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2階はバスケットボールやバレーボールのコートを複数面確保できる広さを持つスタンド席付きの競技場で、3階にはトレーニングジムに瞑想室、各種武道を学ぶ為の板張りや畳敷きの道場もあれば、屋内プールやリハビリテーションを専門に行う理学療養室まで完備されている。 1世紀以上前の工場か倉庫のような古風な外装に反して、整えられた設備は何れも最新鋭の品ばかりだ。 だが、何と言っても特筆すべきは地下にある武器庫と工房、それに1階の練兵場だろう。 魔導騎士団というだけあって、LUX CRUXの任務には魔物狩りや悪辣な術士の討伐も含まれる。 それは、年少部隊といえども例外ではない。 適性や本人の意向次第では後方支援を専属で行う部署に配置される事もあるが、基本的には魔導による戦闘も主要な業務の内と考えるべきだった。 その為、隊員は全員入隊時に想定される戦闘行為及びそれに伴う危険性について承諾する旨の宣誓書の提出が義務付けられている。 当然、騎士団側も隊員の訓練や設備投資には相当以上に力を入れている、というわけだ。 武器庫には伝説の魔導器やら古今東西の聖槍魔剣名弓やらが集められ、工房では各方面からスカウトされた腕の良い職人が研究部門と共同で新たな武具の開発に日々勤しんでいる。 堅固な結界で守られた練兵場は、大勢が武器を振り回すのに充分な広さを備えているだけでなく、魔法仕掛けで灼熱の荒野から極寒の雪山まで様々な状況を再現できるようになっていた。 1時間という制限付きの医務室での任務を終えたステラ達3人は、少々くたびれた面持ちで練兵場を訪れた。 残りの試験は、ステラとティアラの【土星】とルディの【火星】だ。 別々の試験の筈なのに同じ会場に呼び出されたのを不思議に思いつつ待つ事暫し、控え室へと続く扉が開いて、2つの人影が現れる。 蠱惑的な曲線美と鮮やかなセイジグリーンの瞳が印象的なブルネットの美女と、石墨の髪に仔馬のように優しげな茶褐色の目をした赤銅色の肌の偉丈夫という10代の少年少女とは思えない風貌の2人連れは、受験生達の前までやって来ると前置きも無しに端的に名乗りを上げた。 「【火星】の司、エリカ=ドナーよ」 「【土星】の司、ロア=ハウルだ」 それから、ロアと名乗った武闘僧を思わせる体つきの少年は、肩に担いで来た袋から何やら細々とした品物を取り出して床に並べだす。 彼に代わって、エリカと名乗った【火星】の司は、燃え立つような髪の色に相応しい鮮烈な笑顔でこう宣言した。 「此処では、実戦形式で精霊魔法による攻撃と風水魔法を使った防衛の試験を行うわ」 実戦形式と聞いて、集まっていた受験生達の間に僅かに動揺が走る。 そんな後輩達の様子には頓着せずに、エリカは至ってにこやかに試験の内容を告げた。 「【火星】の受験者の任務は、ロア達が護るお宝を奪取する事」 「お宝?」 「これよ」 ステラとティアラが異口同音に漏らした疑問の声に応えて、エリカは軽く身を引く動作でロアが積み上げた品を示す。 其処に山積みにされていたのは、ステラ達が先刻の【金星】の試験で資料庫から探し出して来た魔導宝具だった。 【金星】の受験生達は見覚えのある品々を前に若干肩を落とし、事情を知らない隊員達は困惑の色を深める。 しかし、ロアとエリカは、彼等の心情を斟酌する事もなく、畳み掛けるように話を進めていった。 「【土星】の受験者にはそれぞれ1つずつアイテムを預ける。【火星】の受験者からそいつを護り抜いてくれ」 「攻撃側が誰の持つお宝を狙うかは指示に従って。もちろんあたしも参加するわ」 「奪ったお宝はそいつのもんだ。逆に、時間いっぱいまで護りきれば防衛側に与えられる」 「会場には強力な結界を張ってあるから思いっきり暴れても大丈夫よ。ご褒美も出る事だし、気合入れて頑張りなさい」 ロアが提示したご褒美と魅力的なウィンク付きのエリカの激励は、それなりに新人隊員達の気分を昂揚させる効果があったようだ。 予め実力的につり合う相手と対戦するよう巧妙に手配されている所為もあるのだろう。 互いに不慣れな魔法に振り回されている感はあるものの、練兵場のあちらこちらで熱戦が繰り広げられる。 そんな中、ステラは自身が属する【火星】の司であるエリカの攻撃に見事なまでに翻弄されていた。 「なんで俺の相手があんたなんだよ!」 頬を掠める雷の矢を間一髪で避けて、ステラは声高に不平を述べる。 ぎゃんぎゃんと小型犬のように噛み付くステラに、エリカは艶やかに微笑んでこう応えた。 「やぁね、決まってるじゃない。あなたがこの中で1番手強そうだからよ。司自らお相手してあげるんだから光栄に思いなさい」 「思えるかって!」 彼がロアから託されたのは――幸運にもというか、よりによってというか――ティアラが召喚した不死鳥の羽根だった。 査定の結果云々以前に、個人的な思い入れからこれは絶対譲れない。 とはいえ、元々地脈を読むとか気の流れを捉えるとかいった方面は鍛えて来なかった上に任務でも攻撃担当で護りに徹する機会などほとんどなかったステラとしては、羽根を包む結界を維持するのが精一杯で自身の身を護るだけの障壁を築く余力はない。 おかげで、【火の火星】という年少部隊でも随一の攻撃力を誇るエリカ相手に、碌な防御魔法もないままでの立ち回りを余儀なくされているわけだ。 一方、【土星】の司ロアはルディとティアラの2人を1人で相手取っていた。 本来なら、ティアラは【土星】の試験の対象者だ。 試験開始時には、ルディの対戦相手として防衛側にいた筈である。 それが何故ロアとの対決という構図になっているのかと言えば、偏に彼女の力が暴走した所為に他ならない。 ティアラが張った結界は、お宝を護るだけに留まらず、積極的に侵入者を攻撃するという凶暴な代物だった。 「攻撃は最大の防御」とはいえ、巻き込まれる周囲は堪ったものではない。 そこで、急遽ロアが彼女の結界を制御する役まで担う破目に陥ったというわけだ。 それでも、さすがに防御に優れた【土星】を統べるだけあって、彼の張った結界はプリンセス・ガードの2人をもってしても攻めあぐねるだけの強度を誇っていた。 ティアラの結界から放たれた火炎流を難なく撥ね退けて、ロアはティアラを支援するばかりで積極的に攻撃に参加しようとしないルディに声を掛ける。 「どうした、ルディ。お前は攻撃しないのか?」 「僕が攻撃系の魔法苦手なのは先輩も良く知ってるじゃないですか」 戦闘中とは思えないおっとりとした調子でそう返すルディに、ロアは面白そうに片眉を上げてみせた。 「お前のはコントロールが苦手なだけだろ。普段使い慣れてないから加減が出来ないんだ。防御の陣の構成を読み解けば攻略方法は解る筈だぞ」 「魔法陣の構成?」 傍から見たらまるで授業中の講師と受講生のように悠長な2人の会話を聞いていたティアラが、ことりと首を傾げる。 ややあって、何かに思い当たったのか、ティアラはぽんと両手を打ち合わせると嬉しそうにこう声を上げた。 「解った!」 結界を強化する魔法の手を止め、祈るように目を閉じたティアラの周囲に、俄かに陽炎のような霊気がゆらりと立ち上る。 同時に、ルディもまたロアの言葉の意味を理解したらしかった。 愛用のウィングドスピアを掲げた彼の身体を取り巻くように吹き始めた風が、次第に勢いを増して旋風へと変わっていく。 真っ先に異変を感じ取ったのは、やはり同じパーティーのメンバーであるステラだった。 「ティアラ!?」 それなりに離れた場所にいたにも拘らず弾かれたように彼女の方を振り返ったステラは、そこで展開されつつある状況に顔を引き攣らせる。 「うわ、まず…っ」 だが、目の前を過ぎるように飛来した炎の矢が、咄嗟に制止に向かおうとした彼の呟きを遮った。 エリカは、火炎呪を宿したダーツを手に挑戦的な笑みを浮かべる。 「対戦中に余所見なんて、随分余裕じゃない」 「違うっ!そんなんじゃねぇ!」 再度投げつけられた矢をぎりぎりのところで躱しながら、ステラは切実な声で危機を訴えた。 「本気でヤバイんだって!」 ティアラは、自身の結界を安定させる為に、ロアの魔法陣を支える力の源である土の属性を引き込もうとしていた。 その作用が、結界を形成する土の魔法を反対属性の風の魔法で相殺しようとルディが呼び起こした力に干渉する。 ただでさえ攻撃魔法については加減が利かないルディの魔法が反発するティアラの能力で不自然に歪められた結果、その勢いは相乗効果で爆発的に膨れ上がっていった。 練兵場を保護する結界が、力の歪みに耐えかねて悲鳴のように軋んだ音を立てる。 「くっそ――!」 ステラが渾身の力を込めた魔導障壁を発動させたまさにその瞬間、真っ白い閃光が闘技館を呑み込んだ。 |