萬屋骨董品店

 


 夕陽に赤く染まる丘の上で黄昏る金色の仔猫の後姿に、サヴァはほっと胸を撫で下ろす。
 ルーを追ってサカキの店を出て来たものの、彼の行き先に心当たりがあったわけではなかった。
 ただ、お日様と風の匂いのするこの丘をルーが殊の外気に入っていると以前聞いた事があったのを思い出して、その記憶を頼りに足を運んでみたのだ。
 つんと軽く顎を上げ、尻尾の先でぱたりぱたりと地面を叩いているルーに背後から歩み寄ったサヴァは、敢えて普段通りの調子で声をかけた。
 「ガキみたいに拗ねるなよ」
 「…拗ねてなんかないよ」
 「はいはい」
 ぼそっと反抗的に呟くルーの態度に、サヴァは「そういうのを拗ねてるって言うんだよ」という台詞は危うく飲み込んで苦笑する。
 それから、ルーの隣にしゃがみこむと、並んで夕焼け雲を眺めつつのんびりと口を開いた。
 「ま、落ち込む気持ちは解るけどさ」
 ぱたり、と尾を揺らすだけで、ルーはそれに応えない。
 それでも、ぴくぴくと動く耳だけは自分に向けられているのを見て取って、サヴァは構わず話し続けた。
 「アレは、デューが悪いよな」
 ぱたり。
 「でもさ、デューだって健気なもんだよ?」
 ぱたり。
 「自分がツライ思いするのを承知で、あんたの為にあんな風に言ったんだからさ」
 ぱた…。
 「…どーいう意味だよ、それ?」
 苛立たしげな、でもどこか不安の滲む問いかけに対する返答は、あらぬ場所から投げかけられた。
 「こういう意味ですよ」
 その言葉と同時に、いつの間にか2人の背後に忍び寄っていたサカキの手から、真っ白いふわふわの毛玉のようなものがルーの頭上に落とされる。
 「みゃっ!」
 突然降ってきた物体を背中で受け止める破目に陥った仔猫姿のルーは、彼と大して重さも大きさも変わらないそれに押し潰されてしまった。
 と、見る間にその身体が黄金色の光に包まれる。
 光芒がすっかり消え失せた時には、其処にはソレルの仔猫の姿はなく、橙色の髪をした童子――いや、童子を通り越して少年となったルーが、掌に純白の毛並みの小動物を乗せたままきょとんと立ち尽くしていた。
 「え?何?何?」
 大きな金の瞳をぱちくりと瞬かせるルーに、サカキは冷静そのものの口調で事情を説明する。
 「サヴァが持ち込んだあのバングルは、光の魔法を高める護符(タリスマン)だったんです。身につけた者の魔力は格段に強くなりますけど、反動で他の光を源とする魔法に影響を及ぼしてしまうんですよ」
 まるで弱った生き物を庇うみたいに腕の中で丸くなった仔猫姿のデューを大切に抱いたサカキが「だから、人型を保てなくなったでしょう?」と尋ねると、ルーはぷいと視線をそらしてもごもごと口篭った。
 「飛び出してすぐこっちの姿になっちゃったから――」
 だが、解らなかった、と続く筈の言葉は、最後まで言えずじまいになる。
 「か〜わ〜い〜っ!何これ何これ!?」
 ルーの手から小さな生き物を奪い取ったサヴァが、語尾にハートを飛ばしそうな勢いで奇声を発したのだ。
 毛足の長い柔らかな毛並みとふるふると震える長い耳を持つその生き物は、見た目は小型のアンゴラ兎といった感じだった。
 ただ、深い色味の赤い宝玉が額を飾っているのが、風変わりといえば風変わりだ。
 キラキラと子供のように目を輝かせ頬を紅潮させるサヴァをやや呆れた様子で見遣って、サカキはやれやれと肩を竦めた。
 「正真正銘、カーバンクルですよ」
 「あぁ、そう言えば、そんな名前の幻獣がいるって聞いた事があるようなないような…」
 彼の言葉を受けて、ルーがぽんと手を打つ。
 サヴァがルーを追って店を出た後、デューの手の中から赤い光が溢れ出した。
 慌てて覗き込んだデューとサカキの目の前で、紅光石を嵌め込んだバングルがこのよく分からない生き物へと姿を変えてしまったのだ。
 南の迷い森には、昔から額に輝く貴石を戴いた、鳥のような、獣のような、不思議な姿をした謎の動物が棲んでいるという伝説がある。
 冒険者達の間では、その動物を捕らえる事が出来れば幸運を手にする事が出来るのだという噂がまことしやかに囁かれていた。
 それが、光の魔法を持つ幻獣、カーバンクルというわけだ。
 「で、なんでアンゴラ兎?」
 「さぁ?」
 意外と言えば意外なその正体に不可解そうに首を捻るルーに、サカキはのほほんと自身の見解を告げる。
 「普通の兎にしては大きな耳が、広げると翼のように見えるのかもしれませんねぇ」
 一方、彼等のやりとりにちっとも耳を傾ける様子のないサヴァは、頬を緩めっぱなしで掌の中に納まった幻獣のふんわりとした手触りを愉しんでいた。
 うーん、やっぱりファンシーフェチ、とルーが遠い目をして乾いた笑みを浮かべる。
 と、ふるりと身震いをしたカーバンクルが、眠りから醒めるようにゆるゆると瞼を開いた。
 「ふわぁ」
 小さな欠伸をひとつ零して、前脚でこしこしと顔を擦ってから、額の貴石と同じ色のつぶらな眸で周りを見回す。
 そうして、サカキの腕の中からデューを抱き取ろうとしていたルーに気づくと、甲高い歓声を上げた。
 「わぁ、すごーい!暁皇子に宵闇姫!太陽と月の王家の方々に1度にお会い出来るなんて!光の魔法族にとってこんな素晴らしい事ってないですよ!うわぁ、どうしよう、メチャクチャ感動!ほんと、光栄ですー!」
 頭と鼓膜に響く声でそれだけを一息に言い切られて、サカキ達は口を挿む間もないまま勢いに呑まれる。
 当の本人は、言うだけ言って気が済んだのか、はたと我に返ると無邪気にこう尋ねてきた。
 「で、此処、何処ですか?」
 サヴァとルーは、思わずがっくりと脱力して顔を見合わせる。
 デューはこっそりと溜息をつき、サカキは更なる面倒事の予感に軽くこめかみを押さえた。
 

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