Tir na n-Og



 横薙ぎに払われた【ベルテーン】から、三日月形の光刃が放たれる。
 浄化の魔法を帯びた光の刃は、フィンとレイの前に立ち塞がっていた屍人の群れを瞬く間に消し去った。
 「ミトラに聖別の魔法を掛けて貰ったのは助かるけど」
 ひゅんと剣を振り抜いたフィンは、休む間もなく現れる新手にうんざりとした様子でぼやく。
 「こう数が多いとキリがないなぁ」
 2人の現在位置は、ヴィトレアの塔の中層、そろそろ上層部に差し掛かろうかという辺りだ。
 壁際を廻る階段状の通路は、勾配も然程きつくなく、充分な広さもある為行軍に支障はない。
 問題は、ところどころ不規則に床が張り出して踊り場のようになっている開けた場所だった。
 足場の中央に埋め込まれた石版が魔法陣の役割を担っていて、そこから屍人の大軍が襲って来るのだ。
 石版を壊せば召喚を止められるが、それまでは次から次へと湧いて出る敵と戦い続ける事を強いられる。
 せめてもの救いは、襲い掛かってくる死者の大半が一揆や暴動に参加する一般市民といったレベルの烏合の衆だという事だろう。
 尤も、それはそれで非戦闘員を相手に武器を揮う罪悪感から精神的に苛まれる事になるのだが。
 漸く今いる場所を制圧し終えたフィンが肩で息をしていると、【ディアンセット】で石版を砕いたレイが背中から窘めるように声を掛けてきた。
 「そんなに気負わなくても、フィン1人で戦う必要はないのに」
 「解ってます。レイ先輩は充分強い。でも、だからこそ、無茶しそうで心配なんですよ」
 確かに、神器の1つである【ディアンセット】の力を得たレイならば、屍人の群れを祓うくらい造作もないだろう。
 だが、フィンは『cubic world』のログからレイの戦いぶりを学んでいる。
 アルに本懐を遂げさせる為に身を挺した遣り口は、フィンに同じ状況の再現を危惧させるのに充分だった。
 「ミトラにも頼まれてるんです。レイ先輩に気をつけていてって」
 片恋相手に頼られた事からくる自負も手伝ってそう力説するフィンだったが、対するレイの表情は何故か非常に微妙なものだった。
 「それは、ミトラの罠に嵌められたね」
 「…は?」
 訳が解らないといった顔で目を瞬かせるフィンを憐れみを込めた眼差しで見遣って、レイは淡々と種明かしをする。
 「あの子は、今回の件では自分が1番の部外者だと自覚してるからね。何かあれば真っ先に自分が犠牲になるくらいの覚悟で臨んでる筈だよ」
 「それじゃ――っ!」
 「まぁ、その前にアルが止めるだろうけど」
 相棒としてレイの性癖を厭というほど把握しているアルの事だ。似たような思考回路をしたミトラの考えそうな事くらいお見通しだろう。
 慌てるフィンに言外にそう告げて、レイは先に進むべくさっさと踵を返した。
 困惑したまま立ち尽くす事暫し、我に返ったフィンは複雑な面持ちで後に続く。
 そうして幾つ目かの踊り場まで上り着いたところで、レイが歩みを止めた事に気付いて顔を上げたフィンは目の前の景色に息を呑んだ。
 「げ、行き止まり?」
 一見これまでの踊り場と変わりがないように見えるが、その先に続く筈の階段が見当たらない。
 思わず足を止めた彼の周囲で、ぞわりという厭な気配と共に屍人達が身を起こす。
 すかさずレイを庇うように立ち位置を変えつつ、フィンは忌々しげに舌を打った。
 「こっちは外れルートだったんですかね」
 「どうかな」
 一方、こちらは然程動じる風もなく周囲を見渡していたレイは、フィンの思い込みを制するようにこう指摘する。
 「向こうに階段が続いてるのが見えるだろう?」
 言われるままに視線を転じれば、途切れた踊り場の先からはやや距離があるものの確かに壁に沿った階段が続いているのが見て取れた。
 「でも、どうやってあそこまで行くんです?」
 「そうだな…」
 至極尤もなフィンの問いに、レイは僅かに逡巡する様子を見せる。
 が、次の瞬間、何の前触れもなく振り回された【ディアンセット】が、フィンに襲い掛かった。
 「ぅわ!」
 咄嗟に飛び退いて身を躱したフィンは、ガシャンと派手な激突音のした方を振り返って目を瞠る。
 「って、あれ?」
 其処には、あらぬ方向に首を捻った姿で何もない筈の空間に倒れ込んだ屍人の戦士の姿があった。
 呆気に取られているフィンに「あぁ、やっぱり」等と呟いて、レイはにこやかにこう告げる。
 「ガラス張りの通路だよ。カモフラージュするには巧い手だ」
 つまりレイは、見えない通路の位置を確認する為に手近にいた敵を払い除けてみたらしい。
 「…だからって、何も敵を投げ飛ばして確かめなくても…」
 唐突な攻撃にどきどきと高鳴る胸を押さえながら小声で苦情を申し立てるフィンに、レイは悪戯っぽく首を傾げてみせる。
 「フィンを突き飛ばしてみた方が良かった?」
 「いーえ」
 物騒な申し出を丁重に拒絶して、フィンは道を切り拓くべく屍人の群れへと向かって行った。



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