Tir na n-Og



 エルフ族の衛士の後について歩を進めること暫し、一行は仄かな明かりに包まれた一画へと辿り着く。
 其処で4人を待ち受けていたのは、エルフの住処と呼ぶに相応しい光景だった。
 蛍火のような灯りがふわりふわりと無数に漂う広場を、3本の巨木が取り囲んでいる。
 高木揃いのリアノンの森の中にあっても、それらの木々は群を抜いて巨大だった。
 太い枝の付け根にはそれぞれに露台が据えられ、東屋が建てられている。
 曲線的で優美かつ繊細な造りの涼亭といった風情のそれらの建物は、何れも優に2、3人が寝起きできるだけの広さを有していた。
 塔のように天を衝いて聳える幹には螺旋状の階段が廻らされ、互いに手を差し伸べあうように重なり合う枝の間に架けられた渡廊が空中での行き来を可能にしている。
 自然の木々を活かしつつエルフ族特有の雅やかな意匠を随所に取り入れた一群の建造物から成る、幻想的な空中都市。
 陶然と上空を見上げて立ち尽くしていた一行は、明るく澄んだ声の呼びかけに意識を現実へと引き戻された。
 「ようこそ、祭司殿」
 声の主の姿を求めて視線を巡らせられた4人の視線が、3本の巨木の中で最も立派な古木の根元、張り出した根と幹の窪みが丁度玉座のようになった場所を捉える。
 其処に鎮座していたのは、人形のように愛くるしい幼女だった。
 けぶるような黄金の髪に、ほんのりと色づいた白桃のような頬。小さな唇は瑞々しい果実の赤に彩られ、大きな瞳は若葉の緑を宿している。
 頭上に冠するのは色とりどりの花を象った貴石に飾られた花冠で、それがまた童女の姿に良く似合う。
 はんなりと微笑む様はどこまでも無垢で稚く、喜びと希望に満ち溢れているように見える。
 出迎えた衛士の態度や女王という肩書きから気位の高い人物を想像していたアル達は、意表を突かれた思いだった。
 そんな彼等の戸惑いを知ってか知らずか、幼い容貌のエルフの女王はミトラに向かってにこやかに問いかける。
 「私を訪ねていらしたのは、人王の探索に関わるご用ですね?」
 ミトラは、居住まいを正すと慇懃な態度でこう応じた。
 「はい。妖精王に所縁の神器についてお尋ねしたく参りました」
 「隔ての魔法が揺らいでいる事は私にも感じる事が出来ます。この森の周辺にも魔物の類が増えていますし、人心も荒んでいるのかあちらこちらで不穏な噂も流れているようです。おそらく、世界が新たな人王を必要としているのでしょう」
 花の顔(かんばせ)を憂慮に曇らせて、エルフの女王はそっと溜め息をつく。
 僅かに伏せられた眼差しからは、幼い面差しに似合わぬ諦観と叡慮が感じられた。
 「それに、緑森教団には恩誼がありますし」
 「恩誼、ですか?」
 それまで女王とミトラの遣り取りを黙って眺めていたフィンが、生来の好奇心を押さえきれずにおずおずと口を挿む。
 アルは小さく名を呼んで窘めたが、女王はそれを咎めることはしなかった。
 頑是無い子供を見守る母親の貌で、淡々と経緯を説明する。
 「人という種は短命さと引き換えに環境への高い順応性と旺盛な繁殖力を与えられています。彼等は勢力を広げ、いつしかこの世界の主導権を握るようになりました。その事が、我等エルフ族や矮人達を亜人と呼び慣わすまでに彼等を思い上がらせたのです」
 エルフ族の女王の指摘に、レイ以外の全員が居た堪れなさに頭を垂れた。
 他種族へ敬意を払う事もせず見下すのは、知性の有る種として恥ずべき行為だった。
 エルフの衛士が高慢で非友好的だったのも頷ける。
 「緑森教団の祭司等が調停に乗り出さなければ、種族間の諍いはより険悪になっていたことでしょう。教団は全ての種族が対等であると宣言し、人の子による他種族への弾圧を罪と断じました。その上で、自らも積極的に人以外の種族を受け入れています」
 「例えば、そこにいる楽師殿のように」と言い添えて、エルフの女王はレイを慈しむように眺める。
 それから、改めてミトラに向き合うと、女王らしく威厳に満ちた調子で本題を切り出した。
 「妖精王の遺した神器は4つ。神鳴の槍【クーメイル】、退魔の剣【ベルテーン】 、月零の杖【ディアンセット】、真実の宝冠【リアファイル】。既に【クーメイル】は貴方方の手にありますね」
 ちらりとアルを見遣って、女王は続ける。
 「残る3つのうち【ベルテーン】はこのリアノンの森の奥深く、ミールディンの泉に隠されています」
 「陛下!それは――っ」
 傍に控えていた衛士の長が、女王の告白を遮るように悲鳴のような声を上げた。
 それを視線1つで制して、女王は静かに宣告する。
 「彼等が【ベルテーン】を手に取る事が出来たなら、それは神器が主と認めた証。我等にそれを妨げる権利はありません」
 誇り高き衛士長は、反論もできずに悄然と項垂れた。
 女王は、再度アル達に向き直ると、彼等の覚悟を問う言葉を投げかける。
 「神器への道は閉ざされて久しく、未だ辿り着けた者はありません。それでも敢えて挑まれますか?」
 彼等を見つめる女王の双眸は、僅かな迷いも見落とさぬ鋭さでアル達を貫いた。
 それを真っ直ぐに受け止めて、ミトラははっきりと頷いてみせる。
 「はい」
 「…解りました」
 揺るがぬミトラの眼差しは、エルフの女王のお眼鏡に適ったようだった。
 あどけない風貌に相応しい柔らかな笑みが幼い顔に戻る。
 「それでは、この子に泉の在り処まで案内させましょう」
 そう言って女王が腕を差し伸べると、何処からともなく1羽の梟が舞い降りた。
 おそらくは、神鳥と呼ばれる類の生き物なのだろう。真円を描く黒々とした眸からは高い知性が伺える。
 丁重に礼を述べて、アル達は早速ミールディンの泉に向かう為に女王の前から退がろうとした。
 だが、女王がレイを呼び止める。
 「お待ちなさい」
 レイは、訝しげに振り返るアル達を視線で促すと、独りその場に残った。
 他の3人が玉座の前から離れるのを待って、エルフの女王はレイにこう問いかけた。
 「我が血脈に連なる子供…貴方は、彼等と共に歩む事を望むのですね?」
 どこか痛みを孕む愛しげな目をして見上げてくる女王に、レイは黙って首を縦に振る。
 その答えを予期していたのだろう。
 女王は、ほんの少し寂しげな笑みを浮かべると、手首にかけていた腕輪を外してレイに差し出した。
 「では、これをお持ちなさい。エルフの護りが、1度だけ貴方を窮地より救うでしょう」
 細い鎖に貴石の花をあしらったその意匠は、女王の花冠と揃いのものだった。
 それだけで、この幼い女王がどれほど同族の身を案じているかが伝わって来る。
 「ありがとうございます」
 恭しく礼を述べて、レイは女王の心遣いを受け取った。
 彼女を待つ仲間の元へと向かうレイの背に、エルフの女王の声が届く。
 「貴方方の探索の旅が成就しますよう祈っています」



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