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「さすがは勇者諸君、此処まで辿り着いたか」 優雅に足を組み、肘掛に頬杖をついた姿勢のまま、メディールは僅かな賞賛を込めた傲岸な物言いで最上階に辿り着いたアル達を迎え入れた。 円形の室内は、冥主の牙城に相応しく、磨き上げられた床も、光沢を帯びた壁も、くどいほどに緻密な彫刻で飾り立てられた玉座までもが闇を溶かし固めたかのような漆黒だ。 彼の前に置かれた仰々しい細工の台座には、真実の宝冠【リアファイル】が載せられている。 玉座の左右の支柱は【クーメイル】と【ディアンセット】を飾る為に配されたもので、背後の壁に掛けられた剣架は【ベルテーン】の為のものだろう。 油断なく室内を見回したアルは、其処にレイ達の姿がない事に覚えた微かな焦燥を押し隠して真っ直ぐにメディールを見据えた。 刺すように鋭い眼差しに痛痒を感じた様子もなく、メディールは愉悦を湛えた瞳を細めて優雅に微笑する。 「その実力に敬意を表して、我が配下の中でも選りすぐりの戦士達がお相手しよう」 彼がぱちんと気障な仕草で指を鳴らすと、部屋の隅に蟠っていた闇がゆらりと人の形に立ち上がった。 おそらくは、螺旋階段を護っていた戦士達と同格かそれ以上の実力者ばかりが二十名ほど、各々得意の得物を手にアルとミトラへと迫る。 身を隠す為の障害物はなく、数の上でも圧倒的に不利な状況だ。せめて完全に包囲される前に先手を打つしかない。 ミトラは浄化の魔法を唱える為に大きく息を吸い込み、アルはミトラを庇う位置に立って【クーメイル】を構える。 だが、メディールの操る戦士達が一斉にアル達に襲いかかろうとしたまさにその時、彼等の動きを妨げるように一陣の風刃が吹き抜けた。 続いて、眩い白光が辺りを包み込む。 熾しい中にもどこか温かさを感じさせる光が収束した時には、死せる兵達はすべて消え去っていた。 「レイ!フィン!」 壁際の扉の前で【ディアンセット】を掲げるレイと抜き身の【ベルテーン】を手にしたフィンの姿を目にしたアルは安堵の表情でそう呼びかけ、ミトラもそっと肩の力を抜く。 一方、わざわざ設えた趣向を台無しにされたメディールは、憎々しげに闖入者を睨みつけた。 「…忌々しき【ディアンセット】か」 低く呻いてぎりりと歯軋りするメディールに向かって、ミトラが冷ややかにこう言い放つ。 「貴方に妖精王の神器を継ぐ資格はない。邪な左道に身を堕とした貴方には、聖なる魔法を宿す【ディアンセット】に触れる事すら適わない筈」 彼女の容赦のない指摘は、メディールの余裕に亀裂を生じさせた。 刹那、取り澄ました顔立ちが獣じみた激情に歪み、血色のない頬が憤怒に蒼褪める。 しかし、メディールにはまだ切り札があった。 にたり、と酷薄な笑みを唇に刻んだメディールが、妄執にぎらつく双眸でレイを捉えて咆哮する。 「ならば、その使い手ごと我が手中に収めるまでの事!」 「しまっ――!!」 一行が彼の思惑を悟った時には遅かった。 突如地中から湧き出した無数の腕が身を翻しかけたアル達の足に絡みつき、行動の自由を奪う。 そうして生じた一瞬の隙をついて、メディールはレイに向かって死の魔法を放った。 迸る赤黒い閃光――かしゃん、と儚い音が響き、結い上げられたレイの長い黒髪がはらりと宙を舞う。 次の瞬間、レイの体は糸の切れた操り人形のようにその場に崩折れた。 「レイっ!!」 縋りつく死者の腕を斬り払いながら懸命に叫ぶアルを他所に、闇色の玉座を離れたメディールは倒れたレイの頤に手を掛けて不埒な台詞を吐く。 「人王に仕える筈だった美貌の術士を侍らせるのも悪くはな――っ!?」 だが、彼の戯れ言が最後まで口にされる事はなかった。 突然の衝撃に声を呑んだメディールがゆるゆると落とした視線の先で、光の刃がその胸を貫いている。 「ば、かな…な、ぜ…!?」 溢れ出す血に濡れた手を茫然と見つめて力なく後ずさるメディールに応えたのは、致死の魔法に撃たれた筈のレイその人だった。 「エルフの護りの魔法…悪しき術法を打ち消す女王陛下の加護の賜物だ」 ゆったりと身体を起こす彼女の動きに合わせて、色とりどりの貴石が床に散らばる。 それは、リアノンの森でエルフの女王からレイの身の護りにと贈られた腕輪を飾っていたものだ。 細い鎖に貴石で小花をあしらった意匠のそれを、レイは髪飾りとして身につけていたのだ。 同胞の身を案じた女王の祈りがレイの命を救い、護りの腕輪は彼女の身代わりとなって砕け散った。 零れ落ちた貴石は、加護の魔法の名残というわけだ。 驚愕の形相を顔に貼り付けたまま、聖なる光に灼かれたメディールの肉体が見る間に干乾びていく。 それと同時に、アル達を拘束していた死者の群れも、呪縛から解き放たれて永久の眠りへと還った。 遺された人型の塵の山を沈痛な面持ちで見下ろして、アルは吐き捨てるようにこう呟く。 「愚かな…不死を追い求めた挙句、自らも亡者と成り果てたか」 ミトラは、台座に歩み寄ると、恭しい手つきで【リアファイル】を持ち上げた。 これで、遂に妖精王の4つの神器が揃ったわけだ。 「さて、で、次はどうします?」 重い空気を振り払うような軽い調子でそう言いつつ振り返るフィンに、レイは皮肉めいた笑みを唇に刷いて窓の外を指し示す。 「その答えなら、彼が教えてくれるんじゃないかな」 つられたフィンが窓に駆け寄って身を乗り出すと、墓標の群れの間を縫って壮麗な武具に身を包んだ騎馬の一団が近づいて来るのが見えた。 先頭を進む騎士の背には、見覚えのある旗印が掲げられている。 「…バルフィンド卿?」 「なんで?」と訝しげに首を捻るフィンの背後で、アルとミトラはそれぞれに微妙な表情で肩を竦めた。 |