半円形の講堂に扇状に並んだ子供達の名前を、壇上に立つ少年が読み上げていく。
 声変わり前の柔らかな声が1人、また1人と名前を呼ぶ毎に、中空に目に見えない波紋が描かれては消えていく。
 楽器の弦の振れが生み出す波動にも似たそれは、言霊の魔法が発動している印だった。
 魔導を扱う者にとって、名前は重要な意味を持つ。
 精霊や召喚獣との契約は術者の名の下において交わされるし、敵に名を握られる事は時にその命と力を支配される事をも意味するのだ。
 それ故、古くから魔法に通じる家で育った者の中には、真名と呼ばれる隠し名を持つ者も少なくない。
 少年が読み上げているのはそういった類のものではなく所謂表向きの名前だったが、それでも本人が認めた上で力有る者が唱えれば充分な拘束力を発揮した。
 全員の名前を呼び終えた少年は、名簿に落としていた視線を上げると、姿勢を正してこう宣誓する。
 「以上を代表して、私ラン=ユエルは魔導騎士団
LUX CRUX年少部隊への入隊を宣言し、邪法の根絶と魔導秩序の維持という理念に基づき智力を尽くす事をここに誓約する」
 その瞬間、新入隊員である子供達と騎士団との間に正式な魔道契約が結ばれた。
 多くの目が見守る中、宣誓の儀という重責を終えたランは落ち着いた足取りで演壇を下りる。
 未だ魔法の余韻が残る講堂内は、水を打ったようにしんと静まり返っていた。
 と言っても、中にいるのは子供とはいえ魔法使いだ。静寂がそのまま沈黙を意味するとは限らない。
 今も、意味有りげな視線や憶測だけでなく、無数の思念が音のない言葉となって厳粛な空気の中を交錯しているというのが実状だ。
 そんな中、幼等部隊からの繰り上がり組の子供達が集まる一画で、ルディが声にならない呟きを漏らした。
 「ふぅん、あの子が月瑠【ユエル】家の前当主なんだ」
 「月瑠家?あれ、さっきのロシアンブルーだろ?」
 風精が運んで来た言葉を耳にしたステラが、ちらりと隣を見遣る。
 ルディは、同じく風精魔法で問いかけるステラの方を振り返る事はせずに、真っ直ぐ前を向いたままそっと唇を動かした。
 「月瑠家は、極東地域に本拠地を置く血族中心で構成された神聖系の魔導結社のひとつだよ。って言っても、一般の聖職系の組織と違って特定の神を奉じてるわけじゃないし、宗教を足懸かりにしてるわけでもない。強いてあげれば自然崇拝とか神仙思想、陰陽道系に近いかな?代々高い魔力を有する魔導者を輩出する家柄で、その力を世界の安定の為に用いる事を理想として掲げてる。この手の組織のご多分に漏れず秘密主義っていうか閉鎖的な色合いが強いけど、外部の組織と協力して活動する事も多いからけして排他的ってワケじゃないんじゃないかな」
 黒目がちの大きな双眸の所為もあって見る者にあどけない印象を与えがちな顔立ちに相応しいおっとりとした言葉遣いながら、風がステラの耳許に運ぶルディの解説に子供っぽさはない。
 「で、前当主は歴代の首脳陣の中でも有数の実力の持ち主だったんだけど、ある日突然その位を退いたらしい。継承時にも魔導的に大きな混乱はなかったから原因不明の退陣を訝しんでいろんな噂が飛び交ってたけど、少なくとも魔力が枯渇したってワケじゃなさそうだね。何しろ、うちの騎士団に主席で外部編入してくるくらいだもん」
 「随分詳しいな、ルディ」
 呆れ半分で感心するステラの様子に、ルディは仄かに苦笑した。
 「その筋じゃ有名な話でしょ。ステラが疎すぎるんだよ」
 それに反駁しかけたステラだったが、入隊式の進行を司っているスキンヘッドの少年の一言に機会を奪われて黙り込む。
 「次に、年少部隊隊長より訓示を行う」
 その言葉に続いて演台の前に現れたのは栗色の髪の小柄な少女だった。
 年の頃は17、8歳。進行役の少年より1つ2つ年下に見える。
 肌はミルク色で双眸は淡い藤色。楚々とした居ずまいは今時深窓のご令嬢でも斯くやといった風情で、魔導騎士として戦いに身を置く立場にある人間だとは到底思えなかった。
 少女は、演壇からほぼ半円に近い扇型の堂内を見渡すと、澄んだ声で一同に語りかける。
 「魔導騎士団
LUX CRUX年少部隊隊長、シェルア=アスターだ。まずは諸君の入団を祝福する」
 儚げな容貌に似合わず、きびきびとした口調で名乗る姿には周りを圧倒する覇気が漲っていた。
 それでいて相手を萎縮させるのではなく、心を惹きつけて放さない吸引力を持っている――人の上に立つ者に特有のカリスマといったところだろうか。
 シェルアと名乗った年少部隊隊長は、緊張気味の新入隊員を前にやや表情を和らげる。
 「とはいえ、諸君等はまだ年若い。それ故、平時に於いては魔導研究や武術の鍛錬の他に同じ年頃の子供達と変わらない教育を受ける事になる。真っ当に行けば、年少部隊での任期満了に当たる21歳までには高等学校卒業程度の学力を身につける事が出来るし、望めば努力次第で博士号までの取得も可能だ」
 魔導騎士団
LUX CRUXでは、幼等部隊に引き続き年少部隊でも隊員の教育にも力を入れていた。
 他の魔導集団には見られないこの特色に加えて団員寮での生活が保証されている事で、保護者は安心して我が子を託す事ができるのだ。
 結果として、魔導騎士団
LUX CRUXには既存の団体や組織の枠を超えて幅広く人材が集まって来る。
 魔導士の保護・育成という理念の実現と合わせて一石二鳥の運営方針という訳だ。
 それを踏まえた上で、シェルアはこう明言する。
 「ただし、諸君の本分はあくまで騎士団員として任務を全うする事にある。この事は、常に念頭においておいて欲しい」
 厳しい言葉に困惑した子供達だったが、すぐに自尊心から誇らしげに瞳を輝かせるようになった。
 彼等の表情から甘さが抜けた事に、シェルアは満足そうに頷いて先を続ける。
 「団員心得にも明記されている通り、我が騎士団は特定の国家や団体に帰属する事のない独立した機関である。一方で、諸君等の中には、それぞれ思想や信仰を持つ者も多いだろう」
 魔法使い、特に神聖魔法の使い手は、神に仕える者が多い。
 それでなくても、少数派である魔導士は昔から同じような能力を持つ者が集まってギルドを築き上げる事で身を護ってきたのだ。
 同じく魔導に携わる者として、騎士団もその事は充分理解していた。
 「諸君が拠り所とするそれらを捨てろとは言わない。しかし、己のそれを他者に強制したり、他者の価値観を否定してはならない」
 太古の時より、互いに異なる神を戴く者同士が対立した結果、戦争や虐殺といった悲愴かつ非道な行為が何度も繰り返されてきた。
 その事に想いを馳せた新入隊員の間に僅かに動揺が生じる。
 シェルアは、敢えて笑みを浮かべて砕けた調子で言い添えた。
 「要は、確固たる信念の下に他者に寛容たれ、という事だ」
 清楚な美貌は、笑うと途端に大輪の花が咲いたような艶やかさへと印象を転じる。
 見る者を魅了する笑顔のまま、シェルアは更に言葉を重ねた。
 「魔導の私用については特に禁じていない。生れ落ちた時から意識せず魔法を用いている者もあるだろうからな。だが、その力を悪用、濫用するとなれば話は別だ。何を持って悪となし、濫用と判断するかは諸君の良識と常識に委ねるが、基本的には人の道を踏み外さない事、他者の権利を侵さない事だな」
 子供達にも解り易いシンプルな言葉で語られるそれが意外と難しい事は、こうしてわざわざ訓示される事実からも明らかなのだが。
 「それでなくても魔法使いの類に対する世間の風当たりは依然として厳しい。罪を犯し、無辜の人々を脅かすような事があれば、即刻異端として排除される要因となる。魔女狩りの悲劇を再発させない為にも、軽はずみな行動は厳に慎まねばならない。解るな?」
 それは、少しでも魔導に縁のある家で育った者はもちろん、能力に目覚めるまで魔法などというものとは無縁の生活を送ってきた者にも少なからず身につまされる話だった。
 真剣な面持ちで耳を傾ける子供達にもう1度微笑みを投げかけて、シェルアは訓示を締め括る。
 「まぁ、何はともあれ諸君の魔導騎士団
LUX CRUXでの活躍に期待すると共に、ここでの経験が有意義なものになる事を祈る」
 新入隊員達は、軽く握った右の拳を心臓のある左胸に押し当てる
LUX CRUX独特の敬礼で部隊長に返礼した。




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