「やぁ、おかえり」
報告がてら文句のひとつも言ってやろうと大神官の執務室を訪れたサカキ達は、出迎えたアトラハシスの明るく柔和な笑顔に毒気を抜かれて不覚にも思いきり脱力してしまった。
笑顔ひとつで相手の怒りを殺ぐ事も恐怖に陥れる事も出来るのはある意味天性の才能だろうと、サカキ達は揃って曖昧に微苦笑する。
一方のアトラハシスは、そんなサカキ達の当惑はまったく意に介さず、単刀直入に成果を尋ねてきた。
「で、首尾はどう?」
サカキは、軽く肩を竦めつつそれに応える。
「幸い、というか残念ながらというか、【夢路の笛】は宝物庫にきちんと保管されてました。何者かが侵入した形跡もありません。これについては守人殿の保証つきです」
「守人って言えば!」
彼の最後の一言に反応して怒りを再燃させたルーがきぃきぃと苦情を言い立てた。
「ドラゴンが守護についてるなんて一言も言ってなかったじゃないか!おまけにトラップだって滅茶苦茶大変だったぞ!」
それにはデューも無言で頷き、サカキも少々皮肉な面持ちで同意する。
「そうですね。あれだけ厳重な仕掛けが施されていれば大抵の輩はお宝に辿り着くまでに息絶えるでしょう。無駄な人死にを出さない為にもさっさと新しい鍵をつける事をお奨めしますよ」
アトラハシスは、からからと笑ってそれを聞き流した。
「あはは。まぁ、【夢路の笛】が無事だって解っただけでも良かったよ。一応収穫もあったみたいだし」
「収穫なんてありませんよ。さすがに「特別」宝物庫というだけあってあそこに眠ってる品は素人の手に負えるものじゃ…?」
不機嫌に告げるサカキの声が、アトラハシスの視線を追って振り向くと同時に疑問形に変わる。
「ルー、デュー、それはどうしたんです?」
「あぁ、これ?」
不審げに眉を潜めるサカキに、何処からともなくきらびやかな宝剣や宝飾品を取り出したルーはちょこんと首を傾げた。
その隣で、デューが淡々と答える。
「これなら持ち出しても大丈夫だからって、宝物庫の守人が」
「…ドラゴンまでオトシますか」
軽い頭痛を覚えてこめかみを押さえるサカキを尻目に、アトラハシスはにこやかに労いの言葉をかけた。
「何はともあれ、お疲れ様。お茶の用意が出来てるんだ。とっておきのお茶菓子もあるよ」
彼が示した先のテーブルには子供の好きそうな甘い菓子の山とティーセットが4人分用意されている。
それを見たルーは、目を輝かせていそいそと席に着いた。
デューも、お気に入りのお茶の香りに誘われて彼の後を追う。
そんな彼等の様子を少し離れて見守っていたサカキが、ポツリと呟いた。
「精神年齢は外見に引きずられるものなんですかね」
ぽろぽろと欠片を零しながら焼き菓子に噛りつくルーと、両手でティーカップを包み持って幸せそうに微笑むデューをどこか遠い目をして眺めつつ、先刻特別宝物庫で目にした光景を頭の中に思い浮かべる。
「こうして見ているとまるっきり子供ですね。鏡の中のあの子達は立派な青年でしたけど」
金獅子の鬣のような豪奢な髪をして艶やかに笑う暁皇子と、月影のさやけさそのままにろうたけた美貌の宵闇姫、それから――。
「…【真名の鏡】を覗いてしまったんだね」
問いかけるのではなく事実を確認するアトラハシスの声音に、ほんの少し痛ましげな色が混じる。
サカキは、それには応えず、しばらくの間ティータイムを楽しむルーとデューを穏やかな表情で見つめていた。
それから、彼等から逸らした視線をアトラハシスにひたと据えて、ゆっくりと口を開く。
「アトラ、貴方は何を知ってるんです?」
アトラハシスは、瞼を伏せて首を振ると、サカキをじっと見つめ返した。
「確かな事は何も」
重い沈黙が漂う中、2人の視線が複雑に絡み合う。
ややあって、先に目を背けたのはサカキの方だった。
「私達もお茶にしましょう」
何事もなかったかのようにいつもの調子を取り戻してテーブルに向かう彼の背中に、アトラハシスが語りかける。
「ねぇ、サカキ?」
その声は、サカキには届かなかったかもしれないけれど。
「この世に確かな事なんて、そうありはしないんだよ」
■□■
迷宮都市カイロの魔法街キリエ。
占い師や魔道士の屋敷が立ち並ぶその一画に、ちょっぴり風変わりな一軒の店がある。
淡い燐光を放つターコイズブルーの看板が目印のその店の名前は萬屋骨董品店。
白い髪の主と二匹の猫が棲むその店では、その日から時折人当たりの良い笑顔が売りの店主が珍しく何やら思い悩む姿が見られるようになった。
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