萬屋骨董品店

 


 「…行っちゃった?」
 店先でのやりとりに聞き耳を立てていたのだろう、男達と入れ違いにサヴァがひょっこりと顔を覗かせる。
 「いやぁ、参ったよ。何だか知らないけどしつこい奴等でさぁ」
 悪びれる風もない彼女を胡散臭げに見遣って、ルーはやれやれと肩を竦めてみせた。
 「で?どこの金持ちんとこ忍び込んだんだよ?」
 「何だって!?」
 聞き捨てならない台詞に、サヴァががぁっと吼える。
 トレジャーハンターとしての意地とプライドにかけて、泥棒呼ばわりされるのは心外だった。
 「誰が他人様のモノを盗んだりするかい!まったく、失礼だね!人を盗賊の類と一緒にしないどくれ!」
 「…墓荒らしはするくせに」
 両手で耳を塞いで突発的な嵐をやり過ごしたルーは、懲りずにぽつりと呟く。
 サヴァは、幾分表情を和らげると、苦笑混じりにルーの言葉を訂正した。
 「墓荒らしじゃなくて遺跡発掘。お宝を戴くだけで、廟所は荒らしちゃいないよ」
 それでも死者への冒涜だと言われちゃおしまいだけどねと、サヴァは朗らかに言ってのける。
 死人に金銀財宝は無用の長物、生きてる人間が活用した方がお宝だって喜ぶさ、というのが彼女の持論だった。
 歴史的価値が、とか貴重な文化資料として、とかいうお為ごかしで正当化しようとしないのは潔いと言えるだろう――それが褒められた事かどうかは別として。
 「それで?それじゃ何であんな柄の悪いのに追っかけられてんのさ?」
 「うーん、それがどうも解らないんだよね」
 本当にワケが解らないといった様子で小首を傾げつつ、サヴァはごそごそと懐を漁る。
 「たぶん、これが目当てなんじゃないかと思うんだけど」
 そう言って、彼女が取り出したのは、中央にステップカットのパイロープをあしらった黄金製のバングルだった。
 蔦の葉の模様と異国の文字を彫り込んだ繊細な彫刻もさる事ながら、金に引き立てられた石の芳醇な葡萄酒を思わせる深みのある赤が一際目を惹く逸品だ。
 「見事な柘榴石だろ?」
 その美しさに思わず目を奪われたルーに機嫌を良くして、サヴァは誇らしげに胸を張る。
 「どうしたんだ、これ?」
 「南の迷い森の奥で古い城砦の跡が見つかったって言うんで下調べに行った帰りに、獣用の罠に足を取られて泣いてる子に会ってね。外してやったら、お礼にってくれたんだ」
 「へぇ」
 何か心を捉えるものでもあるのか、ルーは経緯を告げるサヴァの方を見向きもせずに魅入られたように目の前のバングルに見入っていたが、しばらくして我に返るとサヴァに向き直るなり徐にこう切り出した。
 「ねぇ、これ、俺に頂戴?」
 「珍しいね、あんたがこーゆーの欲しがるなんて」
 確かにそのバングルの細工自体は華奢過ぎず骨太過ぎず男女の別を問わず身につけられるものだが、日頃宝飾品の類に全く興味を示さないルーの珍しいおねだりにサヴァは軽く目を瞠る。
 ルーは、半ば夢見心地の瞳で赤い貴石を見つめたまま正直に答えを返した。
 「俺のじゃないよ、デューにあげるんだ」
 「ふぅ〜ん」
 「…何だよ」
 ニヤニヤと意味深に笑うサヴァに、遅まきながら自分が格好のからかいのネタを提供してしまった事に気づいたルーが恨みがましい視線を向ける。
 「ん〜?別に〜?」
 地を這うように不機嫌な低い声をものともせずに、サヴァはひとしきり性質の悪い笑顔でルーの反応を愉しんでいた。
 それから、やや表情を改め、柔らかな笑顔で彼の願いを聞き入れる。
 「どうせあたしには似合わないからサカキに高く売りつけてやるつもりだったんだけど、デューにあげるんならそれでも良いや。さっき匿ってもらった借りもあるしね」
 ところが、これで「めでたしめでたし」となるほど、彼等にとって現実は甘くなかった。

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