「イザナミノタテゴト?」
「――って、何?」
サカキの台詞を完全に棒読みで鸚鵡返しにしたサヴァとその後を継いだルーが、揃ってかくんと小首を傾げる。
幼いその仕草はなかなか微笑ましいものだったが、残念ながらその場に居合わせた残り2人に感銘を与える事はできなかった。
サカキに何やら目配せをして、デューが音もなく席を立つ。
サカキ自身は、至極にこやかにサヴァとルーに向き直ると、彼等の疑問に答えるべく口を開いた。
「【誘波の竪琴】は、人魚の秘宝です。その音色には、文字通り波を誘う魔法が秘められているとか」
「…と、いう事は…?」
妙ににこやか過ぎるサカキの態度にイヤな予感を抱いたサヴァが、おずおずと上目遣いに先を促す。
サカキは、駄目押しとばかりににーっこりと微笑んだ。
「先般の海の荒れ様は、十中八九この竪琴の影響でしょうね」
「ほら!やっぱりヤバイモノじゃないか!」
「うっ」
途端に勝ち誇ったように声高に告げるルーに、サヴァが思わず言葉に詰まる。
そこに、サカキがのんびりと割って入った。
「まぁまぁ。確かにこれは少々危険な品ではありますけどまさか知っていてここに持ち込んだわけではないでしょうし、海が荒れたのまで彼女の所為というわけではないのですから」
助け舟を出しているように見せかけてしっかりちくちくと棘を刺すのも忘れないあたりはさすがだ。
「おそらく、この竪琴の持ち主は長雨で水位が上がった際に磯に打ち揚げられ、その後潮が引いてしまった為に戻れなくなってしまったのでしょう。そうして、海に帰りたいという願いが、【誘波の竪琴】と共鳴して嵐を呼んだ…違いますか?」
サカキは、最後のところでふっと視線を動かすと、確認をとるようにそう尋ねた。
それを追って顔を上げたルーとサヴァが、軽く目を瞠る。
其処には、儚げな風情で俯く乙女の姿があった。
■□■
それは、最初非常に希薄な存在だった。
「水鏡か…」
蜃気楼のように朧にたゆとうそれの向こうに銀色の水盤を抱えたデューの姿を認めて呟くサヴァの隣を、ルーがすっとすり抜ける。
そのままデューのそばまで歩み寄ったルーが水面に手を翳すと、それは初めてくっきりと像を結んだ。
半裸の白い胸を覆うエメラルドグリーンの長い髪。
小さく形良い両耳の後ろには、アクアマリンの色をした半透明の鰭が凝った装身具といった態で広がっている。
明らかに人ではない異形の身でありながら、彼女はとても綺麗だった。
「わぁ、可愛い〜v」
サヴァなどは、宝物を見つけた子供みたいにキラキラと瞳を輝かせて語尾にハートを飛ばしている。
だが、当の乙女は、掛け値なしの賛辞にも心を動かされた様子はなかった。
それどころか、サファイアの瞳から大粒の涙を零し始める。
「え?何?何で泣くわけ?って、あれ?」
おたおたと慌てふためくサヴァの腕が、卓の上に置きっ放しになっていた【誘波の竪琴】に触れてポロンと絃が鳴った。
不思議な事に、1度鳴り出した音はそのまま止まずに玄妙な旋律となる。
「竪琴が――!」
緊迫した面持ちで【誘波の竪琴】に視線を投げかけたデューに、サカキが神妙に頷いた。
「まずいですね。このまま共鳴し続けるとまた海が荒れてしまう」
「嘘だろっ!?」
サヴァも、弾かれたようにしくしくと泣き続ける乙女に詰め寄りかける。
その時、思わぬところから厳しい声が飛んだ。
「泣くなっ!」
全員の視線が集まった先で、ルーがいつになく険しい表情で怯える乙女を睨みつけている。
「おい、ルー、何もそんな言い方しなくても…」
そのあまりにきつい眼差しに思わず執り成そうとしたサヴァを遮って、ルーは続けた。
「泣いたって何も解決しないんだ!オマエには帰る場所があるだろっ!何もかも失くしたわけでもないのにいつまでもめそめそしてるな!」
護るべき一族を封じられたルーとデューの深い哀しみから生まれたその言葉は、ただ海に焦がれて泣き濡れていた乙女の胸に突き刺さる。
海の眷属の乙女は、ぽつりぽつりと己の身に起きた事を語り始めた。
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