kyo
朝、雨が降っていると、あたしはしばらく空の様子を見て、その日の行動を決
める。
多少の雨なら、まあ、出かけてもいいし、
止みそうにない雨なら、もう1泊ぐらい止まることにする。
ガウリイはどうかわからないけど、あたしはか弱い乙女だし、
わざわざ雨の中出歩いて、肺炎になるような真似をする気はない。
一日宿にいれば、あたしにはちゃんとそれなりにする事だってあるんだから。
出発を一日延ばす事を告げると、いつものように、のほほんとガウリイが頷い
た。
何故か、うれしそうですらある。
こういう決定で、ガウリイがあたしに異を唱えることはあまりないが………。
雨が降ったら、することなんてないはずのこいつが、
どうしてこんな嬉しそうな顔をするものやら………。
朝ご飯を食べ終わると、あたしはそそくさと部屋に戻った。
ガウリイは、何やら宿屋の親父さんと世間話をしている。
………話の途中で寝なきゃいいけど、あいつ。
以前、あいつはあたしが聞き込みをやっているときに、脇でぐーすか寝入って
しまったという前科を持っている。
図書館で調べものをしてるときも、そうだし………。
あれはもう、ほとんど習慣か、特技のレベルだとあたしは思うぞ。
まあ、それはさておき。
下で話し込んでいてくれるのは、ありがたい。
雨が降ると、ガウリイは、よくあたしの後にくっついて回る。
別にそれ自体がうっとおしいわけではないのだが、
あんまりすぐに来られても、困ってしまう。
部屋だって、片づけなきゃいけないし、身だしなみをちゃんとするのにだって
時間がかかるし………朝の女の子には、女の子なりの時間が必要なのだ。
ふと思いつき、部屋に戻る前に、あたしはちょっと女将さんのところに寄り道
をした。
女将さんから茶器を借りて、香茶を入れる用意をしておく。
………ま、別に、誰かが来るって決まっているわけじゃないから、どうだって
いいことなんだけど。
でも、来たときに文句を言われるのはいやだから───カップは二人分用意す
る。
とんとんと、繰り返されるノックに、あたしははっと顔を上げた。
いつの間にか、本に没頭していたらしい。
あたしは、ページが折れないように、そっと本を机に伏せる。
できるだけ急いで、でも急いだ様子は見せないようにして扉を開く。
あたしの予想通り、ドアの外にいたのはガウリイだった。
雨の日はいつも、ガウリイはこうしてあたしの部屋に来る。
剣の手入れをしてみたり、ぼーっと外を眺めていたり………。
特にあたしに用がある、という訳でもないようで、要は、一人で部屋にいるの
がいやだということらしい。
ひょいっと首を傾げて、入ってもいいかとあたしに尋ねる。
毎度のこととはいえ………行動パターンがの読みやすいヤツ………。
読んでるあたしもなんだけど………。
………ついでに、結末も読めてるんだけどなあ………。
あたしは、ついつい苦笑してしまう。
それでも、とりあえず扉を大きく開くと、ガウリイは躊躇いもせずに部屋の中
に入ってくる。
一応女性の部屋なのに、全然気にする様子はない。
部屋に二人きりになるのにね。
あたしはかちゃりと扉を閉めた。
普段は意識しないその音が妙に大きく耳に響く。
扉を閉める前、躊躇ってしまったことに、ガウリイは気付いたろうか。
気付かれる訳にはいかない。
気付かれてしまったら、それはなんだか、あたしの負けのような気がするか
ら。
あたしの内心にはお構いなしで、ガウリイは、勝手に座る場所を物色してい
る。
───注意深く本の側だけ避けて。
あたしが本の載ったテーブルを窓の側に引き寄せてるってものあるだろうけ
ど、
前に研究中の本をひっくり返したときに、思いっきりあたしが怒鳴りつけたの
が効いているらしい。
ガウリイにも学習能力があったとは………これは、新しい発見かも♪
ガウリイはとりあえず放っておいて、あたしは香茶の準備を始める。
別に、あたしがガウリイを招待した訳でもないから、どうでもいいことなんだ
けど。
でも、一応、誰かが来たらお茶ぐらいは入れるのが礼儀だと思うし………。
言い訳がましいと自分でも思う言い訳をしながら、
あたしは二人分の茶葉をポットに放り込む。
昔、故郷の姉ちゃんにさんざん仕込まれたから、
お茶を淹れるあたしの腕は、結構なものだと自分でも思う。
音をたててポットにお湯を注ぐと、部屋の中にさわやかな香茶の香りが満ち
た。
ガウリイは、興味津々といった様子で、あたしの動作をつぶさに見ている。
なんだかおもちゃを目の前にした子どもみたいに。
それがなんだか照れくさくて、あたしはぶつぶつと文句を言う。
香茶の満たされたカップを手渡す瞬間、ガウリイの指があたしに触れる。
あたしは押しつけるようにガウリイにカップを渡した。
抱き上げられたことも、ひっついたこともおんぶしてもらったこともある。
指が触れたぐらい、どうってことは無いはずなのに………。
なんだか、触れた指の感触だけがいつまでも意識に残る。
あたしは、そっと顔をを隠して、そっと自分のカップを窓際まで運んでいっ
た。
あたしが定位置に収まると、ガウリイも椅子を引っ張ってきて適当な場所に腰
を据えた。
カップを片手になにやら考え込んでいるその姿は、結構さまになっているかも
ね。
一瞬、見とれてしまいそうになったのはガウリイには内緒。
………これで、くらげじゃなかったらねえ………。
くすっと笑い、あたしは読みかけの本に意識を戻した。
あたしは、本を読み始めると、すぐにそちらに集中してしまう。
何かの弾みで顔を上げると、ガウリイの姿が目に入る。
そういうときのガウリイはたいがい、とても穏やかな顔をしていて、
視線が合うと、あたしにかすかな笑みを向ける。
その笑みがなんだが心地良いから、
あたしは、その気分をお供に、また本の世界へと沈んでいく。
雨の気配に包まれていると、
日常から切り離された空間にいるような気分になってくる。
未来も、過去も関係なく、ただ、今この瞬間だけが無限に存在しているような
幻覚。
あたしがページをめくる音だけが、止まった時間を進めていく。
傍らに人の気配があることも、全く気にならない。
むしろそれが自然であるようにさえ思える。
あたしは知っている。
この時間こそが、なによりも貴重で、大切なのだということを。
本を読み終わって、顔を上げると、
案の定、ガウリイはすっかり熟睡していた。
………まあ、いつものことだけど………。
普通、男女が同じ部屋にいたら、
「寝る」ってのは、あの手の意味になるんだろうけど………。
ホントに「寝てる」もんなあ………こいつ。
ガウリイだからしょうがないと言うべきか、
それとも、いかにもガウリイらしいと言うべきか。
まあいいけどね。
くすっとあたしは笑った。
怒ってたたき起こすのもなんだかばからしい。
こいつの寝顔を見ていると、文句を言う気力も失せてくる。
なにやらほんわか幸せそうな顔で寝ているし。
だから、まあいいんじゃないかと思う。
今は他に誰もいないから。
ここにいるガウリイは、あたしだけのもの。
だから、あたしは別に雨の日が嫌いな訳じゃない。
ふと、目を上げると、周囲はすっかり暗くなっている。
ふむ。
そろそろ楽しい楽しい夕飯の時間♪。
頃合いや、よし。
そっとガウリイの方に忍び寄る。
………よく、寝てるし………。
あたしが近寄っても、目をさましゃしない。
………こいつ、これでも本当に腕利きの傭兵かい………。
心の内でガウリイに突っ込みを入れる。
これで、あたし以外の人間が近寄っても目を覚まさないようだったら、
こんな突っ込みだけじゃあすまさないけどね。
あたしは読み終わった本をしっかりと両手に握りしめた。
角を使うのは………流石にまずいかな。
それでも、ガウリイの頭に当たった本は、結構威勢のいい音を立てた。
ばきゃっ。
おお、中身が空っぽだと響く響く♪
ガウリイが、ぼーっと目を開ける。
まだ半分寝ぼけた瞳があたしを認めて、一瞬とても綺麗な笑顔を浮かべた。
寝起きの掠れた声があたしの名前を小さくつぶやく。
こいつは、まったく………。
あたしは内心ため息をつく。
無意識にそんな態度、あたしに見せるなんて、反則じゃない?
そ?ゆーのが、一番たちが悪いんだから。
でも、絶対、あんたがちゃんと言葉にしてくれるまで、
口説かれてなんてあげないんだからね。
あたしは顔をしかめてガウリイをにらみつける。
ぶつぶつと文句をつけてやってるのに、ガウリイがなにやらにこにことこっち
を見ている。
あたしは更にガウリイをにらみつけた。
ガウリイがあわてて謝り始める。
そりゃそうだろう。
ここであたしを怒らせたら、夕食にありつける確率ががくんと下がる。
あたしは大きく肩をすくめた。
あきらめたように大きくため息をつくと、ガウリイに向かって手を差しのべ
る。
また、いつもの生活を始めるために。
ガウリイが微笑んであたしの手を取った───。