのは、嘘じゃない。
けど、俺があんたにくっついて行こうとしたのは、それだけが理由じゃない。
剣を合わせた時の、あんたの度胸の良さに引かれたってのもあるし………ま、ちょっと上手く言えねえんだけどよ。
誰かに言われるまま、人を切りに行くのも、何だか、イヤになってきたしな。
ま、これもいい機会かと思ったんだ。
何だか、あんたなら、俺の元の稼業知ってても、自然に会話ぐらいしてくれそうな気がしてな」
「だから、元殺し屋の社会復帰につきあわせるわけ?」
「ま、そう言うこった」
青年が悪びれない笑みを見せる。
「もう、元の仕事に手を染めることはないと………誓えるの?」
「誓う」
青年が即答した。
「私がそれを信じるとでも?」
「さあなあ」
青年が首を傾げた。
それは妙に子どもっぽい仕草だった。
「でも、俺がこれから言うことを信じてくれそうな奴ってあんた以外に思いつかねーんだよな。どういうわけだか」
青年が銀の髪の女性に向かって剣を突きだした。
女性は身じろぎひとつしない。
その剣は柄を女性の方に、刃先が青年の方に向けられていた。
「俺の名前なんて、もう地に落ちちまってるから、名前にかけて誓うわけにはいかねーが………。俺がいままで好きだったもの全部にかけて誓う。
あんたが俺を連れてってくれるなら………俺は、絶対あんたを裏切らない。だから、誓わせてくれ………ええと………」
「………ミリーナよ」
銀の髪の女性があきらめたように、自分の名を告げる。
青年が嬉しそうにミリーナに向かって笑いかけた。
それは青年がはじめて見せた、少年のような無邪気な表情だった。
「じゃあ、ミリーナ」
勢い込んで何かを言いかける青年をミリーナが遮った。
「私は、名乗ったわ。で、あなたは?」
「あんたが決めてくれよ」
青年が笑った。
「私が?」
ミリーナが首を傾げる。
青年は頷いた。
「ああ。俺だって、確かに名前はあるが………。元殺し屋の名前は、捨てちまいたいんだよ。もう一回はじめるためにな。だから、俺を拾ってくれるっていうんなら………あんたが俺の名前、決めてくれよ」
ミリーナはしばし青年の方を見ていた。
が、やがてぽつりと呟く。
「じゃあ………ルーク」
「ルークか、いいねえ………」
青年がミリーナの前に跪いた。
「じゃあ、俺、ルークは、俺の今のこの名前と……今まで俺が好きだったもの全部にかけて誓う。
俺はこの先、絶対ミリーナを裏切らない」
青年がミリーナを見上げる。
ミリーナは、差し出された剣の柄をしばらく無言で見ていた。
それから、じっと深い色合いの瞳で青年の瞳を覗き込むと、
やがて、その剣を取って口づけた。
青年が満面の笑みを見せた。
やがて、ぱたぱたと埃を払って青年が立ち上がった。
さり気なくミリーナに向かって尋ねる。
「………ところでさ、この名前って、何かいわれがあるのかい?」
ミリーナが無表情にルークを見た。
「家で飼ってたミドリガメの名前よ」
「………………………」
青年はしばらくあっけにとられたようにミリーナの方を見つめていた。
が、やがてその口元から押さえきれない笑いが漏れる。
その笑いは、やがて哄笑になった。
「俺の見込んだとおり、やっぱ、最高だわ、あんた」
そのまましばらく、肩を揺らせて笑い続ける。
やがて、笑いすぎたために出た涙を拭って青年が聞いた。
二人分の荷物をひょいっと自分の肩に担ぎ上げる。
「さーて、じゃあ、何処に行く? 俺のミリーナ」
ミリーナがふっと眉をひそめる。
「何処でもいいけど………その前に、一つ、言っておくことがあるわ」
「何だい?」
青年が振り返った。
「私は、あなたのミリーナじゃないわ」
そして、はじけるようにルークが笑い出した。
 


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