*2001年春*

hiro:n / TRIPPIN' 21
つじあやの / 春蜜柑
sakura / シシラ




5月
ACO / Material
前作「absolute ego」は、深く内省的でかつ感動的なアルバムだった。
とことん自分を突き詰めていくようなやり方に、彼女曰く「人間的にヤバイ状態」だったらしく、今度はもっと割り切った、売れる方向に行くかと思われた。実際一時迷いがあったようだ。
果たして彼女は深い方向に行くことを選んだ。
前作が深い心の淵で自分と向き合っているような印象だとすると、本作は重力のない空間を透明色の目をしてたゆたいながら見下ろしているような不思議な感覚。
音はかなりプログレッシブ(イエスとかのそれではなく、どちらかというとデビッド・シルビアンに近いような)。1曲目は歌詞が出てくるまで2'02''もあるし、詞の無いボイス・パフォーマンスだけの曲が2曲ある。
「私は自分でシンガーじゃないとおもっているの。曲を作ることと、詩を書くこと、サウンドを作ること−そういうすべてをひっくるめて“自分”だと思っている。」
ようやく自分が描いた音を表現できるようになってきたという。
「本性剥き出しの人って、絶対誰かを傷つけているんだよ。絶対に。もうそれがイヤで。(中略)そんなこと歌ってても続かなくなる。音楽を辞めるか、方法を変えるかだよね。きっと。」「で、私は変えた。」
もはや容易い愛の歌ではない。歌うこと、生きることへの自問。
一度聴いただけで判断したくない。前人未到唯一無二の世界を素直に受け入れて浸ろう。
*SWITCH 6月号にACOのロング・インタビュー掲載。ぜひ読んでみてください。
◇◇◇

The d.e.p / 地球的病気
ある人から紹介されてビビアンが台湾でリリースしたCDを聴いてみたんです。それですごくショックを受けた。それで機会があったら一緒にやらせてくださいとお願いしたんです。そのために集まってもらったのが今回のメンバーなんですね。ポップでありつつ、ニューウェーブの残党(笑)テイストもあって、しかもちゃんと新しい音楽になっているものを作りたいということで。」(ライナーノートより抜粋)
それにしてもすごいメンツが集まったものです。発起人/Guitar/Keyboard/作曲/佐久間正英、
Drums/屋敷豪太、Guitar/土屋正巳、Bass/Mick Karn、Vocal/Vivian Hsu。
作詞は全曲Vivianが携わっており、曲によってJenkaらが共作しています。
一曲の中でいつの間にか日本語から、英語、中国語に変わっていくという詞はVivianならではのもの。
なるほどこのメンバーが集まっただけのことは有る、ひとつひとつの音にこだわりが感じられる「一癖ある」ポップスが展開されていて、曲の振幅はかなり広いです。
特に気に入ったのは、シングルカットもされている「Mr. No Probrem」。エッジの効いたギターのカッティングがかっこいいロッキン・ナンバー。ミックカーンのベースもぶいぶい言っています。
「run and cry」はニューウェイブ+レゲエ。「Frozen Tears」は重厚なストリングスが陰鬱な雰囲気を掻き立てる中華メロディーの曲。艶めかしいスロービートの「蜂蜜色の宙」はいろんなSEを重ねていてサイケデリックかつファンタスティック。中期のビートルズを思い出したり。
「Spider's Life」も面白い曲。Talking Headsを思わせる単調なニューウェーブビートに、すごいインパクトのあるクールなギターリフがうねうねと唸り、そこにVivianの中国語トーキング・ボーカル(ラップではありません)がかぶさるというすごい曲。この曲はほぼ完全な中国語詞です。しかもすごい量の漢字(笑)。
かように全体に緊張感みなぎるアルバムですが、なんとラスト「想要Happy」はハーモニカやマンドリン(かな?)が入ってなごやかムードの、さながらアイルランドのバスキング演奏のような6拍子の曲で、意表を突きます。
どちらかというとくつろいで聴けるというタイプの音楽ではないとは思いますが、なかなか興味深いアルバムではあります。余談ですが、バンド名の正式名はthe doggie eels project。うなぎいぬぷろじぇくとぉ〜??

4月
つじあやの / 春蜜柑(特薦!)
春蜜柑。なんて素敵なタイトルなんでしょ。このアルバムもタイトルだけでびびっと予感が。
つじあやのさんのアルバムを聴くのは、実はこれが初めてなのですが、いい意味で予想を裏切ってくれたアルバムでもあります。
ウクレレ弾き、眼鏡に三つ編みの風貌から、ほのぼのしたNHKみんなのうた的世界(←結構好きなんです)をなんとなく想像していたのですが、不思議としんみりした気分になりました。悲しげ、というのとはまた違うなんとも言えない空気感。彼女の明るくはないけど暗くはない、訥々としたボーカルと詞がその思いを一層強くします。弾き語り風の曲もありますが、全体的にはとても落ち着いた、バンド・サウンドになっています。そして彼女の作るメロディーは本当に綺麗で心の琴線に触れます。
70年代シンガーソングライターを思わせる落ち着いた土の香りのするナンバー「君にありがとう」でアルバムは幕を開けます。「君にありがとう/君にありがとう言わなくちゃ/今やっと僕は君にさよならできる」と歌われます。
「この世の果てまで」は手拍子も入った、アップテンポの軽快な曲。詞は独特の世界が感じられます。
「君が好きです」は最小限の楽器による静かな曲。和風のメロディーラインがいい感じです。
「恋のささやき」はびっくり、サンバというかニューオリンズ的というか、リズムがとっても愉快。彼女の独特の声が乗ると、やはりからっとしたというよりは、しっとりした風情が漂います。
「心は君のもとへ」は先行シングルにもなった名曲。落ち着いたテンポ、柔らかなオルガンの音に乗って、帰ってこないだろう人へのせつない思いを歌っています。
「きっと明日も」は、スキップリズムがかわいらしいほんのり和む曲。
「君のうた」の静かな切なさも素晴らしい。
ラストの「小さなこころ」はオールドタイミーな演奏に乗って優しく歌われます。「僕はそっと離れて見つめているよ/僕はもうしあわせになれる」。
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sakura サクラ / shishir シシラ(涼季)(推薦!)
なんか、予感ってある。今までそれほど気に留めていなかったアーティストが気になり出してどんどん好きになったり、聴く前から、このアルバムは名作に違いないって確信したり。
sakuraの新譜はとても暖かい。ミディアム〜スローテンポを主軸とした音たちは、こんなにも柔らかい。春の日差しに包まれているような感覚。ピアノの音もストリングスの音も、みな優しく寄り添う。
凛とした中に、ときどきふと顔を出す可愛らしさが宿る声もいい。
ソウル・シンガーなんていう肩書きはいらない。ただいい歌があるのだから。
11曲目「Sista Sista」は涙が出るほどいい曲です。
お父さん、ママ、京都のおばあちゃん、岡山のおじいさんおばあさんに宛てたthanksが素敵。

3月
hiro:n ヒロン / TRIPPIN' 21 (推薦!)
音楽って楽しい!こんなに楽しそうに音楽をする人に初めて出逢った、そんな気さえします。
カラフルで元気な歌たち。アップ・テンポの曲はグルーヴィーに、ブラスも入って超ご機嫌。
クール・ダウンする曲も、何気にメロー。何気にかっこいい。
1曲目こそ、明るさに押されて、これは若向き?かと思ったけど、聴けば聴くほどどんどん良くなる。
ソウルもR&Bもボサノバもブラジル音楽も血となり声となり、極上のポップ。これは、くせになりそう。
ヒロン。北海道出身の21才。21才の旅、21世紀の旅。
6曲目「TV Star's Voice」のバリバリのシンコペーションの応酬にのけぞりまくり。感涙!!。
全曲、ヒロン作詞作曲。確かな才能。聴くべし。
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萩原貴子 / 愛燦燦 美空ひばり・オン・フルート(特薦!)
これはすごいアルバムです。こんな音楽は初めて聴きました。
まず、これはクラシックじゃないです。彼女はもちろんクラシック界出身の方なのですが(*注)、この情熱的で変化自在の活気に溢れた音をいったい何人の方が想像できたでしょうか。
フルート、アルトフルート、ピッコロ、篠笛といった和洋の笛を駆使し、多くの曲では各種の笛を幾重にも重ねて録音しているのも、ソロ・プレイヤーのアルバムとしては異色ではないでしょうか。そして、どの曲も原曲のメロディーを大切にしつつ、各曲の中間部で聴ける大胆なインプロビゼーション・プレイは感動しっぱなし。
1曲目「愛燦燦」。ジャズ・テイストのピアノにいきなりフルートのアドリブが絡んでくると、これから何が始まるのかドキドキ。やがて旋律が始まり、いつしかピアノの2コードのリフレインの上を自由に飛び回るアドリブに導かれていきます。
4曲目「東京キッド」は、オールド・タイミイなアレンジに心がなごみます。
5曲目「お祭りマンボ」がこれまたすごい。インドの太鼓であるタブラをバックに縦横無尽に飛びまくる笛とバイオリンのアンサンブルは正に圧巻。
原曲も渋いがアレンジも渋い「りんご追分」はとりわけぼくが好きな曲。
11曲目「港町十三番地」は穏やかな、セピア調の−個人的には、Liz Stotyを思い出しましたが、−ピアノがとても安らぎを与えてくれます。
ラストは名曲「川の流れのように」。アルト・フルートによる旋律のうしろで、川の上を飛び回る鳥をイメージしたという、まさに飛翔するフルートのオブリガードがすばらしい。
そして、聴き終えると、−そんな細かなことは結局どうでもよくって、−日本のメロディーはこんなに美しいんだと、その事実に感動することでしょう。目からウロコ。
そうだ、台湾に行ったら、小美にこれ渡そう…。
(*注:なんとこれがCDデビュー・アルバム。しかも2枚同時発売で、もう1枚は「カルメン・ファンタジー」。)
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Eric Clapton / Reptile(特薦!)
あの優しいクラプトンが帰ってきた。
ぼくが、そして多くの人が待ち望んでいたに違いないクラプトンの“歌”。
長い長いキャリアの集大成にして最高のアルバムが今ここに届けられました。
それにしても、ここに収められた音楽の多彩さは、目を見張るばかりです。
オープニングが、いきなりボサノバ・フュージョンのインストで意表を突いたかと思うと、スロー・ブギ・ブルースあり、いかにもクラプトンらしい心に染み入る美メロ歌ものあり、これは珍しオールド・タイム・ジャズあり、ファンキーなロックありと、実に多彩。多彩なのに、どこから聴いても、紛れも無いクラプトンの音楽。
とても聴きやすいうえに、密かに力作。
4曲目「Believe In Life」は涙が出るほど、優しく美しい。
オリジナルの間に散りばめられたカバー曲も実に多彩。J.J.Caleありの、Ray Carlesありの、Stevie Wonderあり。極め付きはJames Taylor、1972年「One Man Dog」収録の名曲中の名曲「Don't Let Me Be Lonely Tonight」のカバー。
メローなAORのこの曲を6/8拍子にしてテンポ・ダウン、ゴリゴリのソウル・ナンバーに仕上げています。
この気合の入ったボーカルはすごいです。
ラストは、他界したuncle Adrianに捧げられたインスト・ナンバー「Son & Sylvia」でしっとり幕を閉じます。ガット・ギターの旋律がこの上なく優しく響くナンバーです。
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Friends Again / Trapped And Unwrapped(推薦!)
う〜ん、これは爽快!。これから暖かになるこの季節、新車でドライブのお供にも最適かも。
収録曲のほとんどがアップ・テンポというのも、ぼくの紹介アルバムとしては非常に珍しいかも(笑)。
彼らは1982年にスコットランドのグラスゴーで結成されたバンド。
ぼくはグラスゴーのバンドにはちょっとした思い入れがあって、Lloyd Cole & The Commortions ,Blue Nile, Aztec Camera, Deacon Blue, Hue & Cryなど、どのバンドもポップななかに、どこかひんやりとした空気感が漂うところがなんとも言えずいいのです。
1曲目「Lucky Star」は力強いギター・ストロークで始まる、軽快な曲。親しみ易いメロディー・ラインは、エバーグリーンな輝きが。
初めの4曲はアップ・テンポの曲が続きます。よく似たリズム取りなのですが、どの曲もメロディーが綺麗なので、不思議と飽きることはありません。
5曲目「Skip The Goldrush」は比較的ゆったりした曲で、いいアクセントになっています。
アルバム中白眉は10曲目「Old Flame」。珍しくサックスをフィーチャーした、ドリーミーな曲です。一旦バックが静かになった後、ギターが鋭く切り込んできてエンディングになだれ込むところは、鳥肌が立つほどかっこいい!ギターとサックスの掛け合いソロもかっこ良し。
残念ながら、フル・アルバムとしては1983年に発表されたこのアルバムを唯一残して解散してしまいましたが、メンバーはその後もLove And Money等を結成して活動しているようです。その時代がつくり得た輝きがここには閉じ込められている気がします。
ビクターのGuitar Pop Jamboreeシリーズ、2001年2月21日発売UICY-3097。
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Judee Sill / Heart Food (特薦!)
何気にジャケ買いしたこのアルバムに、今ぼくは猛烈に感動しています。
歌心の塊のような、実直で暖かな歌。控えめ且つこれ以上のものは考えられない演奏とアレンジ。
アコースティックを主体にした曲、ピアノを主体とした曲、荘厳なコーラスの曲、どの曲も深く胸を打ちます。
柔らかな日差しのような、それでいて思慮深く祈りに似たような感情。曲によってはゴスペルの要素が見出せるのは彼女が心の拠り所としていたからでしょう。
楽曲の穏やかさとは裏腹に彼女は悲しい人生を歩んできました。幼いころ父親を病気で亡くし、数年後、母親をアルコール中毒で亡くし、同じ日に兄弟を肺炎で亡くします。デビュー前に二度結婚するものの夫をドラッグで亡くしています。
1971年にファーストアルバムをリリース、1973に本セカンド・アルバムをリリース。以降大きな活動も知られず、1979年30才と少しの若さで他界してしまいます。
1曲目「There's A Rugged Road」は、Shawn Colvinが、album“Cover Girl”でカバーしていた曲。
実は、ぼくはこの曲でもう、涙が出るほど感動してしまいました。
全曲の作詞、作曲、編曲は彼女自身。なんとオーケストラ・アレンジも彼女自身で、バック・フォトには彼女が指揮棒を振っている写真が使われています。そして、一番最後にSpecial Thank To Godの文字が。
ワーナー名盤探検隊シリーズ、世界初CD化。1999年発売AMCY-6065。