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「…で?」 テーブルに並ぶ贅を尽くした料理の数々を前に、新調された煌びやかな装束に身を包んだアルが、軽く顎を上げた不遜な態度で問いを投げかける。 「これは一体どういう事だ?」 彼等の現在地は、城塞都市リース・ティルノンの領主の館。正面の席には、にこやかに微笑むバルフィンド卿の姿が在る。 所謂「振り出しに戻る」状態だ。 冥主メディールを斃したアル達が最後の神器である真実の宝冠【リアファイル】を手に入れたのと時を同じくして、バルフィンド卿率いる騎士団がカエール・シディに忽然と姿を現した。 死者の国と呼ばれる地への進攻、しかも4つの神器全てが揃ったタイミングでの不自然な出現は、アル達に疑念と警戒心を抱かせる。 バルフィンド卿は、アル達に全ての神器を集めさせた上で、最後にそれを奪うつもりだったのではないか? だが、ヴィトレアの塔を下りたアル達を出迎えたバルフィンド卿は、恭しく彼等の前に片膝をつくと、優雅に一礼してこう口上を述べた。 「お迎えに上がりました、人王様方」 思わぬ場所での再会、糅てて加えて予想外に丁重な扱いに、アル達は思わず顔を見合わせる。 彼等の困惑を他所に、バルフィンド卿はすぐにお抱えの魔法使い数人に命じて、一行を麾下の騎士団諸共自らの領地まで転位させた。 そうして、あれよあれよという間に一行の身を清めさせ、身支度を整えさせた上で、饗応の席へと招いて今に至る。 「どうもこうも、先に申し上げました通りでございます」 あからさまに胡乱気なアルの視線に気圧されるでもなく、バルフィンド卿は人好きする笑みを湛えて慇懃にそう応じた。 「バルフィンドの名は、ティア・ターンゲリの門の護り手に代々受け継がれてきたもの。時の求めに応じ、新たな人王を妖精王の許へと導く事が我が務め。それ故、人王たる資格を得た貴殿等を迎えに馳せ参じたまでの事」 「隠遁の導者バーリン・バルフィンド。妖精王の意を汲み、人王を導いた不世出の賢哲」 教団に伝わる伝説の人物の名を口にしたミトラが、険しい眼差しをバルフィンドに据えて問い質す。 「最初から、私達を試していたの?」 「とんでもない」 対するバルフィンドは、彼女の疑惑を即座に否定した。 「貴殿等が妖精王の神器を揃えた事で、封印されていた記憶が蘇ったのですよ」 如何にも心外といった反応だが、魅惑的な笑顔がどこか胡散臭く思えてしまうのは先のメドラウトの洞窟の件に端を発する先入観の所為ばかりではないだろう。 その証拠に、穏やかな表情はそのままに、バルフィンド卿はあっさりと挑戦的とも言える話題を持ち出してきた。 「神器が揃えば、界の扉を開く事は可能。とはいえ、星の数ほどもある異界の中から彼の地へと続く道を選び出すのは如何に人王様方とはいえ容易な事ではございますまい」 アル達は、痛いところを衝かれた形で押し黙る。 妖精王の遺した神器が界を切り拓く鍵となり得る事を、アル達は既に魔道士シールセから聞き及んで承知している。 だが、それを扱う術について、はっきりした事は解っていない。 まして、数多の界の中から目指す常若の国【テイル・ナーグ】を捜す方法には全く心当たりがなかった。 無言で先を促すアル達に、バルフィンド卿は会心の笑みを浮かべて切り札を繰り出す。 「このリース・ティルノンの地には、妖精王のおわす【テイル・ナーグ】への標がございます」 「それが、ティア・ターンゲリの門…」 「然様」 【テイル・ナーグ】に至る扉がこの地に在る事を知ったからこそ、彼はアル達を迎えにわざわざカエール・シディにまで出向いたのだ。 「ティア・ターンゲリの門は、リース・ティルノンの北方、「幸福の野」マーグメルにございます」 隠者を名乗るには奇妙に熱の篭った瞳で一同を見渡して、バルフィンド卿はこう告げる。 「門をお開きなさい、人王様方。乱れた界の揺らぎを正し、妖精王と共に新たな世を築かれよ」 |