旅程 3

MAY



 
 
 

 
  シーヴァスが行方不明だ、とラビエルから聞いて、真っ先に思い浮かんだのは先日の酒場での会話だった。
 あの時のシーヴァスの様子はどこかおかしかった。
 それを告げると、ラビエルは表情を曇らせ、もっと良く探してみる、と言って立ち去った。
 シーヴァスはいい加減に見えても実はかなり責任感が強い。
 そのシーヴァスが、一旦引き受けた『勇者』を放り出す程の事があったと言うのだろうか。
 シーヴァスの事を気に掛けながらもレイヴは『勇者』としての務めを果たす為に戦いを続けていた。
 ―――――――
 黒衣の騎士との最後の戦い。
 リーガルを、今度はレイヴ自身の手で倒し‥‥『時の淀み』の原因の一つは消滅した。
 命尽きる間際のリーガルの言葉で、レイヴは真に倒すべき相手を知った。
 堕天使――天界への復讐のためだけにいくつもの地上界を滅ぼした者達。
 誰しもが持つ心の弱味に付け込んで、手駒として利用する奴等。
 そして‥‥レイヴは、彼等が本当に狙っていたのは誰だったのかも知った。
 もし、レイヴが勇者候補でなかったら。
 もし、レイヴがあの時、リーガルを押し切っても共に戦っていたら。
 リーガルは、他の兵士達は、死なずに済んだかも知れない。
 あの時、酒場でシーヴァスが口にした、堕天使アポルオンの話‥‥。
 今なら、あの時のシーヴァスの気持ちが分かる。
 自分の存在が堕天使を引き寄せてしまった。
 多くの者が命を落としたのに、狙われたはずの自分は生き残ってしまった。
 そのやりきれなさ、向ける場所のない怒りと後悔‥‥シーヴァスも、この同じ気持ちを味わったのだろう。
 そして彼が失ったのは、今は幼い頃の思い出しか残っていない両親だったのだ。
 その衝撃は、レイヴなどよりももっと大きかったに違いない。
「シーヴァス‥‥」
 会わなければ、レイヴはそう思った。
 ―――――――
 ヨーストの屋敷を訪ねてみると、シーヴァスは戻っていると言う。
 屋敷の者は皆レイヴの事を良く知っている、彼はすぐ奥に通された。
 良く手入れの行き届いた中庭を見下ろせるベランダで、シーヴァスはレイヴを迎えた。
「今日は客の多い日だな。ついさっきまで、ラビエルも来ていたぞ」
 意外な言葉に、レイヴはとっさに何を言っていいのか分からなくなる。
「お前も、私が姿をくらました、と聞いて来たのか?」
 シーヴァスの口調はいつもの皮肉めいたものだったが、その様子はどこか無理をしているように見えた。
 レイヴは、大きく息を吸い込んで、口を開いた。
「リーガルを‥‥倒した。あいつも‥‥ラスエルと言う堕天使に操られ、『時の淀み』の原因として町を襲っていたんだ」
 レイヴの言葉に、シーヴァスは皮肉めいた笑みを消して黙り込む。
「リーガルを失ったあの戦いは、堕天使が俺を殺すために引き起こしたものだった。だが‥‥リーガルが俺の身代わりになったおかげで、俺は生き延びた‥‥」
「‥‥‥‥」
「俺は、ラスエルを、堕天使を全て倒す。『勇者』としてだけではなく、これは俺の戦いになったのだからな」
 何の迷いもなく言い切るレイヴを、シーヴァスは複雑な表情で見詰めた。
「天使も堕天使も、強大な力を持つ存在だ。彼等にとって私達人間など只の持ち駒‥‥いくらでも、代わりのある使い捨てのような『物』かも知れないのだぞ。それでも‥‥戦うか?」
 それはどこか、試すような言葉だった。
 レイヴも一度は持った疑問――しかしレイヴは、もうその答えを手に入れていた。
「たとえ、取るに足らない小さな存在だったとしても‥‥だからと言って、無意味に『命』を奪う事が許されるとは思わない。俺が『駒』としてでも戦う力を与えられているのなら、その全てを掛けて堕天使を倒す。それが‥‥生き残ってしまった俺が、死んで行った者達へ唯一、報いる事が出来る方法だと思う」
 レイヴの言葉を黙って聞いていたシーヴァスの顔に、何とも言えない笑みが浮かぶ。
 苦笑とも、自嘲ともつかない、それでいて何か吹っ切ったような‥‥そんな表情だった。
 シーヴァスは、ベランダの外、柔らかな光の降り注ぐ中庭の木々に目を向ける。
「‥‥強いな。お前は」
 小さな呟きは、レイヴには聞こえなかったようだ。
「何か言ったか?」
 聞き返すレイヴに視線を戻したシーヴァスは、もういつもの表情に戻っていた、
「いや。さすがにヴォーラスの騎士団長殿は心構えが違う、と感心していたのさ」
 むしろ茶化すような言葉に、レイヴは眉を寄せた。
 しかしシーヴァスの様子が最初とは違い、いつもと同じものに戻っている事を感じてレイヴは何も言わなかった。
「それより、お前が屋敷に来るとは珍しい。どうだ、一杯やって行くか?」
 打って変わって機嫌が良くなったシーヴァスの言葉に、レイヴは思わず、空を見上げてしまった。
 青い空に輝く太陽が頭の上に来るまではまだしばらくある。
「‥‥まだ昼にもなっていないぞ」
 シーヴァスの言う『酒』が食事の際の食前酒のレベルではない事は明白だった。
 憮然としたレイヴに、シーヴァスは意味ありげな笑いを向けた。
「かなり年代物のいい酒が手に入ったんだが?」
「‥‥‥」
 実はレイヴも酒には目がない。
 普段は騎士団の公務の関係で自重しているものの、飲み始めれば騎士団の中でも屈指の酒豪だ。
「別に、強いて、とは言わんよ。中々手に入らない貴重な物だからな、私だけで楽しむのは願ってもない事だ」
 ここまで言われては、もうレイヴの負けだった。
「‥‥一杯だけ、もらおう」
 むしろ悔しそうなレイヴに、シーヴァスは嬉しそうに笑った。
 ベランダから部屋に移ろうとして、ふとシーヴァスは足を止めた。
「レイヴ。一つ、訊きたい」
 真面目な口調に、レイヴも真顔になった。
「お前、もしかして私を慰めようとして来たのか?」
 しかし、レイヴは逆に困惑したような顔になる。
「俺には、そんな器量はない。ただ‥‥お前に会わなければ、そう思った」
 生真面目と言うか真っ正直な答えに、シーヴァスは苦笑した。
 かつて‥‥リーガルが帰って来なかったあの戦いの後、シーヴァスはすぐにレイヴを訪ねた。
 自分がレイヴの助けになるなどと自惚れた気持ちはなかった。
 ただ、自分も‥‥会わなければ、そう思ったのだ。
 慰めの言葉を綴るより、自分の気持ちを、考える事をそのまま告げる。
 それが『支え』になるかどうかはレイヴ次第、しかしそれがシーヴァスに出来るせめてもの事だと思った。
 今のレイヴも、あの時の自分と同じ気持ちだったのか‥‥。
 そう考えると、妙におかしくなった。
 お互い様、と言うべきか、或いは似た者同士なのか。
 だから自分は、生真面目で堅物なレイヴとずっと『友人』として付き合っているのかも知れない。
「‥‥?何だ、何かおかしいか?」
 そんなシーヴァスの内心など知らないレイヴが、けげんそうな顔になる。
「いや、何でもない。どうせなら、美しい女性に会いに来てもらいたかったものだな、と思っただけだ」
「‥‥悪かったな」
 あまりにも、らしすぎるシーヴァスの言葉に、レイヴはため息をついた。
「そう、怒るな。だから埋め合わせに酒を奢る、と言っているだろう」
 すっかり上機嫌になっているシーヴァスを見ると、自分は一体何のために来たのだろうと言う気になって来る。
 だが、こうしてシーヴァスがいつもの様子を取り戻したのならば、それだけで良かった。
 いつもの、からかい交じりの物言いと皮肉めいた表情。
 リーガルを、自分の手で倒したレイヴには‥‥変わらぬ『友人』であるシーヴァスが、むしろ救いに思えたのだ――。

 

                                                to be continued

 

 

 

 をぉっ、レイヴとシーヴァスの仲急接近!(ウソです。そーゆー話じゃありません)
 取り敢えず次回で完結予定。元々接触イベントが物足りんよー、と書き始めた訳ですが、思いの外膨れ上がってしまいました。次回は結局、シーヴァスが貧乏クジを引く事でしょう。
 
 

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