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先陣を切ったアルに続いて、フィンとレイが各々の神器を石碑に穿たれた窪みに嵌め込む。 最後にミトラが【リアファイル】を献納すると、4本の石柱の共鳴が一際強くなった。 音の波が、実際の波動を伴って湖面を走る波紋のように幾重にも広がっていく。 鳴り響く波動が直接頭蓋を揺るがす程の強さまで高まったその時、石碑に収められた4つの神器が閃光を放った。 刹那、ティア・ターンゲリの門全体が白光に包まれる。 強烈な音と光の洪水に圧倒されたアル達は、堪らずきつく目を瞑って顔を背けた。 可聴音域を越えた音波が炸裂し、一瞬の後に静寂が訪れる。 瞼越しにも光が和らいだ事が感じられるようになるのを待って、4人は漸く閉じていた目を再び開いた。 「…此処は…?」 いつの間にか戻された神器を戸惑いがちに手許に収めつつ、一行はおずおずと辺りを見回す。 其処は、光る水晶でできた鍾乳洞のような岩窟のようだった。 透明度の高い岩が帯びた仄かな燐光が柔らかに洞の中を照らし出している。 遠くから聞こえる水音は、地下からの湧水が岩肌を流れ落ちているのだろう。 複雑な造詣の石筍や石柱がところどころで光を歪めてプリズムを生み、或いは視界を妨げて踊る影を演出する。 神秘的な光景ではあるが、幻の楽園と呼ばれるには聊か物寂しさが勝る。 そんな事を思いつつアル達が慎重に洞窟の中を進んで行くと、不意に朗らかな声がかかった。 「やぁ、また新しい人王のお出ましだ」 アル達は、声の主を探して視線を廻らせる。 薄闇に目を凝らせば、洞窟の奥、ティア・ターンゲリの門に在ったのと同じ4本の石柱に囲まれた空間に、金糸で縁取られた濃緑色のマントを纏った人物が立てた片膝を抱えた姿勢で座り込んでいるのが目に入った。 ここまでの流れを踏まえれば、この人物こそ【テイル・ナーグ】の主、妖精王その人だろう。 気安い調子の声は、思いの外若々しい。 目深に下ろしたフードの影になって容貌の全てを窺う事は出来ないが、僅かに覗く顔だちもそれほど年嵩には見えない。 寛いだ居ずまいからしても、おそらく老賢者といったタイプではないのだろう…エルフ族の女王の例もあるので、一概には断言できないが。 そんな風に思いを巡らせつつ相手の出方を窺うアル達に向けて、彼――声音から察するに年若い男性と思われる――はにこやかに歓迎の挨拶を述べた。 「ようこそ、常若の国【テイル・ナーグ】へ。私の名前はイル=ダーナ。尤も、君達には妖精王の方が馴染みのある呼び名かもしれないね」 「イルダーナ(全知全能の王)、ね」 告げられた名の神話上の意味を悟ったアルが、皮肉を孕んだ声でそう反芻する。 不躾な態度の裏には、当然『cubic world』のシステムの代弁者として相対したアル・ファズールの存在がある。 彼もまた、「万物の父」を名乗って世界の支配者を気取っていた。 警戒も露なアルの反応に気を悪くした風もなく、妖精王は人好きのする口調で一行に問いを投げかける。 「それで、君達の望みは何かな?」 これに対して、ミトラが緑森教団の祭祀として一行を代表する形で口を開いた。 「私達の望みは隔ての魔法をもって人の世の安寧を図る事。それ以上でもそれ以下でもないわ」 「ふぅん」 型通りの返答に、妖精王はつまらなそうに鼻を鳴らす。 それから、悪戯っぽい仕草で小首を傾げると、更に問いを重ねてきた。 「それで、その後は?」 怪訝そうな面持ちで無言の問いを返す一行に、妖精王はくすりと笑ってこう続ける。 「界を閉じて、世界を混沌から救って、それで「めでたしめでたし」じゃないだろう?冒険が1つ終わったからって、人生まで終わりを迎えるわけじゃあるまいし」 彼の発言に、アル達は一瞬虚を衝かれた。 確かに、どれほどの偉業を成し終えたところで、そこで死んでしまうのでもない限りその人物にとっての何もかもが終わってしまうわけではない。 Show must go on.――人生は続いていく――だが、まさかゲームの登場人物にそれを指摘されるとは。 「これまでにも、たくさんの人王がこの地を訪れては去って行った。私は、彼等の行く末をいろいろと見てきたよ」 そう言いつつ妖精王がひらりと指先を閃かせると、彼の背後に広がる虚空が絵画の額縁のような形に切り取られた。 次々に浮かび上がる額面のひとつひとつに、それぞれに異なる映像が映し出される。 それは、【テイル・ナーグ】と異世を繋ぐ「覗き窓」だった。 妖精王は、どこか愉しげな声で彼の知る「その後」の物語を語りだす。 「最も多かったのは、人界に戻って後に英雄王として祭り上げられるケースかな。穏健な治世により賢王と謳われた者、世界を手中に収めんと覇道を行く者、その生き様は様々だったけどね。隠遁の賢者としてひっそりとした余生を望む者もあれば、一方で自ら新たな教派を開き導き手となる事を選ぶ者もいる。勇者としての資質のなせる業なんだろう、新たな冒険を求めて旅立つ者も多い。もちろん中には何事もなかったかのように元の暮らしに戻って平凡な一生を終えた者もいるけれど、そういうのは少数派だよ。力を誇示し続けた故に神器を狙う勢力に暗殺されたり、疑心暗鬼から独裁者に成り果て圧政を敷いて民を苦しめたりといった不幸な道を辿った者も少なくない。そうそう、私に取って代わろうと戦いを挑んできた者もいたね。さすがに丁重にお引取り願ったけれど」 妖精王の語る言葉をなぞるように、無数に開かれた窓枠の中で、時と場所を越えて多くの歴史が描き出されていく。 それこそ、人の数だけ生まれては消えていく、人生という名の映画のように…。 「…なるほど」 それまで黙って成り行きを見守っていたレイの唇から、ふと吐息のような低い呟きが零れ落ちた。 「物語の語り部として世界を創造する事、それが君の考える新しい命の形か」 淡々と言葉を紡ぐその声は、冷ややかな中にもどこか痛みを孕んでいるように感じられる。 「君の望み通り、僕はここまで辿り着いた。だから、もう良いだろう?」 レイを見つめる妖精王の口許に、それまでとは質の違う深い笑みが浮かんだ。 それを真っ直ぐに見つめ返して、レイは静かにこう語りかける。 「姿を現したらどうだ?エナ」 |