萬屋骨董品店

 


 「で、今日は何の御用です?」
 ほこほこと湯気の立つティーカップを優雅な仕草でソーサーに戻して、サカキは徐にそう切り出した。
 冷淡な物言いに、幸せそうに目を細めてお茶の香りを楽しんでいたサヴァが苦笑する。
 「ご挨拶だなぁ。商談に決まってるだろう?」
 言うほど相手の態度を気にしているとも思えないおおらかさを発揮する彼女とは対照的に、サカキはあからさまに胡乱げな表情を見せた。
 「…また何か妙なものを拾って来たんじゃないでしょうね」
 口を開くまでの微妙な間が、彼の心中を雄弁に物語る。
 「あん?どーいう意味だい?」
 器用に片眉を上げて疑問を呈するサヴァに、サカキは肩を竦めてみせた。
 「貴方はとても有能なトレジャーハンターですけど、トラブルメーカーとしても一流ですからねぇ」
 ついでにわざとらしく溜息などもついてみる。
 「この間も、ミイラの粉を取って来るついでに本人の霊まで連れ帰って大騒ぎになったばかりじゃないですか」
 「あー、あれは大変だったね」
 うんうんと頷くルーの頭を「煩いよ」と軽く小突いて黙らせたサヴァは、カップ片手に頬杖をついてからからと笑ってのけた。
 「良いじゃん、結局何とかなったんだしさ。おまけに新しい遺跡まで見つかったろ?」
 「「何とかなった」んじゃなくて、「何とかした」んですよ」
 「何とかした」本人のサカキは、あまりにあっけらかんとした言い草に頭痛を覚えてこめかみを押さえる。
 懸命にもコメントを差し控えていたデューも、さすがに小さく肩を落とした。
 「まぁ良いでしょう」
 こほんとひとつ咳払いをして、サカキは気を取り直す。
 「それで、今回はどんなお宝を持ってらしたんです?」
 「あぁ、うん」
 行儀悪くクッキーを咥えたまま頷いたサヴァは、足元の荷袋を引き寄せてごそごそと中を漁りながら口を開いた。
 「南の海が荒れてるって話は聞いてるかい?」
 「えぇ。珊瑚や真珠が手に入らないと飾り職人や薬師が嘆いていました。うちとしても、馴染みのお客様の為に揃えている海渡りの香がそろそろ切れそうなので困ってるんですよ」
 顔を曇らせて応えたサカキに、彼女の方も真顔になる。
 「あたしも気になってさ。ちょっと港まで足を伸ばしてみたんだ」
 

■□■


 港町に顔を出したサヴァは、知り合いの船主に頼まれて嵐で沈んだ船の積荷を回収する仕事を請け負った。
 トレジャーハンターとして名の通った彼女にとって、サルベージ作業くらいなら然程難しい事ではない。
 目的通り仕事をこなした彼女に、船主は約束していた報酬とは別に、ある品を差し出した。
 

■□■


 「それがこいつ」
 そう言ってサヴァが取り出したのは、淡い紅色の珊瑚で作られた小振りな竪琴だった。
 絃を調節する鋲の頭には1つ1つ真珠が埋め込まれ、台座の部分には繊細な螺鈿細工が施されている。
 いかにも海辺の町に相応しい逸品と言えるだろう。
 「何でも、季節外れの長雨の後、磯に残ってたらしいんだ。その割には傷みが少なくて物が良いだろう?」
 見るからに高価そうなそれを無造作にテーブルに置きながら、サヴァは商売っ気を見せる。
 「それだけの大きさの珊瑚なんてそうないからね。それに、装飾だって見事なもんだろ。絶対掘り出し物だと思うよ」
 「へぇ〜」
 ルーが興味深げに身を乗り出し、デューもしげしげと竪琴を眺め始めた。
 その様子に気を良くしたサヴァは、うっかり口を滑らせる。
 「ただ、これを拾った時期と海が荒れるようになった時期が偶々重なるらしくてさ。船乗りってのは結構縁起を担ぐもんだろ?何となく気になるから手放したいって言うんで貰って来たワケ」
 それを聞いた途端、ルーが思いっきり呆れたというように口を挿んだ。
 「それって、イワクツキのシロモノってコトじゃん!」
 「そんな事ないって。偶然だよ、ぐーぜん」
 サヴァは、彼の懸念を鷹揚に笑い飛ばす。
 だが、続くデューの呟きが、彼女の言葉をあっさりと否定した。
 「…この竪琴から海の眷属の魔法を感じる」
 「そうですね」
 デューの問うような視線を受けて、サカキが重々しく頷く。
 「これは、【誘波の竪琴】です」
 

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