Tir na n-Og



 墓標群の中心に建つその塔は、古代エジプトのオベリスクと呼ばれる石柱と良く似た形状の建物だった。
 ただし、太陽への信仰に基づいて築かれたオベリスクに白い石材が用いられているのに対し、こちらは死者の国に相応しい闇色だ。
 ある種の呪紋にも見える幾何学形の連続模様を彫り込まれた外壁は、周囲の光を尽く吸収しておきながら奇妙に滑らかな光沢を帯びている。
 「鏡…いや、色硝子か?」
 誰にともなくそう呟きつつ、アルは表面に映り込んだ自分の姿に誘われるように手を伸ばした。
 その指先が鏡像のそれに触れた瞬間、壁面の一部に卍型の亀裂が走ったかと思うと、音もなく上下左右にスライドする。
 「おー、自動ドア」
 抑揚に欠ける声で感心するフィンの言葉通り、其処に出現したのは塔の内部へと続く入り口だった。
 中の様子を透かし見るように目を眇めたアルが、如何にも厭そうに顔を顰める。
 「…入って来いってか」
 そんな彼の横をミトラが涼しい顔で通り抜け、一行はその後について塔の中へと足を踏み入れた。
 4人全員が建物の中に入ると、再びスライドした壁面が何の痕跡も残さず出入り口を塞ぐ。
 外観同様黒い壁に囲まれた内部は、外界から遮断された途端漆黒の闇に包まれた。
 だが、待つほどもなく空中にぽつぽつと蒼白い灯りが浮かび上がる。
 蝋燭やランプの灯のような温かみを持たないその光の正体は、人魂だの鬼火だのと呼ばれる類のものだった。
 ちらちらと揺れる光が踊る磨き上げられた床の上から視線を上げると、壁面に沿って螺旋状の通路が続いているのが目に入る。
 ただでさえあたり一面黒一色な上にところどころ床がせり出している所為で最上階までの道筋は見通せないが、かなりの高さがある事は見て取れた。
 更に、部屋の中心部には、吹き抜けを貫く巨大な円柱が聳え立っている。
 円柱の外周にも螺旋階段が廻らされており、正面には侵入者を睥睨するように大鴉の彫像が据えられていた。
 そこだけ赤い貴石の嵌め込まれた大鴉の両眼が、一行の姿を捉えた途端禍々しい光を放つ。
 同時に鋭利な嘴が大きく開かれ、そこから低く深みのある男の声が朗々と響き渡った。
 「我がヴィトレアの塔へようこそ、勇者諸君」
 「メディールか」
 アルの問いには答えず、声の主は尊大な物言いで一行に語りかける。
 「わざわざ神器を届けてくれた事には感謝しよう。おかげであちこち襲撃する手間が省けるというものだ」
 「礼を言われる筋合いはねぇよ。俺達はリアファイルを取り返しに来たんだ」
 「ほう」
 恐れ知らずなアルの反応を面白がるように、男はくつくつと喉を鳴らすとこう尋ねてきた。
 「面白い事を言う。冥主たる私に人間風情が敵うとでも?」
 一行は、無言で毅然たる挑戦の意志を伝える。
 男は、そんな返答さえも興がる様子を見せた。
 「ならば、我が玉座まで上って来るが良い。見事辿り着けたなら、一目神器を見る事くらいは許してやろう」
 どこまでも傲岸な言葉を残して男の気配が途絶え、鴉の眼から光が消え去る。
 その場に取り残された4人は、呆れ半分疲れ半分といった気分で顔を見合わせた。
 「で、どうします?あからさまに俺等を分裂させる罠っぽいですけど」
 2つの階段を交互に見遣って、フィンが次に取るべき行動を問う。
 それに対して、ミトラは思わし気な面持ちで現実的な案を示した。
 「二手に分かれざるを得ないでしょう。片方のルートを攻略してるうちに逃げられてしまったら元も子もないもの」
 「敵の策に乗るのは気に入らないけどね」
 「ま、しょーがねーよなぁ」
 あまり気乗りしない様子で肩を竦めるレイがそれに賛同し、フィンも渋々といった感じで同意する。
 「…で、やっぱこうなるんですよね」
 その場で決められた組み分けに結果に、フィンはがっくりと肩を落とした。
 内側の急峻な螺旋階段を上る最短コースにアルとミトラ、外側の緩やかな反面仕掛けも多そうな長距離コースにレイとフィンという組み合わせは、冷静に考えれば理に適ったものだ。
 『テイル・ナーグ』に名指しで招待されたアルとレイは、別々のチームにする必要がある――もしもどちらかのチームに2人が揃えば、もう片方の組は不要と切り捨てられる可能性が出て来るからだ。
 そして、戦力のバランスから考えれば近接攻撃を得意とするアルとフィン、回復・治癒魔法と浄化の術を使えるレイとミトラはそれぞれの別のチームに分かれるべきで、そうなると当然この組み合わせになるわけだ。
 頭ではそう解っていながらもフィンが軽く落ち込んでいると、別ルートに進む筈のミトラがフィンの傍へと歩み寄って来た。
 「【ベルテーン】を」
 フィンは、訳も解らず言われるままに腰に提げていた【ベルテーン】をミトラに手渡す。
 ミトラは、【ベルテーン】の刃元に額を寄せると、目を閉じて二言三言呪文を呟いた。
 彼女の言霊に応えるように、【ベルテーン】の刀身が淡い輝きを帯びる。
 燐光を放つ【ベルテーン】をフィンに差し出して、ミトラは静かな声でこう告げた。
 「聖別の魔法をかけたわ。此処が死者の国なら、護りになる筈だから」
 それから、【ベルテーン】を受け取る為に身を乗り出したフィンの耳元に、短く何事か囁きかける。
 弾かれたように顔を上げるフィンを振り返る事無く、ミトラは彼女を待つアルの許へと足早に歩き去った。



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