萬屋骨董品店

 


 カランカランと涼やかに鈴が鳴って、通りに面した萬屋骨董品店の扉が開く。
 現れたのは、艶やかな黒い毛並みのスレンダーでハンサムな大型犬だった。
 前肢で器用に扉を押し開けた黒犬は、店内を一瞥するとカウンターに向かって歩き出す。
 途中で変身を解いて――或いは更なる変化を遂げたものか、黒髪巻き毛の青年姿になった彼は、ちょこんとカウンターの向こうに腰掛けて店番中のデューににこやかに話しかけた。
 「こんにちは、宵闇姫」
 ただでさえ見目麗しい彼の誑しモード全開の微笑みは大層魅惑的だ。
 だが、生憎肝心のデューに対しては全く効果がなかった。
 「また来たの、サラヤ?」
 手許の台帳に落としていた視線をちらっと上げはしたものの、にこりともせずにそう尋ねるデューに、サラヤは大袈裟に胸を押さえてみせる。
 「冷たいなぁ。僕は姫に逢いたくて逢いたくて仕方なかったのに」
 「…昨日も来てたと思うけど?」
 「僕にとって姫に逢えない時間は永遠の責め苦に等しいんだよ」
 素気無くあしらわれてもめげずに、サラヤは一頻り芝居がかった調子で切々と訴えた。
 それから、一転して明るく無邪気な笑みを浮かべてデューの手を取ると、ポケットから取り出した瀟洒な和紙の包みを彼女の掌に乗せる。
 「はい、これお土産。和三盆っていう海渡りの砂糖で作った砂糖菓子。ひとつひとつが季節の風物を象ってるんだよ。凄く繊細で綺麗だよね?でも、綺麗なだけじゃなくって、口に入れるとふわっと溶けて幸せな気分になれるんだ」
 透かし模様の入った薄紙の上に並んだ菓子は四季の花を模したもので、淡く細やかな色使いも美しい。
 食べて食べて、とそれこそ千切れそうな勢いで力一杯尻尾を振る犬のように期待に満ちた瞳で見つめてくるサラヤに気圧されるような形で、デューは中のひとつをそっと口に含んだ。
 口の中で柔らかく解ける甘さに、彼女の口許が自然と綻んで年相応のあどけない笑みが零れる。
 その様子をカウンターに頬杖をついてニコニコと見守っていたサラヤは、ふと目に付いた台帳を覗き込んで眉を顰めた。
 「うわ、またヤバそうな代物だなぁ。姫がこんな危険な店で働いてると思うと、心配でたまらないよ」
 心から気遣わしげな彼の言葉を遮るように、背後から地を這うような声が割って入る。
 「歩く危険物に言われたくねぇな」
 声のした方を振り返ると、ルーが店先から険悪な目つきでサラヤを睨みつけていた。
 「だいたい、夜の眷属の分際で真っ昼間っからその辺うろついてんなよな!」
 「あ、ひっどーい、それって差別だよ!」
 「自然の摂理だ!」
 外見上の年齢差も何のその、キャンキャンギャンギャン言い争う2人に向かって、店の奥からおっとりとした、けれど身も凍るような冷気を帯びた声が投げかけられた。
 「随分と元気が有り余ってるみたいですけど」
 びくっと身を竦ませた2人が恐る恐る首を回して振り返った先には、腕組みをして立つサカキの姿がある。
 「2人共、あんまり騒がしいと出入り禁止にしますよ」
 端正な顔に優しげな笑みさえ浮かべて宣告するサカキに、サラヤとルーは当然の如く揃って反発した。
 「サカキってば横暴!」
 「そんな子に育てた覚えはないぞ!」
 「そうですねぇ、幸い、私も貴方に育てられた覚えはありませんね」
 さらりとそう応えてのけるサカキには、以前と変わったところは見られない。
 結局、ルーとデューは太陽と月の王族の時間は元に戻したものの、自分達にかけられた時の魔法は解かなかった。
 「そりゃ、確かに失った時間が気にならないって言ったら嘘になるけどさ」
 ちょっとばかり照れくさいのか、わざとぶっきらぼうにルーが告げる。
 「でも、もう1度積み上げていけば良いもんだろ?」
 「それより、サカキと過ごした時間の方が、私達には大切だから」
 デューは、静謐な、けれど強い意志を宿した目をしてそう言いきった。
 まぁ、【真逆の時象儀】は萬屋骨董品店で保管しているので――主を失った太陽と月の王族の城を遺跡か何かと勘違いして迷い込んだ冒険者が持ち出してしまったという話を聞いたアトラハシスが是非にと提案したのだ――、いざとなったら一時的に本来の姿に戻る事もできなくはなかったりするのだが。
 そんなわけで、元の鞘に戻ったというか、サラヤまでほとんど毎日店に入り浸っているおかげで一層賑やかになった節がある萬屋である。
 じゃれ合いのような口論を続ける男性陣を呆れた様子で見ていたデューが、ふっと店の出入り口の方へと顔を向ける。
 軽やかな鈴の音を立てて開く扉に向かって、サカキはにっこりと微笑んだ。
 「いらっしゃいませ」
 

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 迷宮都市カイロの魔法街キリエ。
 占い師や魔道士の屋敷が立ち並ぶその一画に、ちょっぴり風変わりな一軒の店がある。
 淡い燐光を放つターコイズブルーの看板が目印のその店の名前は萬屋骨董品店。
 不思議な店主と不思議な居候の棲むその店では、今日も骨董品に関らずよろず不思議事を承り中だ。
 

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