「まさかこんな所に入り口があるとはね」
呆れた、と力一杯顔に書いて、サカキは目の前の特別宝物庫の扉を見上げる。
「貴方の口ぶりからして、てっきり宝物庫は寺院とは別棟にして隔離してるものと思いましたが…何だってよりによって大聖堂の真下にヤバイお宝なんて仕舞い込んでるんです?」
今彼等がいる場所は、なんと大聖堂の地下だった。
階段の入り口は祭壇に隠れる形で目眩ましがかけられているから部外者が迷い込む惧れはないが、危険な呪法具の保管場所として適しているとはお世辞にも言い難い。
だが、至極当然といえるサカキの疑問に、アトラハシスは微苦笑で応えた。
「逆だよ、サカキ。霊的な不安定さを抑制する為にわざわざこの場所を選んで大聖堂を建ててあるんだ」
「はぁ…」
それはそれで物騒な話だと思いつつ、サカキは気のない相槌を打ちながら扉の鍵を魔法で開く。
大人の、というか人間達の事情とやらに全く関心のないルーは、カチリと開錠を知らせる音がするのを待つのももどかしく扉を引き開けた。
そのままの勢いで中に飛び込みかけるルーをチラッと見遣ったサカキが息を呑む。
「っ!!」
「うわっ!?」
咄嗟に腕を伸ばしたサカキに襟首を掴まれ後ろに引き戻されたルーは、受身も取れずにしりもちをついたおかげで強かに腰を打ちつけた。
「何すん――っ!?」
きぃっと牙を剥いて噛みつくルーの声は、しかし、途中で途切れる。
直前まで彼がいた宝物庫の入り口に、2本の槍が交差する形で突き刺さっていた。
「扉を開ける時に鍵穴に鍵を差し込む事で解除される類のトラップだね」
だらだらと厭な汗を流して沈黙したのも束の間、ルーは「これは予想してなかったなぁ」などとのんびり呟いているアトラハシスに食ってかかる。
「罠は魔法を使ったものなんじゃなかったのか!?」
それに対して、アトラハシスはにこやかにこう答えた。
「うん、きちんと手順を踏んで入る分にはね」
「何だとぉ!?」
「詐欺だぁっ!」とか「騙された〜っ!」とか喚き立てるルーを尻目に、デューは仕方ないとばかりに肩を竦めるとさっさと宝物庫の中に入って行く。
彼女の後を追うルーを「気をつけてね〜」と愛想良く手を振って見送ったアトラハシスは、最後に扉をくぐりかけたサカキを呼び止めた。
「あぁ、それとサカキ」
「何です?」
サカキは、まだこれ以上何かあるのかと言わんばかりに胡乱な眼差しをアトラハシスに向ける。
だが、当のアトラハシスは、サカキの釣れない態度も特に気に病む素振りは見せなかった。
ただ、人好きのする笑顔に秘密めいた色を浮かべて用件を告げる。
「中のお宝で目ぼしい物があったら報酬として持ち出しても構わないけど、貴方は【真名の鏡】だけは覗いてはダメだよ?」
彼の真意は解らないまま、サカキは曖昧に頷くと2人の子供を追って歩き出した。
■□■
「ほんとにこんなトコに入る泥棒なんているのか?」
天井から飛来する矢を火炎呪文で焼き払いながら、ルーがぶつぶつと零す。
「鍵を使う事でどの程度罠の発動を抑えられるかにも拠ると思うけど」
応えるデューは、ばね仕掛けで飛び出してきた無数の針を風の壁で叩き落とした。
2人の顔には、若干の苛立ちと疲労の色が見て取れる。
此処に至るまでにも、途中上がったままの跳ね橋の代わりに氷の橋を架け、通行を妨げる振り子状の大鎌を粉砕し、斧を振り回す鉄鎧を石化魔法で足止めし…と縦横無尽の活躍を見せて来たのだから無理もない。
2人の後をついて来るサカキは、手の込んだからくりに呆れ半分で感心していた。
「確かに、普段からこんな調子じゃ普通の神官が出入りするのは難しいですねぇ」
彼としては素直な感想を述べたに過ぎないが、そののほほんとした口調がルーには気に入らなかったらしい。
「って言うか、サカキもちょっとは働けよ!」
勢い良く振り向いて声を荒げるルーに、サカキはおっとりと苦笑する。
「無理言わないでください。私が魔法を使えないのは知っているでしょう?」
そうなのだ。
幻獣を召喚し、呪法具を見極め、そばにいるルーとデューに呪いの作用を超越して人型を保たてさせられる程強大な魔力をその身に宿していながら、サカキ自身は何一つ魔法を使えなかった。
「…何か、凄く納得いかないんだけど」
日頃は理知的で冷静なデューにまでこっそり呟かれてしまったサカキは、困ったような表情で視線を泳がせる。
運良くその先に意味有りげな台座が置かれているのを見つけた彼は、早々に話題を切り替えた。
「ほら、新しい仕掛けみたいですよ」
そう言って、台座の上に置かれた物体を2人に指し示す。
それは、ある方向からは光を透し、別の側からの光は反射する所謂マジックミラーと呼ばれる素材で作られた玩具の迷路だった。
台座に貼り付けられた金属製のプレートには、『光を導け』という文字が刻まれている。
「光を導け?光が導く、とかじゃなく?」
訝しげに小首を傾げるルーを他所に、サカキは小さく安堵の溜息を落とした。
「どうやら、此処からはようやくまともな道行きになりそうですね」
それを聞いて更に不思議そうに目を瞬かせるルーに、サカキは保父さんの口調で説明する。
「光明の呪文は、簡単な浄化や治癒、祝福と並んで聖職者なら誰でも使える基本的な魔法です。たぶん、これがアトラが言ってた魔法による仕掛けでしょう」
それで納得がいったのか、「とりあえず光を灯してみましょう」というサカキの言葉に従ってルーは自分の頭程の大きさの光球を生み出した。
それと同時に、玩具の迷路を眺めていたデューがあっと声を上げる。
「見て」
サカキ達が振り返ってみると、彼女が捧げ持った迷路の一画、丁度迷路の出発点にあたる場所にぽうっと小さな光が浮かび上がっていた。
「これ、この地下室の模型なんだわ」
彼女の呟きを受けて、サカキとルーも興味深げに玩具の迷路を覗き込む。
「なるほど。そうすると、ここからこの終着点へ抜ける方法が解ればこの通路からも抜け出せるわけですね」
「で、これをどうするって?」
「そうですね…道筋は幾通りかあるようですが…」
期待に瞳を輝かせるルーにすぐには応えず、サカキは指先で迷路を辿っていく。
と、爪の先が触れた拍子に模型の壁の一部がくるりと回転した。
「そういう事ですか!」
それが何かのヒントになったのだろう。サカキの表情が目に見えて明るくなる。
「ルー、光をあの壁に向けてください」
やや興奮気味に指示を出すサカキに気圧されるように、ルーは言われた通り光球を壁に向かう光線に変えた。
それを見届けて、サカキは模型の中の光が当たっている壁をくるっと四分の一回転させる。
「ここをこうすると、ほら」
光を透す側から反射する側にひっくり返されたマジックミラーの壁に当たった光線は、直角に向きを変えて次の壁まで延びた。
「こうやって壁を動かしていって、出口まで光を導く事の出来る道をそっくり辿っていけば罠にかからずに目的地に行ける筈です」
サカキの説明に、ルーとデューは目を丸くして聞き入る。
「まぁ、もし違っていたらまた貴方達に頼る事になりますけどね」
そう言って、サカキは軽く片目を瞑ってみせた。
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