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魔導騎士団LUX CRUXの年少部隊本部は、中世ヨーロッパに端を発する総合大学を思わせる複合施設群の様を呈している。 石造りの城壁に囲まれた正方形の広大な敷地には、豊かな緑の中に歴史の趣を感じさせる外観を持つ建造物が建ち並ぶ。
真南に位置する正門をくぐると目の前がレセプションセンターになっていて、壮麗な青金石の丸天井の美しいエントランスが来訪者を出迎える。 ホールを抜けると、隊長副隊長等役員の執務室に賓客との会談に用いられる懇談室、幕僚本部を始めとする各種会議室と通信施設、財務や外部との折衝を掌る総務部等からなる事務局が在り、その背後には医療棟と研究棟が並び立っている。 これらの建物を挟むような形で、東側には隊舎とそれに付随する食堂や購買部などの商業施設、西側には学舎と運動場が配されていた。
敷地の中央には白い大理石の噴水があり、そこから東西南北に石畳の櫟の並木が伸びている。 噴水の周りは芝生を敷き詰めた広場になっており、更にその外側の北半分を熱帯から極地まで様々な気候を再現した植物園が占拠していた。
敷地の最北部、正門に正対する位置には半円形の荘厳な白亜の講堂が建ち、その左右には中庭の外周を廻る舗道に沿って扇型の建造物が並んでいる。 北東に建つのが図書館や資料庫、展示室や解析室等を擁する博学館、北西を占めるのが屋内プールやトレーニングルームに大規模な演習施設、武具の工房等を備えた闘技館である。
中庭を包み込む巨大な鳥の翼にも見えるこの二棟は、実際別の意味でも正しく部隊の両翼と呼べる存在だった。 そのうちの1つ、闘技館の1階の大部分を占める練兵場の入り口に、年少部隊隊長のシェルアとランの姿がある。 「朝からすまないな」
時刻は午前8時。早朝とまでは言わないが、本来の出動・登校時刻には幾分間のある時間帯を考慮したものか、シェルアは清楚な容貌のわりに凛々しさに勝る端的な口調で背後に佇むランにそう労いの言葉をかける。 いえ、と控えめな態度でそれを受け止めて、ランは静かに口を開いた。 「これも査定の一環と伺っていますから」 「まぁな。今回の【月】の試験はこれで終了だ。後はゆっくり休むと良い…と言いたいところだが、そうもいかないようだな」 今回の査定にあたって幾つかの部署がランに協力要請を出している事を知っているシェルアは、花の顔に苦笑と同情の入り混じった表情を浮かべてランを顧みる。 暗にその身を案じるシェルアの口ぶりに、ランもまた微苦笑を浮かべてこう応えた。
「ご心配なく。いくら俺でも、それほど虚弱ではありませんから」 「なら良いが、心配性で世話焼きなお仲間が煩くてな」 「あまり無理はしない事だ」と言いおいて、シェルアは再度振り返ると、練兵場全体に視線を走らせる。 目に見える眺めに特に変わった点はない――少なくとも、今のところは。 だが、場内を見渡したシェルアは、満足げに頷いた。 「それにしても、見事な術だ。成果が楽しみだよ」 愉しげなその後姿に、ランはそっと溜め息をつくと肩を竦めてみせる。 「発動せずに済めば、それに越した事はないでしょうけどね」
+ + +
同日、午前9時少し前。
「やっぱ、おかしいだろ」
事務局の1階ロビーに設置された考課査定の受付の前で、ステラは本日何度目かになる愚痴を零していた。
「同じ任務こなしてんのに、なんで俺だけほぼ全科受験なんだよ」
彼の手には、所属する精霊魔法の【火星】と賢者の【月】を除く5つの部門――神聖系魔法の【太陽】、言霊魔法の【水星】、召喚魔法の【金星】、錬金術の【木星】、風水術の【土星】――の紋章が入ったカードが握られている。
それらは、何れも1週間前に配られた考課査定の召喚状だった。
同様に、ルディは【太陽】と【火星】、【水星】のカードを、ティアラは【太陽】、【水星】、【木星】、【土星】のカードを手にしている。
ついでに言えば、プリンセス・ガードのメンバーの中で唯一この場にいないランに届けられたのは【月】のカード1枚だけだった。
同じパーティーのメンバー間でこうも評価が違っていては、ステラが不平を漏らしたくなる気持ちも解らないではない。
「ランのヤツ、報告に手ぇ加えてんじゃねぇだろーな」
八つ当たりは承知で恨み言を口にするステラを聞き咎めたのだろう。
年少部隊副隊長のキーラムが、宥めるように口を挿んできた。
「彼のレポートは極めて客観的かつ的確で解り易いと評判だよ」
今回の考課査定の統括責任者を務める彼は、試験を前に緊張する他の隊員達を他所にうだうだと管を巻いているステラを相手に時間を潰す事にしたらしい。
普段シェルアに接する時ほど言葉遣いは堅苦しくはないものの、部下に対するには穏やかな調子で親切に事情を説明し始める。
「プリンセス・ガードは役割分担がしっかりしているだろう?風水系の魔法で護りに徹するルディ、召喚をメインにしつつ精霊魔法も用いて攻撃とサポートを担うティアラ。万能型のランは、治癒・浄化をメインにしつつ状況に対処すべく遊撃隊として動く。そうなると、必然的に攻撃面での主力が君という事になる。任務中に携わらない分野については考課に反映させようにも評価のしようがない。結果として、攻撃に専念している君の査定はどうしても試験に頼る部分が多くならざるを得ない訳だ」
ちなみに、ルディが【木星】を免除されているのは、実家の家業の関係で本草学に長けている点が評価されての事だとキーラムは言い添えた。
更に、それでも尚往生際悪くぶつぶつと呟いているステラの気を逸らそうとでもいうのか、こんな内情まで語って聞かせる。
「それに、受験科目の多さはそれだけ君が注目されている証でもあるんだよ。最初から適性が全くない事が判っていればわざわざ試験を受けさせる必要はないだろう?才能が見込まれているからこそ、各分野の司はその実力を測りたいと望むんだ」
そこには気分の高揚を狙う意図も含まれていたのだが、生憎とステラはその程度の煽てに乗るほど単細胞ではなかった。
代わりに、半ば呆れたような、疑心暗鬼とも取れる表情で声を潜めてこう訊ねる。
「…ひょっとして、考課査定って隊員のスカウト合戦も兼ねてたりするワケ?」
キーラムは、にっこりと微笑むだけで、その問いに答えようとはしなかった。
そこに、計ったようなタイミングで館内放送が流れる。
「本日の考課査定第1科目の試験を開始します。受験生は各会場に入場してください」
「ほら、出番だ。行っておいで」
笑顔のキーラムに促されて、ステラ達3人は煙に巻かれたような気分のまま指定された試験会場へと向かった。
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