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ニヴェウス
―虚ろなる神の居城―
立方体(キューブ)から石版を外した途端、横殴りの突風が襲い掛かってくる。
俺を護ってた魔法の効果が消滅した所為で、世界の崩壊の余波をまともに喰らってるのだ。
硝子張りの天井には見る間に亀裂が走り、室内には竜巻が巻き起こってる。
こんな状況で防御を手放すなんて自殺行為だ。
それでも、今はこの策に賭けるしかない。
俺は、立方体(キューブ)から外した5つの石版をスリングショットで飛ばした。
気休め程度の風の魔法で、かろうじて軌道を維持する。
狙い通りの位置に石版が配されたのを確認した俺は、左手に高々と立方体(キューブ)を掲げて声を張り上げた。
「アル・ファズール!」
怒りに狂って半ば放心していたアル・ファズールが、ほんの一瞬俺を顧みる。
その一瞬で充分だった。
床に落ちた5つの石版から放たれた光芒が、次々にアル・ファズールを取り囲んでいく。
そうして、彼を中心に五芒星が完成した瞬間、アル・ファズールの齎す破壊の全てが止んだ。
「貴様っ、一体何を――!?」
突然活動を停止させられて狼狽するアル・ファズールの意識を少しでも惹きつけておく為に、俺は淡々と種明かしをする。
「鍵の石版は、各々の界で封印の役を担っていた。文字通り封印の「鍵」ってワケさ」
その力は、神さえも封じる結界を生む。
他ならぬシステム自体がゲームの中に組み込んでいた何でもないようなシークエンスを手がかりに仕掛けたトラップ。
レイは、俺の意図を過たずに読み取ってこの場に発動させた。
更に、ゲーム中の事象と同調させる形でシステムの動作にまで影響を及ぼしている。
どういう手を使ったのかは解らないけど、それぞれのステージで鍵の石版の身代わりになってる筈の面々の力さえ引き出して――実際には彼等の存在という「データ」をプログラムに処理させる事でシステムに負荷を掛けてるんだろう――、レイはアル・ファズールと、引いては【cubic world】のシステムそのものと戦ってるのだ。
そうしてる間にも、アル・ファズールの身体から一切の動きや表情が消える。
ただ其処に在る、というだけのアル・ファズールの様はまるで魂のない虚ろな操り人形のようで、それが神を名乗るモノの正体だと思うと薄ら寒い気分に陥る。
どうやら、擬似人格の維持を放棄したシステムが、全容量を傾けて封印の効力の無効化に乗り出したらしい。
拮抗する力のままに掌で震える立方体(キューブ)に視線を落として、俺は此処にはいない仲間に想いを馳せる。
自らを風鳴りの樹に捧げたガランサス。
石像と化して破魔の磐戸を護るサキ。
浄水宮の奥の泉で眠り続けるマリア。
神秘の炎の中で結跏趺坐するグレン。
そして、王冠を戴いて玉座に囚われたレイ。
彼等がくれた、たぶん最初で最後のこのチャンスを逃すわけにはいかない。
五芒星を描く光は徐々に弱まり、再び軋み始めた天井は遂に高い音を立てて砕け散った。
透明な破片がキラキラと輝きながら降り注ぐ中を、アル・ファズールめがけて突き進む。
結界の効力が完全に失われたまさにその刹那、俺の突き出した剣がアル・ファズールの胸を深々と貫いた。
俺を惑わせる為のレイへの擬態が解けて、アル・ファズールの身体が一瞬だけ元の天使のようなあどけない少年のものに戻る。
次の瞬間、爆発的な閃光が視界を埋め尽くした。
アル・ファズールの――システムの断末魔の叫びが頑丈な城郭の壁を震わせる。
やがて、光の洪水が収まった時には、其処にアル・ファズールの姿はなかった。
「さってと」
燦々と陽光の降り注ぐ天を振り仰いで、たった1人取り残された俺はちょっぴり途方に暮れていた。
見事に崩れ落ちた天井の中央、硝子を支えていたアーチ型の骨組みが交差する部分に、ニヴェウスの【白】の石版が嵌め込まれている。
「うーん、届かないなぁ」
他の5つの石版は元通り立方体(キューブ)に嵌めたけど、どう頑張って手を伸ばしたところで空を飛べるんでもない限り【白】の石版を手に入れるのは無理だろう。
そう冷静に考えつつ、実はそれほど焦る気持ちはなかった。
一応はラスボスを倒した以上システムの暴走は止められた筈だから、後はレイなり外部の人間なりが何とかしてくれるだろうって楽観する気分の方が強い。
どうせなら、このままニヴェウスの石版の代わりにこの世界の礎になるのも悪くない…どうせ、助け出されるまでの僅かな間の事だろうし。
そんな事をぼんやり考えてたら、どこからともなく溜息混じりの声が聞こえてきた。
「まったく、世話の焼ける」
それと同時に、肩甲骨の辺り――闇の触手に囚われる直前、縋るように腕を伸ばしてきたレイの両手が触れた場所から、漆黒の翼が現れる。
「レイ、なのか?」
纏った気配も確かに覚えのあるものなのに、俺は確信を持って呼びかける事が出来なかった。
…言葉遣いや声の調子から感じる印象が少女らしくない気がしたのだ。
俺の困惑を他所に、レイと思しき声の主は笑みを孕んだ声で柔らかく命令を下す。
「ほら、さっさとエンディングを済ませておいで」
その言葉に送り出されるように、俺の身体は高みを目指して上っていった。
6つ目の石版を立方体(キューブ)に嵌めると、周囲の景色は白光に飲み込まれた。
ステージを移動する度に通って来た界の狭間の虚空。
上下左右の感覚も時間の感覚もないこの空間で、終焉の儀式が行われようとしていた。
『全ての石版を集め立方体(キューブ)の謎を解きし者、新たなる神よ。汝は何を望むか?』
正常に戻ったであろうシステムの問いかけに答える形で、俺は狂ったゲームの終わりを宣言する。
「cubic worldの解放を」
『…それが神の望みとあらば』
ささやかな沈黙の後に返された受諾の言葉が、俺の【cubic world】での最後の記憶となった。