ロイはごく普通に、司令部へ出勤してみました。というのも、この魔法だか幻だかは、そのうちパッと解けてしまうんじゃないかと思ったからです。

司令部のドアは重くて、額をぐいぐい押し付けたぐらいでは開きません。何度も体当たりをしては跳ね返されてくったりしていると、大股に廊下を歩いてきた金髪の部下が、片手にどっさり書類を抱えてドアを開けました。ロイはそのチャンスを逃さずさっと部屋へ入ったのですが、動物が苦手な部下に見つかってしまいました。


「おわっ、ハボッ、それ犬じゃねーのかよ、犬だったらおま、ちょ、出せよ外に…!!」


ハボックはロイの机へ書類を置いてから、ようやく猫に気付きました。それから無造作にロイの首をつかんで抱き上げました。


「猫だっての。にゃんこも駄目なのか?」


ブレダは机の上に飛び乗っていましたが、猫だときいてちょっと安心したのか不格好な及び腰のままぎくしゃくと椅子へ座り直しました。


「…ね、猫かよ…。俺ァ構わねえが、大佐が来る前に外に出しとけよ。猫はちょこまか動き回るからよ、その辺の書類めちゃくちゃにすんぞ」
「そーだよな。よしよし、ちょっと外に出といてな。いまからココに、ただでさえ仕事の遅ーい人が来るから。邪魔しないでやってくれ、な」


ハボックはごく優しく外へ出そうとしたのに、猫が腕のなかでひどく暴れ出したのでびっくりしました。まるで自分の悪口を言われたみたいに暴れる猫に閉口しながら、ハボックは引っ掻き傷だらけになって、なんとか猫を司令部の中庭へ連れ出しました。


「ごめんな、これ食ってたくましく生きろよ」


ハボックは昼に食べるつもりだったサンドイッチを猫にあげました。ロイはハボックを見直しそうになりましたが、さっきの暴言と差し引きゼロだと思い直しました。サンドイッチを食べてから、また司令部へ入り込みましたが、見つかっては外へ出されてしまいます。そうこうしている間に夜になり、建物の窓からも、ひとつひとつ灯が消えていきました。いつまでも解けない魔法に、門の外灯の下で弱りはてていると、耳慣れた笑い声が聞こえてきます。ロイはぴんと猫の耳を立てました。その声はまぎれもないヒューズの声でした。