ピンク・レディ−よもやま話



このペ−ジは、特にテ−マを定めずに私の思いつき、思い込み、独断、主観、願望でPLについて語りたいと思います。


第1話 再結成の早期実現を望む
第2話 改めてPLの魅力について考える
第3話 ミ−ちゃん、ケイちゃんにとってPLとは?
第4話 PLの振り付け普及は「8時だよ!全員集合」のおかげ?
第5話 クッキ−結成から25周年!
第6話スタ誕出身アイドルとしてのPL

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第1話 再結成の早期実現を望む 1999.4.6

再結成についてのまじめな?考察は別のペ−ジこちらを見て下さい。

私の願いは、今年こそ本格的再結成活動を開始していただきたいということ。前回の長い再結成活動「再会」(1996年から1997年)からすでに3年経過していますし...PL関連のホ−ムペ−ジも盛り上がっていますし...今年こそ何とかお願いしたいものですね。
ここで、ちょっと「再会」を振り返ってみましょうか。
まず、1996年7月にミ−ちゃん単独で、あるスポ−ツ新聞に再結成活動開始を発表。
9月にNHK「歌謡コンサ−ト」に2人で出演。「ペッパ−警部」を歌った後、ケイちゃんが「私たちはデビュ−する前から、幼ななじみであったり、大親友だったんですね。ですから、ピンク・レディ−という形にとらわれないで、ベスト・パ−トナ−という形でやっていけるんだったら、やってみたいなあと思って...」と発言。これが、実質的な「再会」開始宣言でした。
その後、いくつかのテレビ出演の後、年末にディナ−ショ−、翌年3月の富士宮でのコンサ−トでファイナルという形になりました。
テレビ出演では「ハンマ−プライス」がおもしろかったですね。ミ−ちゃん、ケイちゃんがサウスポ−、ウォンテッドの当時の衣装で歌うという企画もあったのですが、なかなかよかったですよね。2人とも相変わらずスタイルが良くて、感動させられました。20歳頃着ていたあの衣装(復刻版ですが)が、当時30代後半のお2人が着ても全然違和感がないというか....やっぱりPLはスゴイ!と改めて思いました。
3月の富士宮でのコンサ−トは、2か月後の5月にWOWOWでも放映され、ビデオも販売されましたね。コンサ−トの構成は、ディナ−ショ−とほとんど同じでしたが、ミ−ちゃんケイちゃんのソロがディナ−ショ−より1曲多かったのかな。ケイちゃんの「雪国」の熱唱も、なかなかよかったですね。
WOWOWの番組では、コンサ−ト中継の他に、ミ−ちゃん、ケイちゃんが静岡の母校「常葉学園」の教室で語り合う...という場面があるのですが、これもなかなかマニアにとっては、うれしい企画でしたね。2人でアマチュア時代のレッスン曲を歌ったりして。

今、テレビで日清焼きそば「UFO」のCMをやっています。そう、ケイちゃんが出演しているCMです。

さて、今後の再結成です。PL再結成というと口の汚いマスコミがいろいろ書きますよね。ですから、記者会見で再結成発表という形よりは、PLファンの盛り上がりにより自然に再結成という形がいいのではないでしょうか。どうも抽象的ですが...
そして、半年で再結成終了とするのでなく、コンスタントに活動できないものでしょうか...

今日はこのへんで終わりにします。続きはまた、後ほど。


第2話 改めてPLの魅力について考える 1999.4.10


このペ−ジをご覧になっているPLファンあるいはマニアの方には、釈迦に説法、何を今更という感もありますが、ちょっとつき合って下さい。

一般的に言われるPLの魅力と言えば、例の「ミニスカ」「華麗なダンス」「夢のある歌」という3原則があります。勿論、これらが大きな魅力となっていることは否定できません。「ミニスカ」により男性ファン、「ダンス」により子供のファンを獲得し、PLのファン層を広げることになりました。

ただ、永年PLファンをやっている私やこのHPをご覧の皆様にとっては、この3原則以外にも、大きな魅力があるのではないでしょうか。

私が魅力に感じているのは、PLのお2人御自身に関するものです。

まず、1つは「お2人、ミ−ちゃん、ケイちゃんがデビュ−前の中学3年の時から親友て゛ある。」ということです。プロダクションの都合で、無理やりくっつけられるアイドルグル−プではないのです。ですから、あれだけ息の合った歌、踊りを披露できるし、デビュ−から20年経過しても再結成できるのです。女性アイドルグル−プとしては、特異なパタ−ンなのではないでしょうか。
国民的なアイドルとなったために、お2人の関係も単なる親友から、それ以上のものになっているようですね。

もう1つは「変なスキャンダルに巻き込まれることなく、ス−パ−アイドルとしてのイメ−ジを維持していること」です。
皆様は、PL以後のス−パ−アイドルというと誰を思い浮かべますか?私は、同じスタ誕出身の彼女と結婚2回目の彼女(あえて名前は出しません)の2人があげられると思います。
このお2人さん、やたらとスキャンダルが多いですよね。スキャンダルを売り物にしている面もあります。困ったものです。
そういう状況では、男性ファンは逃げていくのではないでしょうか。
その点、PLは安心して末永く応援できます。ディナ−ショ−でも、老若男女幅広い層を集めているように見受けられました。

とりあえず、以上2点が私にとって大きな魅力です。皆様はいかがですか?

第3話 ミ−ちゃん、ケイちゃんにとってPLとは?1999.4.17

まず、お2人のマスコミでの発言を再現してみましょう。

まず、ある番組でミ−ちゃん「ピンク・レディ−という存在自体が大きく、大きくなって、ものすごい勢いで走っていっちゃうんだけど、自分たちは、それにこう何とかしがみついて、ついて行かなければならない...」
ケイちゃん「ロケットに詰め込まれて、打ち上げられてしまったものは、行くところまで行くしかない....」
なんとも、悲壮感すら漂う意味深なご発言ですね。でも、お2人のお気持ちは、よくわかりますね。
また、別のある番組で「増田さんにとってピンク・レディ−とは?」の質問に対して、ケイちゃん「まだ、答えが出てないんですけど、今途中なんですが、世界一高いダイヤモンド。」
なかなか、いい表現ですね。さすが、ケイちゃんですね。

さて、PLの人気、売れ方というのは、本人たち、スタッフの想像をはるかに上回るものがありました。確か、ビクタ−の当時ディレクタ−の飯田氏の「正直言って、ここまで売れるとは思ってなかった。」というような発言もあります。
ここで、作詞家阿久氏の発言「もしかして、0で終わって恥をかくかもしれないけど、大胆な企画をやるべきだ...」が注目されますね。0で終わらずに、作り手の想像をはるかに超える売れ方をしたということで。大胆な企画の成功です。

最近、ケイちゃんがこんな発言をしています。「解散してからの方がPLは評価されている気がする...」
歴史に名を残す人物は、現役当時は評価が今イチで、批判も多い...かも知れない。しかし、将来、改めて必ず再評価される。
そんな歴史法則はPLにも当てはまるのでしょう。ちょっと大げさですが。

私は思います!PLのお2人が今思っている以上に、PLの与えた歌謡史上、芸能史上、社会史上の影響は大きいということです。
ちょっと、インタ−ネットの世界を見るだけでも、その影響力の大きさにマニアである私でさえ驚かされます。
ですから、お2人には(私が言うのも大きなお世話ですが、それを承知で)...「もっともっと自信をもって!!」

第4話 PLの振り付け普及は「8時だよ!全員集合」のおかげ? 1999.4.24

このペ−ジをご覧の皆様は、TBS系で放送されていたドリフの「8時だよ!全員集合」をご存じですよね。放送終了は、確か、昭和60年で、PL現役当時は、ものすごい視聴率で「お化け番組」とかいわれていたと思います。

この番組、歌手が何人かゲスト出演するのですが、PLのお2人はデビュ−当初から時々出演していたような記憶があります。
当時PLのライバルともいわれたキャンディ−ズがレギュラ−でしたね。そんな番組にPLが出演できるのも、不思議に思ったものでした。


さて、その番組の中盤に「合唱隊のコ−ナ−」がありましたね。そのコ−ナ−で、確か1977年の初め頃だと思うのですが、PLの振り付けにドリフの面々が挑戦するというスゴイシ−ンがありました。
確か、一回目は「ペッパ−警部」、その一ヶ月後くらいの2回目は「SOS」だったと思います。
ドリフの面々が、ワンフレ−ズくらいずつに分けて交代で、PLと一緒に歌い踊るのです。皆さん、想像して下さい!
加藤茶が「ぺッパ−警部」、続いて志村が「邪魔をしないでえ」、続いて....といった感じです。しかも、ドリフ特有の誇張されたおもしろい振り付けになっていて、大爆笑です。今でも脳裏に焼き付いています。

当時、スゴイ視聴率の番組でしたから、PLの振り付け普及に大きな貢献をしたのでは...と思っています。
ドリフに感謝!

第5話 クッキ−結成から25周年!1999.5.1

先ほど、当HPからリンクさせていただいているPL特別親衛隊様のHP「ピンク・タイフ−ン」を拝見したところ、今日5月1日がクッキ−結成から25周年記念の日なのだそうです。誠に意義深いことと思います。心からお祝い申し上げます。
このペ−ジをご覧の皆様は、PL前史「クッキ−」の存在をご存じでしょうか?と申しましても、私も情報不足でよくわからないのですが・・・・この分野はPL特別親衛隊様のご専門でしょうから・・・・・クッキ−時代の写真、資料等を紹介される予定ということで、たいへん楽しみにしております。

ある番組でのケイちゃんのご発言「デビュ−して、いきなり売れちゃったと思っている方が多いのですが、実は(デビュ−前に)下積みをしてまして・・・・・」・・・この「下積み」こそクッキ−の活動なんですね。ただ、結構お2人とも楽しくやられていたようなので、
「下積み」という表現は当てはまらないかも知れませんね(^^)。「カラオケセットの宣伝をして一曲歌って、確か千円もらったり、他のレッスン生のための歌をレコ−ディングしたり」という活動だったようです。・・・・ケイちゃんのご発言より

さて、私は「PL前史クッキ−にPLの原型あり」という仮説を立てております。
「衣装(ミニスカ、ホットパンツ)」、「振り付け」というPL3原則のうち2つは、クッキ−がル−ツのようですね。ですから、このクッキ−を解明することが、PLを理解するうえで重要なポイントになるのでは・・・・と思っています。
よくPLのお2人が言うことですが、「スタ誕決戦大会の衣装はわざとダサイものにした。」というのがありますね。「君たちは、しろうとっぽくない。」という理由で「君スタ」?を落とされた。その反省を踏まえて、しろうとっぽくしたのが「スタ誕決戦大会」の衣装ということでしたね。この「しろうとっぽくない」というのが実は、クッキ−としての活動が原因なのですね。

「ミ−ちゃん、ケイちゃんお2人での活動」を時系列で並べると、2年弱の「クッキ−」、4年7カ月の「PL現役時代」、そして6回の「再結成活動」ということになりますね。ファンでない一般の人からみると、輪廻転生みたいで不思議に思われるかも知れませんが、「お2人はPLである前に親友である」わけですから、こうした息の長い活動ができるわけですね。


さて、今日のキ−ワ−ドをもう一度復習しましょう(^^)。
「PL前史クッキ−にPLの原型あり」「ミ−ちゃん、ケイちゃんはPLである前に親友である」

第6話 スタ誕出身アイドルとしてのPL 1999.5.16

皆さんはPLのお2人が、スタ−誕生(スタ誕)というテレビのオ−ディション番組出身であることはご存じですよね。この番組は昭和46年から58年まで続いた長寿番組でした。

ある資料によると、番組から歌手デビュ−できたのは、88組となっています。ちなみに、PLデビュ−は42番目ということで、ちょうど中間点ということになります。
さて、私の手元にスタ誕出身歌手のリストがあるのですが、これを見て思わずため息が出てしまいました。芸能界で生き残っていくこと、歌手として生き残っていくことが、いかに大変であるかということ。そして、今年デビュ−23周年となるお2人の素晴らしさを改めて認識させられます。
PLデビュ−以前にスタ誕からデビュ−し、今でも歌手として残っていると私が判断できるのは、岩崎宏美さん、新沼謙治さんの2
組しかおりません。森・桜田・山口の中3トリオ(私の歳がばれますね)も今はなく・・・PL以後では、小泉今日子、中森明菜、松本明子(^^;)くらいしかおりません。つまり、PLを含めて歌手として残っているのはわずか6組ほど。
本当に厳しい世界ですね。スタ誕出身歌手に限ってみても、生存率は6分の88で、わずか7%程度です!

PLの解散が決まった時、私は「もう永遠にお2人そろっての姿は見られないのだなあ・・・」と落ち込んだものでした。ところが、その後数回にわたる再結成!(これからも期待できる?)そして、解散から18年の今年、HPのネットワ−クPL−NETの開始!という状況です。解散時には、とても今のような状況が想像できませんでしたね。改めて、PLのお2人の魅力、素晴らしさを再認識させられるこの頃です。


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