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普段、物事に動じない性質のルディにしては珍しく直截な反応だ。 一見したところ、その家の外観そのものに風変わりなところは見当たらない。 こじんまりとした、けれど住み心地の良さそうな煉瓦造りの一軒家だ。 白い木のフェンスに囲まれた庭は特別な手入れをされているわけではなさそうだが、フェンスの下の植え込みでは積もった雪の中からスノードロップが可憐な花を覗かせ、敷地の片隅に植えられた林檎の木にはたわわに実が生っている。 だが、それとは対照的に、家の裏手に繁る常緑樹の森では不自然に葉の落ちた木や下草の枯れた場所が目立った。 何かに怯えるように、ティアラはランのコートの袖をきゅっと掴む。 この地を満たす大気の乱れは、魔法使いならずとも多少敏感な人間なら耐え難く感じる程不自然なものだった。 あまりに顕著な歪みに対する嫌悪感と悪い予感が的中した事に対する危機感から言葉もなく立ち尽くすステラ達の背に、刺々しい声がかかる。 「人の家の前で何してるんだ?」 振り返った先に立っていたのは、尖った声に違わず剣呑な目つきの少年だった。 年の頃は十代後半、短く刈り込まれた黒髪と均整の取れた体つきが如何にもスポーツマンといった雰囲気を醸し出している。 甘めの顔立ちも整っていて、これでもう少し愛想が良ければなかなかの好男子と言えるだろう。 残念ながら、友好的とは言い難いきつい眼差しに加えて、口許の痣や絆創膏が彼の印象を険悪なものにしていた。 「あんたがラウルだな?」 こちらも初対面の相手に接するにしては随分とぞんざいな態度で、ステラが一行を代表して口を開く。 「司祭殿の紹介でルカに会いに来た」 「…教会の関係者には見えないな」 司祭の伝手とはいえいきなり自分達を名指しで訪ねて来た見ず知らずの招かざる客――しかもローティーンの子供が4人だ――とあっては、警戒するなという方が無理だろう。 まして、ルカは「特別」な子供だ。 胡乱気に眉を寄せるラウルに、ステラはふんと鼻を鳴らして皮肉な笑みを浮かべてみせた。 「俺達は教会の人間じゃない。むしろ、あんたの弟と同類だ」 含みのある物言いに、ラウルの肩が僅かに跳ねる。 彼の動揺を冷静に見極めつつ、ステラは敢えて挑発的な態度で矢継ぎ早に問いを繰り出した。 「あんたの弟は子供達から天使様だなんて言われて慕われてるよな?皆の願いを叶えてくれるって?でも、その一方で立て続けに起こってる怪事に不信感を抱いてる大人達からは悪魔憑きなんて噂されてる。日曜学校に行かせないのは、周囲の視線が気になるからか?大方そいつもルカのコトを悪く言うヤツと喧嘩にでもなったんだろ?」 そう言って、ステラは顎をしゃくる横柄な仕草でラウルの顔の傷を指し示す。 図星を指されたラウルの頬にカッと朱が上った。 「ルカは悪い事なんてしちゃいない!恵まれた力を皆の為に役立てようとしてるだけだ!」 「その力で、他人を傷つけたとしてもか?」 感情的に反論するラウルの言葉を、冷ややかなランの声が遮る。 ぎくりと身を強張らせたラウルを真っ直ぐに見つめて、ランは静かに語りかけた。 「倫理観の未発達な小さな子供にとって、善悪の判断基準は極めて単純なものだ。誰かに「悪いヤツを倒してくれ」と頼まれたら、君の弟は何の疑問も抱かず力を揮うだろう。現に、友人を苛めたという隣町の子供に危害を加えてしまっている。これが何を意味するか解るか?」 司祭の話を聞いていた時からの寡黙さが嘘のような饒舌さで、ランは容赦なく辛辣な現実を指摘する。 「世間は君達が思うほど寛容じゃない。ささやかな願いを叶える程度の異能なら歓迎しても、強大過ぎる力の持ち主は異端とみなして拒絶する。まして少しでも自分達を害する惧れがあれば徹底的に排除しようとするだろう」 多数決の原理は、時に少数の側に置かれる者の権利を侵害する。 更に、群集心理と匿名性は人々から理性と仁徳を奪い、残忍さを加速させる力を持っていた。 或いは、それこそが魔法使いという希少種に対する人という種の防衛本能だったのかもしれない。 結果として、古来多くの能力者が迫害の憂き目に遭ってきた。 魔女狩りや異端審問によって命を奪われた者だけが犠牲者だったのではない。 ある者は神仏に封じられる事で力を削がれ、ある者は生地を追われ流浪の生を余儀なくされた。 ラン自身も、ある意味月瑠の家に縛られていたようなものだ。 それが自身で選んだ戒めだったとしても、いや、だからこそ、ランは魔導の力を持つ者の在り様に心を砕くのだろう。 蒼褪めた頬を震わせるラウルを宥めるように、ルディが穏やかに口を挿む。 「それに、ルカの能力は使い方を誤れば術者本人も蝕んでいく類のものなんだ。今のルカは自分の力をちゃんと制御できてない。このままじゃ、ルカやあなたに悪い影響が出るのも時間の問題だと思う。僕達は、そうなる前にあなた達を助ける為に呼ばれたんだ」 ルディの心の篭った言葉には、頑ななラウルの態度を幾分なりと和らげる効果があった。 ラウルは、揺れる視線をステラ達に向けて口を開きかける。 そこに、家の中から幼い子供の無邪気な声が聞こえてきた。 「お兄ちゃん?お客様なの?」 「ルカ!」 はっと我に返ったラウルが、弟を制止しようと厳しい声でその名を呼ぶ。 だが、ラウルが家の方を振り返った時には、既にルカは玄関の扉を開いてしまっていた。 |