魔導騎士団LUX CRUXの年少部隊隊員は、基本的に敷地内に在る隊舎に入居する事になっている。
 寮監や保育士が住み込みで生活全般の面倒を見る幼等部の宿舎が2人部屋の如何にも学生寮といった造りなのに対し、年少部隊の隊員には簡易キッチンやユニットバスを備えた個室が宛がわれる。
 幼等部からの繰り上がり組の隊員も、正式に徽章を与えられチームを組む頃には隊舎を移るのが慣例だった。
 もちろん、隊舎内には食堂や売店もあるし、ランドリーサービスを始めとする家事代行システムを利用する事も出来る。
 入隊したばかりの年若い隊員や多忙なメンバーの為にそういった心配りをする一方で、基本的に自立した生活を送る環境を用意する事で社会に出た時に隊員達が困る事がないよう配慮する――魔導士の保護・育成を旨とする魔導騎士団LUX CRUXらしい制度のひとつと言えよう。
 年少部隊期待の新人にして無類のトラブルメイカーでもあるプリンセスガードの4人はその朝、食堂で朝食を摂る為に階下のロビーで待ち合わせをしていた。
 「う〜、眠ぃ」
 覇気のない声で唸りつつ階段を下りて来たステラに、明るく爽やかな声が投げられる。
 「あ、おはようステラ」
 途端にそれまでの寝惚け眼はどこへやら、喜色満面で声の主の方を見遣ったステラだったが、にこやかに笑って手を振るティアラとその彼女の襟元のリボンを結び直しているランの姿を目にして何とも言い難い顔つきで歩みを止めた。
 ティアラに微笑みかけてもらえたのは嬉しいけれど、当たり前のようにランが何くれとなく彼女の世話を焼いているのを見るのは悔しいような、でもちょっと羨ましいような…等とぐるぐると葛藤するステラの代わりに、後ろからついて来たルディがおっとりと挨拶を返す。
 「おはよう、ティアラ、ラン」
 「朝からオツトメご苦労さま」
 くすくすと笑みを孕んだ声で告げられたティアラの労いの言葉に、ランが微かに口許を緩ませる。
 寝起きの悪いステラを起こすのは、幼等部時代からの友人で元ルームメイトでもあるルディの役目だった。
 ルディは、他意のない笑顔で応じる。
 毎朝恒例となりつつある彼等の遣り取りを、他の隊員達は遠巻きに眺めていた。
 稀少な幻獣使いのティアラに、年少部隊で唯一の【月】の魔法使いラン、年少部隊長お墨付きの実力者兼トラブルメイカーのステラと、常に彼をフォローする影の功労者ルディという取り合わせは、良くも悪くも周囲の関心を集めずにはおかない。
 優秀な成績で任務をこなす一方で一筋縄ではいかない破天荒さも併せ持っている辺りも、年頃の子供達には魅力的に映るのだろう。
 かといって、彼等の親密そうな様子――ステラ辺りが聞いたら全力で否定しそうだが――や実力の差を考えると、大抵の子供達は気後れしてしまうらしい。
 だが、何事にも例外は存在するし、彼等にも親しい友人くらいはいる。
 「よ、おはよーさん」
 そう気安く声を掛けたのは、ステラ達の同期生で【翠の木星】のシゲルだった。
 「はよ〜」
 返事をするついでに彼がやって来た方向を何とはなしに眺めたステラは、其処で見出した光景に怪訝そうに眉を顰める。
 「なんだ?なんか朝っぱらから騒がしいな」
 見れば、玄関ロビーに設置された掲示板の前で隊員達が集まって何やら話し込んでいた。
 その人だかりは、何故か郵便受けが並ぶ一画にまで広がっている。
 「あぁ、あれ」
 ステラの視線を辿って疑問の原因を悟ったシゲルは、あっさりと回答を口にした。
 「考課査定の通知が貼り出されたんだ」
 「考課査定?テストなら、この間終わったばっかりじゃなかったっけ?」
 んー?と小首を傾げるティアラの思い違いを、シゲルはひらひらと掌を閃かせて訂正する。
 「あれは学力試験。まぁ魔法史学とか多元生物学とか薬学とか、一部一般的じゃない科目も含まれるけど。で、今度のはもっと実践的な試験ってワケ」
 「あー」
 繰り上がり組のステラとルディには、その説明で十分だったらしい。
 遠い目をする2人に追い討ちを掛けるように、シゲルは意地悪く片頬を歪めてみせる。
 「新入隊員はクラス分けの評価も絡んでくる関係で基本全科必須だからね。みんな戦々恐々だよ」
 「うわぁ、ヤダヤダ。めんどくせぇ」
 「良いじゃないか。プリンセス・ガードは新人にしちゃ出動回数が多いだろ?考課査定では普段の授業や任務での活動も評価対象に含まれるんだ。実際に受けなきゃいけない試験は俺等より少ない筈だぜ」
 うんざりと呻くステラを宥めるようにシゲルが口にした慰めは、予想外の方向に話題を展開させた。
 ステラは、訝しげな表情でこう言ったのだ。
 「任務中の行動なんてどうやって把握するんだ?毎回本部の人間が見張ってるわけじゃあるまいし」
 「まさか。その為に、レポートの提出が義務付けられてるんじゃないか」
 「レポート?そんなもん書かされてたっけ?」
 呆れたように目を丸くするシゲルと、真顔で首を捻るステラ。
 どこまでもかみ合わない2人の遣り取りに痺れを切らしたのか、深々と溜め息を落としたランが静かに口を挿む。
 「…報告書なら、俺が提出してる」
 「おバカなリーダーを持つと苦労するねぇ」
 シゲルは、ランの肩に手を置いてしみじみと同情の意を表した。
 その上で、改めてステラに向き直ると、根気良く先程の説明を続ける。
 「ともかく、そのレポートと依頼主の評価、場合によっては事件に関わった関係者からの報告も加味して考課に反映するって話だからさ」
 「ふぅん」
 それでもいまいち腑に落ちていないような気のない反応を返してくるステラに、シゲルは一応釘を刺す。
 「今朝のうちに郵便受けに各分野からの召喚状が届く事になってるから、ちゃんと確認しとけよ」
 「ちなみに、俺は【月】と【木星】以外全部だったけどね」という一言を残して食堂に向かうシゲルの後姿を見送って、ステラ達は戸惑いがちに顔を見合わせた。




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