萬屋骨董品店

 


 一歩足を踏み入れると、店内は「萬屋」の名に相応しく何でも屋の様相を呈した空間だった。
 雪花石膏の女神像に貴石をふんだんに使った豪奢なティアラや宝剣といった装身具、翡翠や象牙に繊細な彫刻を施した小箱やいかにも年代モノといった感じの青銅製の手鏡にこの辺りでは珍しい朱塗りの家具、異民族の楽器等が所狭しと並べられた様子はなかなか圧巻だ。
 中には、縦長の金貨を抱えてこちらを招くような形をした猫の置物などという謎の物体も見受けられたが、どれもそれなりに値の張るものらしい事は素人目にも解る。
 サカキに案内された先も木目細やかな象嵌細工のテーブルセットで、これひとつでも平均的な一家の月収が軽く飛んでいくだろう代物だった。
 半ば夢見心地で陶然と周囲を眺めていた少女は、目の前にカップが差し出されるまですぐ傍の気配に気づかなかった。
 「どうぞ」
 「あ、どうも…」
 真冬の月の光のように澄んだ硬質な声に反射的に応じて顔を上げる。
 そこには、銀製のトレイを胸に抱えた蒼い髪の子供が立っていた。
 年の頃は10歳から12歳くらいだろうか。
 髪の色と良く似た蒼灰色のグラデーションのスタンドカラーの上着とズボンはどちらもゆったりとした作りになっていて、襟や袖から覗く首や腕の細さから華奢な体つきは想像できても性別までは判らない。
 だが、つり上がり気味の大きな翠の瞳がややきつい印象を与えるものの全般的に整った愛らしい顔立ちから、おそらくは女の子なのだろうと思われた。
 短く切り揃えられた髪がさらさらと揺れる中で、唯一長いままの襟足の毛を三つ編みにして垂らしているのがどこか獣の尾を連想させる。
 何となく興味を惹かれてつらつらと想いを廻らせる少女を尻目に、サカキはほわんと童女に微笑みかけた。
 「あぁ、ありがとうデュー」
 それから、子供に向けるにしてはやけに丁寧な調子でこう続ける。
 「ルーと一緒に店番を頼めますか?」
 デューと呼ばれた童女は黙ってこくんと頷くと、足音をたてずにその場から立ち去った。
 ルーというのはたぶんさっき店を飛び出していった仔猫の事だろうけれど、その仔猫と一緒に店番だなんて妙な話だ――ぼんやりとそんな事を考えながら童女の後姿を見送っていた少女に、サカキが徐に話を切り出す。
 「さて、それで、鑑定を依頼なさりたい品はどういったものでしょう?」
 「は、はい」
 その問いかけに、少女はこの店を訪れた目的に立ち返って後生大事に抱えていた包みを開いた。
 

■□■


 それは、一見何の変哲もない香炉だった。
 素焼きでこそないものの色は白一色で意匠もそれほど凝っているわけでもない。大きさも、掌に収まる程度とやや小振りだ。
 材質が不明な事を除けば――表面に釉薬を塗った陶器に見えない事もないのだが、それにしては不思議な温かみが宿っているのだ――取り立てて高価な品とも思えないそれは、少女の叔母の形見だった。
 幼くして両親を亡くした彼女を引き取って育ててくれたその叔母はどこか夢見がちな少女のようなところがあって、生涯独身を貫いていたのだそうだ。
 その彼女が、亡くなる直前、少女にこう言い遺したのだという。
 「この香炉を大切になさい。きっと貴女に幸せを運んでくれる。貴女を護ってくれるわ」
 少女はその言葉そのものは半信半疑だったが、大好きな叔母の遺してくれた品でもあるからとその香炉を大切に使わせてもらう事にした。
 ところが、それ以来本当に少女の下に幸運が舞い込むようになったのだ。
 それらはどれも些細な事だった。
 例えば後ろ盾のない未成年という身では難航すると思われた職探しがうまくいったとか、ずっと探していた失せ物が見つかったとか、買い物に行った先でほんの少しだけおまけをして貰えたとか。
 だが、少女は怖くなった。
 もしもどんな願いでも叶うなら、ひとつ間違えればとんでもない事になるのではないかという危惧を抱いたのだ。
 それに、この香炉を手に入れてから身の回りに不審な出来事が増えた所為もある。
 常に誰かの視線を感じる。外に出れば、何者かに後をつけられる。留守中に部屋が荒らされた事もあった。
 その時は香炉を御守り代わりに持ち歩いていたおかげで事なきを得たものの、やはり1度きちんと鑑定してもらった方が良いだろうと思いこの店を訪れた、というのが少女の語った事情だった。
 

■□■


 一通り説明を聞き終えたサカキは、実際に手にとって触れていた香炉をテーブルの上に戻して口を開いた。
 「解りました」
 既に何らかの手がかりを得ているのか、それとも少女の話を夢物語とでも取ったのか、麗らかな春の日の風を思わせるのんびりとした口調からは窺い知る事ができない。
 「こちらは2、3日お預かりさせていただきますが、宜しいですか?」
 それでも、少女は何故か目の前の人物を信じる気になったようだ。
 「はい。よろしくお願いします」
 幾度も丁重に頭を下げて、少女は店を後にした。
 

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