Tir na n-Og



 瞼越しにすら眼を灼く程の光の洪水が収まるのを待って、アルはおずおずと目を開く。
 つい今しがたまでの戦闘が嘘のように、辺りはしんと静まり返っていた。
 レイとミトラに被害が及んだ様子はない――おそらく、レイが最優先でミトラを護ったのだろう。
 フィンは閃光をまともに浴びたのかふらふらと立ち上がりながら何度か頭を振っているが、外傷はなさそうだ。
 仲間の無事を確認したアルは、改めて敵の姿を視界に捉える。
 漆黒の竜は、静かにアルを見据えていた。
 金赤の隻眼から憤怒の狂気は失せ、今はただ吸い込まれそうな深さを湛えている。
 怒れる竜と対峙した時より強い畏怖の念に駆られて押し黙るアルの脳裏に、不意に重々しい響きの声が響いた。
 『よくぞ我が縛めを解いた、人の子よ』
 驚いたアルが周囲を見回すと、フィンも目を丸くして竜の巨体を見上げている。
 レイとミトラは、然程驚愕した様子もなく神妙な面持ちを浮かべていた。
 竜は、声ならぬ声でアルに語りかける。
 『其は天を裂く光、神鳴の槍【クーメイル】。妖精王の遺せし4種の神器の内のひとつにして、常若の国【テイル・ナーグ】への門を開く鍵の一部を成す秘宝』
 竜の宣言を聞いたアルは、今もしっかりと握ったままの槍に視線を落とした。
 百合の紋に似たウィングを持つ穂先は隕鉄製で、加護の呪文と紋様が刻まれている。
 長身のアルの背丈よりも長い柄は謎の金属で出来ており、衝撃に耐え得る頑強さとしなやかな軽さの両方を兼ね備えていた。
 何より、竜の放った雷のブレスを弾き返した事実が、告げられた事実を裏づけている。
 『かつて、妖精王と共に隔ての魔法を行った人王は、命の終わりを迎えるにあたり我に守護者の呪縛をかけた。再び境界が揺らぎ世に混沌が訪れ彼の王の遺志を継ぐ者が現れるその時まで、人知れず神器を護るように、と』
 呪縛、という言葉を恨みがましいというよりは慈しむように口にした竜は、僅かに表情を和らげるとアルに向かって礼を述べた。
 『だが、其方のおかげでその務めからようやく解放される時が来た。礼を言うぞ、勇敢なる人の子よ』
 一方、竜の言葉に『cubic World』の展開を思い浮かべたアルは、慌てて話を遮る。
 「ちょ、ちょっと待てよ!俺が人王の遺志を継ぐ者だとは限らないだろう?」
 だが、竜はアルの焦りなど何処吹く風といった態で悠然とこう応じた。
 『其方は神鳴の槍の力をもって我が雷を退けた。それは、【クーメイル】が其方を正当な継承者と認めた事を意味する。我にはそれで充分だ』
 アルを含めた一同は、黙って顔を見合わせる。
 竜が語るのは飽くまで【クーメイル】の継承者としての資格であって、それが即ち新たな人王に選ばれたという意味ではない…微妙なニュアンスだが、今はそう解釈するしかないだろう。
 神器の守護者でしかない黒竜とのこれ以上の問答は無用と判断した一同は、取り敢えずそう結論づけた。
 その上で、気を取り直したアルが竜に向かってこう問いかける。
 「で?これからどうするんだ?」
 幾ら理性を取り戻したらしいとはいえ、これだけの力を持つ竜を野放しにするわけにはいかないだろう。
 枷から解き放った責任から発せられた質問に、竜はふむと首を傾げる。
 『そうだな』
 一頻り考える素振りを見せていた竜は、やがてアルに意外な命を下した。
 『其方の剣を置いて行け』
 「は?」
 思わず訊き返すアルの無礼を咎めるでもなく、竜は真面目な調子で続ける。
 『竜は宝の守護者。我には新たな宝が必要だ』
 足元に落としたままになっていた両手剣を拾ったアルは、あちこち傷んだそれに目を遣りつつ困惑気味に口を開いた。
 「こいつは何の謂れもない只の大剣だぜ?あんたが護る価値があるとは思えないんだが?」
 確かにそこそこの業物ではあるものの、特別な魔法が掛けられている訳でもなければ特殊な材質というわけでもなく、おまけに先程の一戦で刀身に亀裂が走って折れかかってさえいる代物だ。
 到底神器の代わりになるような品ではない。
 言外にそう指摘するアルに、竜は鷹揚に微笑む。
 『其方が常若の国への門を開き妖精王と見える事とならば、この剣は自ずと勇者の剣として語り継がれる事になろう。伝説の武具とはそういったものだ』
 「なるほど」
 それも一理あると納得したアルは、素直に大剣を差し出した。
 光球に包まれた剣が竜の足元に抱え込まれるように収まるのを待って、それまで沈黙を守ってきたミトラが徐に問いを挿む。
 「神鳴の槍【クーメイル】の守人たる黒竜よ、残り3つの神器の在り処について何か心当たりはありませんか?」
 竜は、隻眼を細めてミトラを見下ろすと、アルに向けるのとは違う重みのある声音でこう答えた。
 『まずは東の山裾に広がるリアノンの森を目指すと良かろう』
 「リアノンの森」
 『人間達はエルフの森とも呼んでおるな』
 思わし気に呟くレイをちらりと見遣って、竜は先を続ける。
 『彼の地を統べし女王は妖精王との所縁が深い。おそらく其方等の援けとなろう』
 「解りました。有難うございます、黒竜殿」
 礼儀正しく告げられたミトラの謝辞を、竜は慈父の如き眼差しで受け入れた。
 『健闘を祈る、人の子よ』
 竜の激励の言葉が届くのと時を同じくして、ふわりとした浮遊感と共にアル達の視界が暗転する。
 再び視覚を取り戻した時、一行は洞窟の入り口に立っていた。
 うーん、とひとつ伸びをして外の空気を味わったフィンは、同じく一呼吸ついている仲間を振り返って陽気に問いかける。
 「さて、どうします?一応バルフィンド卿に挨拶してきます?」
 「その必要はないわ」
 やけにはっきりと言い切るミトラの言葉に、フィンは内心首を傾げた。
 だが、微かな違和感がはっきりとした形を成す前に、悪戯っぽい微笑を浮かべたレイがこう混ぜ返す。
 「下手に報告に行って、神器の所有権を主張されても厄介だしね」
 「それもそうですね」
 至極尤もなレイの言い分に流されて、フィンの感じた疑問はあっさりと霧消してしまった。
 「まずは1つ目のキーアイテムゲットか」
 賑やかに盛り上がっているフィンを他所に、アルは手にした【クーメイル】を見つめて溜息を落とす。
 「確か、竜は4種の神器って言ってたよなぁ」
 先は長いな、とぼやく彼の声は、疲労感と哀愁に満ちていた。



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