ヒューズ家が猫を飼いはじめたという噂は、なぜかあっという間に近所に広がりました。猫好きな一家だと思われたヒューズ家には、次から次へ来客がありました。


「仔猫がいっぱい産まれてしまって、よかったらぜひ一匹…」
「本当なら血統書付きの猫なんですよ。しつけもしてありますからぜひ…」


みゃうみゃうと奥さん方の腕のなかで鳴く仔猫は、ほんとうにいたいけでかわいらしいものです。歓声をあげるエリシア嬢をなだめて、夫妻は御近所攻勢をなんとかしのぎました。


「どうしてだめなの?クロにお友達をつくってあげるのに」


しょんぼりするエリシアに、ふとグレイシアも考えを改めます。


「どうせ飼うなら二匹のほうがいいんじゃない?猫同士で遊べるし」


猫同士で遊ぶだと!
私が猫に舐められたり、舐め返したりなんてあってたまるか!

ふふうっと毛を逆立てて反論する猫の、味方はすこし頼り無い一家の主人だけです。


「いやー、二匹もいたら収集つかなくねえか?
 それにオスメスだったら増えちまったりするし…」


うかつなその台詞に、エリシアが目を輝かせて飛びつきました。


「クロにお嫁さんをもらってあげるの!ねえ、いいでしょ、パパ…」


猫の嫁!ロイは目の前が真っ白になりました。
人として結婚する前に、猫として娶ってしまうなんて絶対お断りだ…!
でも…でも、このままずっと猫で、発情期とかきたら私は我を忘れて…?!


泣きながら嫌がるロイを膝へ抱き上げて、ヒューズは渋々口を開きました。


「パパはこの子だけでいい」
「えー、どうしてえ」
「クロがそう言ってるからだ。な?クロ」


猫の名前で呼ばれてとても心外なのですが、とりあえずロイは「にゃあ」と返事をしました。


「ううん、って言ってるもん」
「いや、これは『はい』だ」


いつになく頑固な父親に、エリシアは涙ぐみました。そして愛する妻からも注がれる厳しい視線。ヒューズはついに、ふうっと諦めたような溜息をついて、ロイの背中、三日月のやけどを撫でて、首に巻かれたリボンを指に絡めながら言いました。


「これは猫じゃないんだ」


何だって。
もしかして、最初っから気付いていたくせに、こいつは。

ロイがきっと睨みあげると、ヒューズは悪怯れずにへへと笑いました。


「だって、お前がにゃんこになってるなんて可愛くてしょうがねえんだもん」


頭にきたロイがバリバリと太股を引っ掻くと、ヒューズは笑ったまま痛ててと言ってロイの首を猫つかみしました。ロイは宙ぶらりんになったまま、脚をばたばたさせて暴れます。


「猫じゃなかったら何なの?」


エリシアがこわごわと訊ねます。ヒューズは暴れ猫を片手に、ついにその正体を明かしました。




「ロイだよ」




ポン、とワインの栓が抜けたような音がして、ロイは本当の姿を取り戻しました。