
カランカランと涼やかに鈴が鳴って、通りに面した扉が開く。 カウンター上に広げた絵本から顔を上げたルーは、ひょっこり覗いた赤い髪にあからさまに顔を顰めた。 「げっ、サヴァ!」 「「げっ」てコトはないだろ?」 普段なら売り言葉に買い言葉とばかりにルーと同レベルで張り合うサヴァだが、今日は随分ご機嫌らしく寛容に笑って受け流す。 ルーの膝の上から仔猫姿のデューを抱き上げ、ひとしきり幸せそうにすりすりと頬を擦り寄せてから、サヴァは「そういえば」と切り出した。 「人魚姫は無事送り届けて来たよ」 「ふ〜ん」 ルーは、チラッと視線を動かしたきり、興味なさげな素振りで生返事をする。 そんな可愛げのない態度がかえって可愛くてからかってやろうと口を開きかけたサヴァに、店の奥から顔を出したサカキが冷たい声を投げて寄越した。 「それで、今日は何を持ち込んだんです?」 「あのねぇ」 あまりといえばあまりな言い草に苦笑しつつ、サヴァはデューを床に下ろす。 「まぁ良いや。実は、お姫さんの実家からお礼の品が届いたんだ。それで、おすそ分けってワケ」 そう言って、サヴァは人型に戻ったデューの前で肩にかけてきた鞄の中身を広げ始めた。 竜涎香や鼈甲の小箱、鯨の鬚を絃に使った楽器等に混じって、ヘルメット貝のカメオのブローチや虹色の鱗と黒珊瑚のビーズにティアドロップ型のバロックパールをあしらったペンダント、しゃらしゃらと軽やかな音を立てる桜貝を連ねたブレスレットといった装飾品が目につく。 頑強な女丈夫といった風采のサヴァにはお世辞にも似合いそうのない愛らしいデザインのそれらは、どうやらデューへのプレゼントらしかった。 「ほら、綺麗だろ?これなんか、絶対デューに似合うよ」 嬉々として薔薇の花を模った白珊瑚のイアリングをディーの耳につけているサヴァを遠巻きにしつつ、ルーがサカキにこそこそと問いかける。 「サヴァって、実はファンシーフェチ?なんか顔に似合わずカワイイモノ好きだよな」 「そうですね」 サカキも、敢えてルーの指摘を訂正はせずにのんびりと頷いた。 「何か言ったかい?」 失礼極まりないひそひそ話を聞き咎めて、サヴァがくるりと2人の方を振り返る。 ルーは、素知らぬ顔でこう嘯いた。 「べっつに〜。それよりオレにも何かないの?」 「ん〜?あぁ、悪い悪い」 一応はもっともな言い分に、サヴァはたいして悪びれた様子もなく鞄の中から何やら引っ張り出すとルーに向かって放り投げる。 「はいよ」 それは、なんと巨大な「するめ」だった。 思わぬ好物に反応して思わず猫耳と尻尾を生やして噛りついたルーの横で、サカキが遠い目をして呟く。 「…サヴァ、これはちょっとシュールなんじゃ…」 お礼の品に「するめ」を贈る海の民の王族――確かに、ちょっぴり倫理的にどうかと思われるそれに顔を引き攣らせる一同を前に、サヴァはからからと笑ってのけた。 「あぁ、ちなみにそれは港町で買って来た土産物だから」 それから、がさがさと荷物をひっくり返す。 「そうだなぁ…あっ、これなんかどうだい?」 そうして取り出したのは、大きな魚の胸鰭を束ねたような半透明の扇だった。 「こーゆーのなら男の子が持っててもおかしくないし、涼しそうで良いだろう?」 サヴァは純粋に美術品として、或いは普段使いの品としての価値観に基づいてその扇を薦める。 だが、それを一目見たサカキは珍しく語気を強めた。 「【神凪の扇】じゃないですか!」 「え?何?カンナギノオウギ?」 そこはかとなく嫌な予感を覚えて顔を見合わせるルーとデューを尻目に、サヴァはいっそ無邪気とさえ言えそうな表情で首を傾げる。 サカキは、頭痛を抑えるようにこめかみを指で押さえて説明を加えた。 「一振りでどんな高波でも静めるという呪宝具ですよ。持つ者と使いようによっては【誘波の竪琴】に勝るとも劣らない危険な作用を及ぼす海の秘宝のひとつです」 「へぇ、そんな凄いもんなんだ」 サヴァは素直に感嘆したようだが、続く彼女の台詞はサカキの神経をしっかりと逆撫でするものだった。 「でも、ま、此処に置いとく分には害はないだろ?」 「うちは倉庫でも博物館でもありません!売れない品を飾っておいてどうするんですか!」 「まぁまぁ、細かいコト言うなよ。今に始まった事じゃないんだしさ」 思わず声を荒げたサカキに、サヴァはあははと大らかに笑ってそう告げる。 彼女の発言は一面では真理を含んでいて――その内の何割かはサヴァ自身が原因だったりするのだが――その場に居合わせた面々は反論する気力もなく溜息を吐くのだった。 ■□■
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