ステラが次に向かったのは、同じ建物の地下にある資料庫だ。
 入隊式早々魔物に襲われたという因縁のある場所だけに、ステラはあまり気乗りしない様子で開け放たれた扉を潜る。
 「お、来た来た」
 彼等を待っていたのは、数名の美少女――ただしミニチュアサイズの――を傍に侍らせた年嵩の少年だった。
 秀でた額にはらりと落ちたウェーブのかかった黒髪に、黒と見紛うようなミッドナイトブルーの瞳、際立って整っているわけではないものの柔らかなテノールに似合いの甘やかな顔立ちには早くも男の色香が漂っている。
 後数年もすれば立派な伊達男に成長するであろう少年は、その魅力を遺憾なく発揮する笑顔で隊員達を迎え入れた。
 「ようこそ。ボクはジャン=フィル=エクロール。召喚魔法の考査を担当する【金星】の司です」
 背後で色めく一部の女子隊員を尻目に、ステラは初対面の相手に「苦手」のレッテルを張る。
 「みんなも知っての通り、召喚魔法っていうのは幻獣や精霊を呼び出して、その力を借りる術です。あ、精霊って言っても精霊魔法の「精霊」とは別物だよ。あっちはいろんな属性の魔法エネルギーを擬似生命体と見做してるだけだけど、召喚魔法で呼び出すのは実在の生き物だからね」
 ジャンと名乗った召喚士は、平易で親しみを感じさせる言葉を選んで後輩達に語りかける。
 「召喚魔法を使うには、一般的にまず幻獣達と契約を結ぶ必要がある、それは解るね?方法は人それぞれで、交渉して説得したりギブ&テイクだったり、場合によっては相手を屈服させる必要があったりする。特に強力な高位の生命体の場合、術者に力を示すよう求める傾向にあるね。見返りを求めるタイプなら魔力を提供したり憑代になったりっていうのが多いかな。あとは、1度限りの気紛れで応えてくれる事もあれば、純粋に理念に共感して進んで力を貸してくれる事もあるし、術者を気に入って守護獣みたいになる場合もあるけど」
 ジャンのその一言に、彼の周囲に集まった小さな美女達がくすくすと笑い声を立てた。
 「とはいえ、召喚魔法に馴染みのない君達にいきなり幻獣と契約しろって言っても難しいだろうし、そもそもそう都合良く召喚向きのフリーの幻獣がそこら辺をうろついてるワケじゃない。だから、今回はボクの契約してる小妖精《フェアリー》達に協力してもらうから」
 ジャンを取り囲んだ小妖精達は、一斉に小さな翅翼を羽ばたかせてそれに応える。
 「試験の内容は至って簡単だ。みんなにはこれからくじを引いてもらって、そこに書いてある品物をこの子達の力を借りて資料庫の中から探し出して来てもらう…まぁ、借り物競争みたいなものだね。制限時間は15分。健闘を祈るよ」
 言いたい事だけ言い終えたジャンは、にこやかにそう告げると壁際に下がって傍観を決め込んだ。
 残された隊員達は、戸惑いながらも硝子の鉢からくじを引いて割り当てられた任務に取り掛かる。
 だが、【金星】の試験に呼ばれたのは素質はあっても召喚魔法は初心者という子供ばかりで、しかも相手は気紛れで悪戯好きな小妖精だ。
 ほとんどの子供は彼女達の力を借りるどころか、意思の疎通を計る事も儘ならずに苦戦を強いられる。
 だが、ステラは彼等とは別の意味で弱りきっていた。
 「あーっ、もう、鬱陶しい!肩に乗るな!髪を引っ張るな!」
 数体の小妖精にじゃれかかられて苛々と声を荒げているステラの様子を眺めながら、ジャンは愉しげな感慨を漏らす。
 「うーん、やっぱり幼等部の頃から魔法生物を連れてるだけあって、人外の生き物に懐かれる性質なんだねぇ」
 「これを懐いてるって言うのか?」
 そんなジャンを胡乱な眼差しで見遣って、ステラは恨めしそうに訊き返した。
 「だいたい、その条件ならルディだって同じだろ?何であいつは【金星】の試験受けてないんだよ?」
 至極尤もなステラの疑問に応えたのは、彼の赤毛を玩具にしている小妖精だ。
 「ダメよ〜、あの子とあの子の魔法狼とは血族的な誓約で結ばれてるもの。他の相手とは契約できないわ」
 「だ、そうだよ」
 自身の使役する小妖精のませた物言いを引き取って、ジャンは澄ました顔で無情な宣告をする。
 「ちなみに、あと3分しかないよ。頑張って」
 「ほら、ご主人様もあぁ言ってるぞ。真面目に働いてくれって」
 「え〜、せっかく居心地が良いのに〜」
 甘えた口調で我侭ばかり言う相手に辟易していたステラは、ここに来て方向転換を図った。
 「さっさと仕事を片付けりゃ、ご主人様のところに戻れるだろ?」
 色男のジャンが彼女達を誑し込んでいるに違いないという彼の読みは見事的中して、小妖精達は俄然やる気を見せる。
 「それもそうね」
 「で、何を探すの?」
 「えーと、何だって?不死鳥の羽根?って、ひょっとしてあの時の?」
 件の騒ぎの際に深い傷を負ったランを癒す為にティアラが呼び出した幻獣を思い出したステラは、訝しげに首を捻る。
 「召喚獣が消えちまっても羽なんて残ってるものなのか?」
 ジャンは、ちらりと時計の針に目を遣りつつ何とも曖昧な微苦笑でこう応じた。
 「此処はちょっと場が特殊だからね」
 そうする間にも、彼の許を飛び立った小妖精達は天井近くまで聳える書架の上から目当ての品を見つけ出して来る。
 「見つけたわよ」
 「よし!良くやった!」
 誇らしげな表情で戻って来た小妖精達を掛け値なしの笑顔で労って、ステラは金赤に輝く羽根をジャンに差し出した。
 「残り30秒か。ぎりぎり合格だね」
 他にも数名の隊員が、どうにか時間内に指定の品をジャンに提出する。
 何の気なしに彼等が届けた品を見遣ったステラは、その品揃えに思いきり眉を顰めた。
 「エリクシール(3倍稀釈液)に、罷返しの珠・機能限定版〜?治癒・回復系アイテムの複製品ばっかじゃん。こんなもん集めて、一体何するつもりだよ」
 呆れたといった態で声を上げるステラを、ジャンは柔和な笑顔で窘める。
 「武器を集めるよりは平和的だろう?」
 周りの子供達がうっとりと感心するのを他所に、ステラは胡散臭そうに鼻を鳴らして不信感を表した。




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