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人形のように見事な巻き毛、ぱっちりとした大きな瞳、桜桃のようにぷっくりとした唇と林檎のような赤い頬。 そういった容貌の愛くるしさに加え、疑う事を知らぬ幼い子供特有のあどけなさや、感情を偽らない素直さが、活き活きとした表情から自然と見て取れる。 その様子は、兄のラウルが常に張り詰めた空気を漂わせているのと見事なまでに対照的だった。 確かに、天使と呼ばれるだけの事はある。 内心でそんな風に感心しているステラ達に、ルカはにこにこと人懐こい笑みを浮かべてこう問いかけてきた。 「お姉ちゃん達も天使様から魔法の力を貰ったの?」 「天使様?」 不思議そうに訊き返すティアラの背後で、ステラは僅かに眉を顰める。 だが、彼が何か言いかけるより早く邪魔が入った。 「いたぞ!」 村から続く道の方に視線を投げると、穏やかならぬ気配に身を包んだ集団がぞろぞろと姿を現した。 ルカより僅かに年嵩な子供が何人かと、ラウルと同じくらいの年の少年達、それに大学生と思しき二十歳前後の青年も数人含まれている。 全員が揃いも揃ってかなり険悪な顔つきで、野球のバットやテニスラケット、スパナ等を手にしている者も多い。 数を頼みに武器になりそうな得物まで用意している以上、穏便に話し合い、などという用向きではあるまい。 ステラは、小さく舌を打って秘かに身構える。 「あいつだよ、兄ちゃん!あいつが妙な力でオレ達を攻撃してきたんだ!」 どうやら、先だってルカに撃退された隣町の悪童達が、年長の身内を引き連れて復讐しに来たらしい。 おそらくは先に手を出したのだろう自分達の悪行は棚に上げて、子供達は悪し様に言い募る。 「あいつ、絶対おかしいよ!あんなの人間じゃないって!」 「こんな薄気味悪い森の傍で住んでるんだ、きっと魔物の仲間なんだ!」 彼等の悪意は、不穏な噂の所為で浮き足立っていた少年達に容易く伝染した。 「悪魔憑き!」 「呪われたガキが!」 「ここから出て行け!」 最初は口々に罵っていただけだったのが、1人が足元に転がる木切れを拾って投げつけるとすぐに他の者もそれに倣う。 ルディは、わけも解らぬまま立ち竦んでいるルカ達の前に障壁を築いて2人を守ろうとした。 目標を逸れた石礫を、ステラの鞭が叩き落す。 しかし、暴力的な空気に呑まれた少年達の攻撃はエスカレートする一方だった。 家の窓に石を投げ込む者、木製のフェンスを蹴り倒す者、闇雲に手にした武器を振り回して辺りに叩きつけている者もいる。 遂に、1人の青年が火かき棒を振り上げてルカに殴りかかった。 「止めろ!」 ラウルは、咄嗟にルディの結界を飛び出し、雪掻き用のスコップを掴んで応戦する。 「何でこんな事をするっ!ルカが何したって言うんだ!!」 容赦なく殴りかかって来る青年の攻撃を必死に防ぎながら、ラウルは理不尽な襲撃者を怒鳴りつけた。 一方、今や悪魔狩りの狂気に取り憑かれた青年もまた、血走った眼でラウルを見据えて調子の外れた罵声を返す。 「うるせぇ!あいつは悪魔の力で子供を襲ったんだ!庇い立てするならてめぇも同類だ!」 「ルカは悪魔憑きなんかじゃない!!」 そうする内に、青年と揉み合っていたラウルのこめかみを、別の子供が投げた礫が直撃した。 切れた額から、真っ赤な血が頬を伝って流れ落ちる。 その瞬間、目の前で繰り広げられる惨劇を半ば呆然と眺めていたルカの表情から戸惑いが消え去った。 大切な家族を傷つけられた怒りが、純粋なルカの心を支配する。 ルカの変貌に気づいたステラ達の制止は、僅かの差で間に合わなかった。 「お兄ちゃんを苛めるな!!」 甲高い叫び声と同時に、爆発的な勢いで烈風が巻き起こる。 「ぎゃっ」 「な、何だ!?」 不自然に荒れ狂う風に周囲を取り囲まれ、恐怖と困惑に立ち尽くす襲撃者達に向かって、電撃の鞭が走った。 だが、暴発したルカの力は、彼等を襲う寸前でその向きを変える。 見えない壁に弾かれたかのように捻じ曲げられた力の先には、向かい来る雷撃を臆することなく見据えるランの姿があった。 「ランっ!!」 目の前に七星の紋様を持つレイピアを掲げたランが、襲い掛かる電撃を真っ直ぐに受け止める。 いや、受け止めたのではない。正確に同じ強さの魔力をぶつけて相殺したのだ。 しかし、雷刃を鎮める事は出来ても、衝撃までは殺しきらない。 弾き飛ばされたランの身体を、間一髪回り込んだステラが抱き止める。 「何やってんだよっ!」 すかさず怒鳴りつけるステラに、ランは苦しげな息の下から切れ切れに言葉を返した。 「あの子に、彼等を傷つけさせるわけにはいかない、から」 「だからって、てめぇで攻撃を受ける事ないだろ!あの程度なら簡単に弾き返せるだろうがっ!」 「魔法による攻撃を返されれば、術者が傷つく。ルカには、呪返しから身を護る術がない」 「そんなもん、」 自業自得だ、と続けようとしたステラの耳に、耳障りな悲鳴が届く。 「う、ぅわあっ!!」 恐怖のあまり硬直していた襲撃者達が、正気に返ったのだ。 1人が武器を投げ捨てて身を翻すと、少年達は相次いで戦いを放棄した。 腰を抜かして這い蹲っている仲間を見捨てて我先にと逃げ惑う様は見苦しい事この上ないが、放っておけば後々更に厄介な事態になるのは目に見えている。 そうなる前に、対策を講じる必要があった。 ちっと再び舌を鳴らして、ステラはルディの背に庇われているティアラに呼びかける。 「ティアラ!」 「うん」 ステラの意図を汲んだティアラは、中空に手を差し伸べてこう囁きかけた。 「おいで、ヒュプノス」 細く嫋やかな指先に小さな旋風が生まれ、緑色の髪をした有翼の青年が現れる。 ふわりと空に舞い上がった青年が手にした木の枝を一振りすると、襲撃者の集団は次々とその場に倒れ込んでいった。 呆気に取られているラウルを安心させるように、ティアラが柔らかな口調で事情を説明する。 「眠りの魔法よ。これで、目が覚めても、あの人達にとって今の事は夢の中の出来事と同じになるから」 だから、もう大丈夫。 そう言って、ティアラはラウルの背後で自失しているルカに歩み寄ると、その身体をそっと抱き締めた。 宙を彷徨っていたルカの視線が、ふっとティアラの笑顔に焦点を結ぶ。 大きく瞠られた双眸から、澄んだ涙がぽろりと零れ落ちた。 |