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うっすらと立ち込める朝靄の向こうに、山々の稜線が遠く透かし見える。 早朝、マーグメル平原。 現在、一行はリース・ティルノンの騎士団と共に平原に馬を進めている。 丈の低い草に覆われた大地がどこまでも続くばかりで代わり映えのしない風景は、「幸福の野」などと謳われている割に華やかさに乏しく物寂しい。 そんなアルの感慨を読み取ったかのように、先を行くバルフィンド卿がのんびりとした調子で口を開く。 「春先ともなれば馨しい風と色とりどりの小花に彩られてそれは美しい眺めをご堪能いただけるのですが、生憎と秋も終わりのこの時季では聊か寂れた印象ですな」 それでも、暫く行くと明らかに異質な眺めが浮かび上がってくる。 「あちらが、ティア・ターンゲリの門でございます」 バルフィンド卿が示す先に現れたのは、所謂ストーンサークルだった。 無数の巨石が三重の同心円を描くように並べられ、その中心には一際高々と4本の石碑が打ち立てられている。 サークルを形作る石柱は外側が高く、内側が低い。 その為、遠目には擂り鉢状の空間に4本の柱が浮かんでいるようにも見える、何とも不思議な光景だった。 メドラウトの洞窟の付近にも列石が見られたが、あちらは明らかに人工的な意図を感じさせるものだった。 だが、自然の造詣のままの石を並べて造られたこのストーンサークルは、人の手を感じさせない。 その事が、ティア・ターンゲリの門の神秘性をより深めている。 サークルの中心から四方に伸びる道の入り口に差し掛かったところで、バルフィンド卿は馬を止めて一行を振り返った。 「これより先は、徒歩にてお進みを」 言われるままに馬を下りつつ、アルは馬上のバルフィンド卿の動向を窺う。 「あんたはどうするんだ?」 それに対して、バルフィンド卿は何やら含みのある笑みでこう応えた。 「私には、この先へと進む資格がございませぬ。それに、別口でお相手せねばならぬ客人がお見えのようですしな」 彼の言葉を証明するように、辺りの空気が不穏な緊張を帯びる。 妖精王の降臨を望む者、その意志を阻もうとする者。物見高さから寄って来た者、異界を訪れようとする者。 善なると悪なるとを問わず、秩序の為、混沌の為、理想の為、欲望の為に、神器の力を求める有象無象の群れが、このマーグメルの野に集いつつあるのだ。 「門が開く気配に惹かれて来たか…」 「テイル・ナーグに行く前の最後の試練ってワケ?」 鋭く目を眇めて低く呟くアルに続き、好戦的な顔つきをしたフィンが【ベルテーン】に手を掛ける。 それを留めたのは、冷え冷えとしたレイの一言だった。 「剣を退け、フィン。此処で下手に殺傷沙汰を起こせば妖精王の機嫌を損ねかねない」 「レイ殿の仰るとおり。此処は我等にお任せを」 己の務めに誇りを持つ者だけが持ちうる気高さを存分に発揮したバルフィンド卿の発言を受けて、騎士団の面々がすらりと剣を抜き放つ。 その姿に異論の余地がない事を悟ったアル達は、謝意と敬意を込めて頷くと黙って踵を返した。 一行がストーンサークルに足を踏み入れると、1番外側の円周に沿って魔導障壁が発生する。 バルフィンド卿が語った資格とやらを持たぬ者を拒む仕掛けなのだろう。 彼等が歩を進めるのに従って、内側の2つの列石の円周沿いにも同様の障壁が生じる。 サークルの中が三重の結界によって完全に覆われると、その「場」は一種の魔法陣と化した。 円形に並ぶ石柱を結ぶ光の線が幾重にも浮かび上がって複雑な図形を描き出すのと同時に、4本の石碑が微かな音を立てて共振し始める。 虫が鳴くようなリィーンという共鳴音は不快と言うほどではないが、どことなく落ち着かない気分になるような不安定さを孕んでいた。 それぞれに神器の形の窪みを持つ石碑を見上げたフィンは、不可解な模様を見つけて首を捻る。 「此処に神器を収めるとして、この文字みたいなのは何だろ?」 石碑には、神器の絵の他に数字と思しき複数の図象が刻まれていた。 意匠化された数列をじっと見つめるミトラの背後で、レイが何事かアルに囁きかける。 一瞬、僅かに目を瞠ったアルだったが、すぐに得心が行ったらしい。 「なるほど、そういう事か」 僅かに唇の端を歪めて苦笑を浮かべると、すれ違い様レイの耳元に低い声で囁き返す。 「了解した。そっちは任せる」 そのまま「天を裂く光」という文字の書かれた石碑の前まで進んだアルは、神鳴の槍【クーメイル】を抜き放ってこう宣言した。 「さぁ、妖精王とご対面だ」 |