木々が、緑が、最近勢いを無くして来ているような気がする。
これも全て、ラビエルの言う『時の淀み』の影響なのだろう。
『天使』からそれを聞いている『勇者』でなければ、多分この異変には気付かないに違いない。
レイヴはラビエルの依頼のためにはるばるクヴァールの西部まで来ていた。
頼まれていた魔物の討伐はさほどてこずる相手ではなく、あっさりと終わらせる事が出来た。
息抜きも兼ね、レイヴは小さな町の酒場に入った。
空いている席を求めて中を見回した時、レイヴはそこに見知った顔を見付けた。
「シーヴァス?」
呼ばれ、相手はこちらに注意を向けた。
「‥‥レイヴか。妙な所で会うな」
苦笑するシーヴァスの口調は妙に弱々しく感じられた。
前に出会ったのはレイヴが助け出されてしばらく後の事だ。
それから一月程度しか経っていないが、シーヴァスに何かあったのだろうか。
「座るか?」
向かい側の席を勧められ、腰を下ろしたレイヴはテーブルの上を見て眉を寄せた。
テーブルの上には安酒のボトルが一本、もうなくなりかけていた。
その酒はアルコール度だけは強いと言う代物で、金は無いが手っ取り早く酔いたい、と言う連中が良く飲む物だ。
無論シーヴァスは酒に弱い訳ではない。しかし日頃は味を楽しむ方であり、ただ酔うためだけの強い酒を口にしている所は見た事がなかった。
「シーヴァス。何かあったのか?」
前置きも何もなく、真直な視線を向けて来るレイヴに、シーヴァスは小さくため息をついた。
「お前は‥‥始めは世間話をするとか、多少遠回しに訊くとか、そう言う気遣いは出来ないのか?」
ため息混じりの抗議に、当然、そんな芸当の出来ないレイヴは言葉に詰まる。
丁度そこに、ウェイトレスが注文を取りに来る。
弱い酒を頼んだレイヴに、シーヴァスはわざとらしく目を見張って見せた。
「騎士団長殿が昼間から酒を飲むとは、随分珍しい事もあるものだ。今夜当たり、雪でも降るかな?」
からかうような口調にも、いつもの元気がない。
「茶化すな、シーヴァス」
レイヴは、シーヴァスを真直に見詰める。
「話したくないなら無理には訊かん。だが、お前の様子はいつもと違い過ぎる。俺でなくとも、不審に思うぞ」
「いつもの気まぐれ、と言えば皆納得するさ」
事もなげに言って、シーヴァスはグラスをあおる。
いくら酒に強いと言っても、こんな飲み方をしていては体に悪い。何か心にかかる事を酒でごまかしているとなれば猶の事だ。
もっともストレートにそう言って、素直に聞き入れるシーヴァスではない。いや、かえって逆効果になりかねない。
付き合いが長いだけに、レイヴにはシーヴァスの反応まで読めてしまう。
勿論レイヴは、何があったのかを無理に聞き出すつもりはなかった。
しかし事情を知らない状態で、実は頑固なシーヴァスを納得させる説得が出来る程レイヴは弁舌に長けていない。
運ばれて来た酒を前に頭を抱えているレイヴに、シーヴァスは苦笑した。
レイヴが何を言いたいのか、シーヴァスには良く分かっていた。そして、何故レイヴがストレートに話を切り出さないのかも。
小さくため息をついたシーヴァスは、残り少なくなっている酒をグラスに注いだ。
「タンブールが、魔物に襲われて壊滅したのは知っているか?」
「?あぁ」
唐突な話題に、レイヴは首をひねった。
その反応に、シーヴァスはレイヴに教会の絵の事を話していなかったのを思い出す。
この世に唯一、残されていた両親の思い出。
友人であるレイヴにさえも存在を話していなかったあの絵は、もうなくなってしまった‥‥。
「タンブールを焼いたのは、アドラメレクと言う魔物だった。奴は‥‥私の事を知っていた」
呟くようなシーヴァスの話を、レイヴは黙って聞いている。
「子供の頃の‥‥父と母を失ったあの火事を起こしたのは奴だったのだ。タンブールを焼いたのも、私が良く姿を見せていたからだ‥‥」
レイヴは、その言葉の意味する所に思い当たって絶句した。
レイヴの表情に、シーヴァスはうなずいた。
「そう、奴の‥‥魔物の狙いは私だったのだ。私の存在が村を、町を魔物に襲わせた‥‥」
シーヴァスの表情を暗い影がよぎる。
「奴等は、私が幼い頃から勇者候補である事を知っていた。天使と接触して勇者となる前に始末するつもりだったらしい」
「‥‥‥」
レイヴはようやく、シーヴァスが思い悩んでいる原因を知った。
もしシーヴァスがいなければ、両親は死ななかったかもしれない。タンブールも襲われなかったかもしれない。
「しかし、それは‥‥!」
レイヴの言葉を遮るように、シーヴァスは続けた。
「私があの火事から奇跡的に助かったのは『勇者候補』だったからなのか?もしもそうだとすれば、私にそれだけの価値があると誰が決めた?『勇者』は天使に守られて戦い、巻き添えになって普通の人間は死んで行く‥‥これは許されていい事なのか?」
テーブルの上に置かれたシーヴァスの手が、きつく握り締められる。
「『勇者』にどれ程の価値があると言うのだ?魔物達と戦う必要があるならば、私でなくてもいいはずなのに‥‥私は生まれた時から『勇者候補』となるように決められていたと言うのか?私の歩く道は、最初から決められていたと言うのか?」
決して激しくはない、しかしその低い声はどこか慟哭のようにも聞こえ、レイヴは何も言えなくなる。
最初から答えを期待していなかったのか、言うだけ言ってしまったシーヴァスは大きなため息をついて肩を落とした。
「‥‥シーヴァス‥‥」
レイヴは硬い表情をしていた。しかしその瞳に、自分の事のように暗い色が浮かんでいるのを認め、シーヴァスは苦笑した。
「‥‥妙な話をしたな。悪かった、忘れてくれ」
シーヴァスは、グラスの酒を一気にあおった。
「また、あの天使様に依頼をもらってな。タンブールを襲った奴が、私を待っているらしい」
音を立ててグラスを置き、シーヴァスは立ち上がった。
「生き残っていたら、今度こそゆっくり飲み明かそう」
そう言って、シーヴァスはレイヴの傍らを擦り抜ける。
「シーヴァス!!」
その後ろ姿が酷く頼りなく見え、レイヴは思わずその腕をつかんでいた。そうしなければ、まるで消えてしまいそうに思えた。
けげんそうに振り返ったシーヴァスは、レイヴの表情からその言いたい事を読み取ったらしい。
「‥‥分かっている、何も今更、自己否定に走るつもりはない」
笑う表情すらも、妙に不安をあおり立てる。
「お前こそ、ヴォーラスの騎士団長殿ともあろうものが、こんな所で遊び人を気にしている暇があるのか?」
シーヴァスはいつもの本音を読み取らせない表情に戻っていた。しかしいつもと違い、その瞳には隠し切れない陰りが付き纏っていた。
やんわりとレイヴの手を振りほどき、シーヴァスは酒場を出て行った。
今のレイヴには、黙って見送る事しか出来なかった。
to be continued
まだ続きます‥‥。
また酒場で話をしているのは私が酒好きのせいです。イベントの起こる順序的に少々おかしいのですが、そこらは御容赦の程を(私のプレイではこの順序だったんです?)。1を思いつきで書き始めたお陰でオチがつくかどうか危なくなって来てしまった‥‥どおしよお。
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