〜1〜
kyo
きんっっ。
鋭い音を立てて、金属と金属がぶつかり合った。
暗がりに小さな火花が生まれる。
重なると同時に離れた剣は、再びお互いの隙を伺い、闇の中に対峙した。
対峙する人影は二つ───。
片方は、まだ若い青年だ。
ライトアーマーを身に纏い、バスタードソードを今は両手で持っている。
その身ごなしは、戦い慣れしたものの確かな技量を感じさせた。
もう片方の人影は───黒一色の装束に身を包んでいた。
───闇に生きる稼業のものの典型的なスタイル───。
ただ、露わにされたその髪だけが赤く、唯一の彩りになっていた。
だが、それの色合わせは見るものに死を連想させる。
事実、彼らの周囲には、すでに倒れ伏している人影がある。
青年が駆けつけてきたときには、もう、この部屋の護衛は殆どが黒装束に倒された後だった。
青年は、静かに呼吸を整え、黒装束の方を伺う。
───最初に仕掛けたのは、若い青年の方だった。
黒装束が片手に構えていた剣が、ふっと揺らいだのを見逃さなかったのだ。
ダッシュを掛けて黒装束の方に向かう。
二つの影が飛ぶように交差した。
そして。
鈍い音と共に、そのうちの一つが地面に崩れ落ちる。
倒れたのは、若い青年の方だった。
黒装束の手には、いつの間に握られたのか、血に濡れた短剣があった。
「悪いな。まともに戦ってやれなくてよ」
黒装束はもはや聞こえていないだろう青年に向かって呟いた。
血に濡れた短剣を放り投げると、迷いのない足取りで屋敷の中を歩きだす。
その瞳の中には、ただ、目的を遂げる意思だけがあった。
黒装束は、やがて、一枚の扉の前で足を止めた。
なんの変哲もない普通の木の扉。
だが、彼の求めるものは、確かにこの奥にいるはずだった。
邪魔をするものは、すでにない。
黒装束は無造作に、扉を開け放ち───
そのままふいっと横に飛び退いた。
気配などなかったはずの室内に、現れた人影がある。
黒装束の目に、一瞬動揺の気配が浮かんだ。
───その人影は、女だった───。
細い銀の髪が月光を鋭くはじき返す。
流れるような動きで、女性は黒装束に向かって行った。
無言のまま、女性は剣を繰り出した。
反射的に弾こうとした黒装束の剣が、
予想より遙かに重い感触に、黒装束の剣先がタイミングを狂わせた。
銀髪の女性の剣が、浅く黒装束の懐を薙ぐ。
黒装束の口から、舌打ちが漏れた。
体勢を立て直して、一合、二合、女性と打ち合う。
明らかに体格で劣っているはずの女性の剣は、
黒装束の剣をよく防いだ。
だが、やがて
「つっ」
黒装束の渾身の力を込めた一撃が、女性の剣をはねとばした。
剣を女性が拾いあげる前に、足を使って蹴り飛ばす。
そのまま、女性と身を入れ替えるようにして、標的の元へと走り寄る。
ベッドに向かい、剣を振りかざした。
だが。
「外れよ」
確かにベッドをえぐったはずの剣には、全く手応えが感じられなかった。
掛けられている毛布をはぐと、中にあるのは、ただ布の固まりのみ。
剣を片手に女性に詰め寄る。
「本物は、どこだ」
隠された顔から、押し殺した低い耳障りな声が漏れる。
「言うと思うの?」
銀の髪の女性がやはり、低い声で闇に答える。
黒装束が、低く呟いた。
「───じゃ、仕方ねえやな。まあ、言いたくなるようにしてやる方法は、いくつかあるが───」
「それはムリね」
影になってよく見えない女性の口元が仄かに笑みを浮かべたように黒装束には見えた。
その時になって初めて、彼はこの女性に当然見られるはずのおびえがないのに気がついた。
唐突に、室内に明かりが生まれる。
何時の間に呪文を唱えたのか、その女性の手の上には、紅く輝く火球が浮かんでいた。
「ちょっと待てっっ ンな室内でっっ?」
黒装束が、引きつったような声を上げる。
「ファイアーボール」
静かな声で女性は力ある言葉を解き放つ。
───その瞬間、闇に満ちた部屋の中でファイアーボールが炸裂した───。
市場の朝は、早い。
日が昇ったばかりだというのに、広場にはすでに店を開く準備に大わらわな人々であふれていた。
「聞いたかい? 今朝の話」
「ああ、フェルマンさんのお屋敷の話だろ?」
「そうさ。何だか火事があったらしくてね。あのでかいお屋敷の部屋がいくつか燃えたとか」
「火事? とんでもない。何でも賊が入ったって話だぜ」
「賊?」
「しっっ。声が大きい」
男は重大な秘密を告げるように、こっそりと隣にささやいた。
「これは、町の警備隊に入ってりる息子の極秘情報なんだからな」
と前置きをして、
「ま、火事になったこたあなったらしいがな。
それ自体は、何だかたいしたことはなかったって話だ。
護衛があらかじめ耐火の呪文をかけてたらしいからな。
ただ、いまのとこ賊が入ったってより、火事って言ってた方が無難だから、そーゆーことになってるらしい」
「ってことは、やっぱり………」
「そうさ。屋敷にいた護衛は全滅。中はひどい有様だったとか」
「………そりゃ、やっぱりあれかい? ルードさんのところの」
「………それこそ、言葉に気をつけたほうがいいぜ。
何はともあれ………あいつに逆らうのは、得策じゃないからね」
「そうか、ところでさ、あのファーガスさんとこのばあさまの話なんだが………」
町の中に流れる噂は、多い。
会話を交わしていたものたちの話題はすぐに他のものへと移っていく。
さりげなく立ち止まってその話を聞いていた、銀の髪の女性が、ふっと唇をゆがめた。
ゆっくりと、再び道を辿りはじめる。
「お嬢さん」
不意に街角から声がかけられた。
だが、銀の髪の女性は、そのまま何事もなく道を歩き去る。
「ちょっとちょっと、そこの道行くお嬢さん」
女性は立ち止まらない。
「おーい。そこの道行く銀の髪のこっちむいてないからわかんないけど、推定綺麗なお姉さん」
ようやく女性は振り返った。
美人という声に反応した、というよりも、ただ単にしつこくかけられる声を鬱陶しいと思ったためらしい。
その証拠に、振り向けられたその顔は渋くしかめられていた。
声をかけた人物に咎めるような視線を向ける。
青年は、視線に含まれた無言の圧力をあっさり受け流した。
「やっぱ、思った通りだ。美人だねえ、お姉さん」
銀の髪の女性が興味を失ったように、再び踵を返す。
「おいおいおい。折角小さなハートをどきどきさせて声をかけたのに、つれないねえ」
銀の髪の女性は、振りかえりもしなかった。
「生憎、赤毛は趣味じゃないの」
素っ気ない答えだけが青年に返る。
ぱたぱたと青年の足音が女性を追った。
「人を差別するのはよくないことだと思うがなあ」
追いついた男に、その女性は視線をやることすらしなかった。
「そう? 人にその趣味で無理強いするのもよくないことだと思うわ。しつこい男もきらいなの」
「いやあ、奇遇だねえ。俺もそうでさ」
悪びれもせずに青年が答える。
銀の髪の女性が足を止め、あきれたように青年を見た。
「………あなた………いい度胸をしてるって、言われない?」
「実は、よく言われる」
しゃあしゃあと青年が答える。
銀の髪の女性があきらめたように、小さくため息をついた。
「で、私に何の用なの? 私の嫌いなしつこい赤毛のお兄さん」
にぱっと青年が笑った。
「いやあ、来たばっかりの町で、朝食食えるところ捜してたら、俺好みの綺麗なお姉さんが歩いててさ。ちょっと声でもかけて、あわよくば一緒に朝食でもどうかなーっと」
「………朝食くらい、自分の宿で食べたら?」
ぶんぶんと青年が首を振る。
「それが、もう、決定的に不味くてね。ありゃあ、人を塩分取りすぎで脳卒中にするつもりだぜ、絶対」
そう言うと、銀の髪の女性を見て、器用にウインクをしてみせる。
「俺も、ここに来たばっかりであんまり町に詳しくないから………
どっか美味い飯喰わせてくれるとこを知ってたら、どうだい? 勿論俺のおごりでさ」
銀の髪の女性は、しばらく無言で考え込んでいるようだった。
やがてぼそりと無表情に呟く。
「おごってもらわなくても結構よ。
でも、朝食のおいしい店なら、しってるわ。
それ以上あなたが私につきまとわないっていうんなら」
「やりぃ!」
青年が、いたずらが成功したかのような笑顔を見せた。
銀の髪の女性がくるりと踵を返す。
どこかあきらめたような口調で、
「そうでもしないと………何だか、スッポンよりもしつこそうなんですもの、あなた」
青年はにこりと笑って、女性の後をついていった。
その夜、屋敷は、不気味な程の静寂に包まれていた。
昨夜と違って、人の気配というものが、殆どない。
屋敷の中には昨夜の襲撃の痕が、所々に残っている。
黒装束の男は、無造作に屋敷の中を進んでいく。
昨日と同じ扉の前で立ち止まる。
昨日と違って、扉の中には、確かに人の気配が、あった。
黒装束が扉を引き開けると同時に、ふっと音を立てて銀色の光が飛来する。
黒装束の男が手に持った剣でその光をたたき落とす。
かつかつと軽い音がして、剣に弾かれた小さなナイフが壁や床に突き立った。
男は、部屋の中へつと1歩踏み込んだ。
数人の武装した男達が、部屋の中にある寝台を守るように取り囲んでいる。
寝台の中には、意識があるのかないのか、一人の痩せ細った少年が横たわっていた。
「今日は、逃げないのかい?」
黒装束の男から、からかうような低い問いかけがある。
だが、その問いに答えるものはない。
武装した男達のうちの一人が、ふっと鋭い息を吐いて黒装束に仕掛けた。
たちまち激しい剣戟の音が鳴り響き───それが戦い開始の合図となった。
明かりを落とした部屋の中は、薄暗く、剣のぶつかり合う際に散る火花までも、目で捕らえることができる。
戦いは、一方的なものになった。
男達が、弱いわけではない。
だが、もともと傭兵達の剣は、暗殺を主とした黒装束の剣とは、質が違う。
男達は、一人、また一人と、黒装束の足下に倒れ伏す。
今もまた、仲間の体に足を取られたのか、バランスを崩して前のめりになった男の首筋を、黒装束の剣が当然のように狙った。
だが。
きんっと鋭い音を立てて、横合いから黒装束の剣を遮ったのは───昨夜の銀の髪の女性だった。
何故か、仮面で隠された黒装束の口元に笑みが浮かんだように感じられた。
そのまま昨夜の再現のように、黒装束と銀の髪の女性は激しく剣を打ち合わせる。
だが、どうしても女性の方が防戦に回る。
呪文を唱えようとしても、青年の剣がそれを許さない。
黒装束が強い踏み込みと共に、鋭い一撃を放った。
顔をしかめて、女性がその豪剣を受ける。
だが、全てを受け止めきることはやはりできず、明らかに手元を狂わせる。
黒装束がにやっと笑った。
だが、かろうじて女性は、返す手で一撃を放つ。
それは、黒装束の仮面を弾きとばした。
からん、と甲高い音をたてて、仮面が床の上を転がっていく。
ふぁさり、と赤い髪が露わになった黒装束の素顔の上にこぼれ落ちた。