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緑深き森をエルフ女王に遣わされた梟の纏う燐光に導かれて、一行はミールディンの泉を目指して進んで行く。 「エルフの加護ってヤツかな。さすがにこの辺まで来ると魔物も出ないんですね」 フィンがおよそ緊迫感とは縁のないのんびりとした感慨を口にすると、先を歩いていたレイが微かな苦笑を浮かべて振り返った。 「それもあるだろうけど」 レイと並んで歩くミトラが、こちらは真っ直ぐに行く手を見据えたまま感情の篭らない声で先を引き継ぐ。 「この先にある何かを畏れてるのよ」 それから、ミトラはレイの手を引くと、身を屈めたその耳元に何やら囁きかけた。 清楚で敬虔な祭官詩人と男装の美貌の楽師、2人が寄り添う姿はなかなかに目の保養になる。 その様子を羨望の眼差しで見つめつつ、フィンは誰にともなく呟いた。 「レイ先輩とミトラって、なんか親密そうっていうか、仲良いですよね」 たまたまそれを耳にしたアルは、何とも言い難い顔でフィンの方を見遣る。 だが、彼が口を開くより早く、ミトラの声が対処すべき現実を思い出させた。 「着いたわ」 彼女の頭上で、先導役を務めてきた梟がくるりと旋回した後、近くの木に舞い降りる。 込み入った枝を掻き分けて梟の視線が示す先に進んだ一行は、やがて小さな空き地に出た。 「これ…」 絶句するフィンの背後で、アルがげんなりと顔を顰める。 「泉に辿り着いた者がいないって、こーゆー意味かよ」 確かに、其処には澄んだ清水を湛えた泉が在った。 中央の小さな島には樫の木が1本生えていて、泉全体を覆うように枝を伸ばしている。 だが、彼等の行く手には、大樹の生い茂る森の奥には不似合いな潅木の茂みが立ち塞がっていた。 縦横無尽に張り巡らされた荊の壁は、彼等とミールディンの泉との間を無情に隔てている。 棘だらけの蔦の間を縫って水辺に辿り着くのは容易ではなさそうだった。 「いっその事、全部焼き払っちゃいましょうか?」 半ば自棄を起こしたフィンが、腰に下げた剣に手を掛ける。 その時、泉を取り巻く空気がぞわりと動いた。 しゅるっと蛇が這うような微かな音を立てて、絡み合う蔦の一部が解けると、立ち尽くす一行へと襲い掛かる。 「ぅわっ!」 生き物の触手のようにのたくりながら伸びてきた蔦は、ミトラに狙いを定めてその身を捕らえようとした。 それを炎を帯びた魔法剣で斬り落として、フィンは得体の知れない相手を怒鳴りつける。 「非戦闘要員を真っ先に狙うなんて卑怯だぞ!」 「そうかしら」 私情と義憤の入り混じったフィンの抗議に、微妙に非戦闘要員とは言い難いミトラが狙われている当人とは思えない冷静な口調で疑問を呈した。 「回復魔法の使い手を優先的に倒すのは理に適ってると思うけど」 武器を手にとっての白兵戦では、多少の怪我は付き物だ。 傷を放置すれば動きに支障が出るし、体力や精神力も余計に消耗する。 その影響は、長期戦になる程顕著になる。 シミュレーションゲーム等では、回復手段を持つユニットを初期の段階で排除するのは常套手段だった。 ミトラの指摘が正論なだけに、フィンはうっと言葉に詰まる。 そうする間にも、茨の鞭は次々に4人に襲い掛かってきた。 頭上に迫る無数の蔦をクーメイルで叩き斬ったアルが、僅かな隙を突いてフィンに短く命令する。 「フィン!ベルテーンを探せ!」 クーメイルを手に入れた事で黒竜の狂気が鎮められたように、ベルテーンを押さえればこの現象を止める事が出来るかもしれない。 アルの言いたい事は理解したものの、フィンにはその方法が解らなかった。 「どうやって?!」 思わず叫び返したフィンに、レイが何やら魔法を発動しつつ指示を下す。 「【退魔の剣】の名前が伊達じゃなければ、ベルテーンはおそらく魔法剣の一種だ。魔力を高めれば、呼応する力の源を探り出せる筈だ」 同時に、フィンの視力が劇的に変化した。 薄闇に翳っていた視界が明瞭になり、蔦の動きがスローモーションのように見えるようになる。 レイが、視力強化の補助魔法を掛けてくれたのだ。 そのまま、クーメイルを構えたアルと並んでミトラを庇う位置に立って障壁を張るレイの姿を確認して、フィンは泉の方へと駆け出した。 エルフに伝えられた妖精王の神器、煌めく炎と謳われる【退魔の剣】、その秘められた力を捉えようと、フィンは自らの感覚を極限まで研ぎ澄ませる。 とはいえ、四方八方から襲い掛かる触手から身を躱しつつ意識を集中するのは困難を極める。 しかも、攻撃を回避する度に方向転換を強いられる所為で、思うように前進する事も出来ない。 進むべき方角を見出そうと走らせた視線が背後からミトラに迫る蔦を捉えたのは、だから、偶然の出来事だった。 前線で戦うアルの治療に専念しているミトラには、迫り来る危険に気づくだけの余裕はない。 「ミトラっ!!」 咄嗟に駆け寄った勢いでミトラの身体を突き飛ばしたフィンの左足が、茨の触手に絡め取られる。 自分の名を呼ぶミトラの悲鳴のような声を聞いたのをはっきりと意識する以前に、フィンは水中に引き摺り込まれた。 氷のように冷たい水に胸が痛んで、一瞬呼吸が出来なくなる。 パニック状態に陥りかけたフィンだったが、ふと視界の片隅に光を見つけて我に返った。 魔力で高められた目を凝らしてみると、小島に生えた樫の木から張り出したものなのか、水底を這う木の根に捧げ持たれるような形で一振りの剣が横たわっている。 【退魔の剣】ベルテーンはミールディンの「泉」に隠されている――エルフの女王は、そう言ってはいなかったか? フィンは、彼を水中に留めようとする触手の力を利用して湖底まで潜ると、絡んだ根の間から剣を抜き取る。 不思議な事に、抜き身の刀身は僅かな錆も曇りもなく、冷ややかに透徹した輝きを宿していた。 柄を握った手から流れ込んで来る熱い波動に励まされて、フィンは水上を目指して身を翻す。 足首に絡んだ触手は緩む気配を見せず、軋む肺は悲鳴を上げ続けている。 それでも、今にも途切れそうな意識を叱咤して、フィンは剣を掴んだ右腕を懸命に水面へと伸ばした。 あと少し…あとほんの少しで、水面に揺れる光を掴む事ができる…。 そして、遂に腕が水上へと突き抜けたその瞬間、ベルテーンの剣身から峻烈な焔が迸った。 |