c |
u |
b |
i |
c |
o |
w |
o |
r |
l |
d |
ニヴェウス
―虚ろなる神の居城―
俺が閉ざされた城門の前に立つのを見越していたかのように、大きな扉が内側から音もなく開かれる。
自動ドア…なワケはないから、何者かがこっちの動きを逐一監視してるってコトだろう。
四六時中見張られると思うと気にならないと言えば嘘になるけど、敵の本拠地に乗り込んでるんだから仕方ないと割り切って門をくぐる。
幸い投槍や矢の雨の洗礼を受ける事もなく、俺はすんなりと城内に迎え入れられた。
極力人の手による介入を感じさせないよう細心の注意が計られていた外苑とは違ってさすがにしっかりと舗装された中庭を通り、本殿と思しき建物の入り口へと辿り着く。
十数段程の階段を上った先の扉も、ドアノッカーに手を伸ばすまでもなく目に見えない腕によって押し開かれた。
ただし、こちらは俺が室内に入った時点で高い鍵音と共に硬く閉ざされる。
「帰すつもりはないってコトか」
意識せずに呟いた声は、意外な音量で辺りに響き渡った。
俺は、自分の声の思わぬ大きさにちょっとばかりどきどきしつつ、慌てて周囲を窺う。
入ってすぐの玄関ホールは吹き抜けなっていて、俺の声が予想外に響いたのは高い天井に反響した所為らしい。
左右にそれぞれ緩く弧を描いた階段があり、中2階って感じの正面ロビーには高そうな絵画や彫刻に囲まれた重厚そうな扉があって、誘いをかけるように細く光が零れている。
他にも幾つか扉があるのが目に入ったものの、それらはいずれもしっかりと閉じていた。
罠か、それとも誘導か。
これが普通のゲームなら、城主の許を訪れる前に城内を隈なく探索しただろう。
一応はラストステージで、しかも結構複雑そうな造りの城塞とくれば、最強の武具やら伝説のお宝やらが眠ってる可能性は非常に高い。
でも、今回は勝手が違う。
一刻でも早くこの世界からおさらばしたかったし、そもそもゲームシステムが用意した武具は信用がおけない。
レイみたいに完全なオリジナルとはいかなくても、自分好みにカスタマイズした愛用の剣とスリングショットがあれば充分だ。
だから、あえて誘導にのる形でホール正面の重々しい扉の先へと進む。
其処は、大広間と礼拝堂が一緒になったような、華やかで荘厳な空間だった。
円形の室内に調度の類は少ない。せいぜいが壁に掛けられた繊細な銀細工の燭台くらいのものだ。
ただ、床に描かれた複雑な紋様と奥に鎮座するパイプオルガンのような楽器がやたらと目を惹く。
手摺りのない螺旋階段がそれ自体装飾の一部ででもあるかのように壁を這っていて、これを上らなきゃならないかと思うとそれだけでげんなりと気分が萎えた。
それでも、ココで回れ右をするのも芸がないので、階段の上り口目指してのろのろと足を運ぶ。
室内を突っ切る途中、床の上の紋様に足を踏み込んだところで異変が生じた。
不意に床が光を放ち、中心部分がふわりと浮かび上がる。
「ぉわっと!」
危うく縁から落ちかけてバランスを崩した俺を乗せて、魔法仕掛けのエレベーターはゆっくりと上昇していった。
元がただの床だから当然柵なんて物はなくて、俺は今にも落ちそうな気がして内心かなりヒヤヒヤする。
やがて、壁から張り出したバルコニーのような足場と丸く切り取られた床とがぴったりと嵌る所で、エレベーターが停止する。
ようやく人心地ついた思いで動かない床に足をつけた俺は、延々と壁を這い登っていた螺旋階段がちゃんと此処まで辿り着いてるのを見て、呆れ半分で感心してしまった。
主に招かれてない訪問者は、息を切らせて階段を上って来るんだろうか。
絶対この城塞の設計者は意地が悪い。っていうか、そもそもゲームデザイナーが相当根性曲がりだったに違いない。
ひとしきりそんな事を考えつつ、このフロアに唯一設けられた扉へと手をかける。
いよいよ、ラスボスとご対面だ…たぶん。
深く息を吸い込んで、思い切って扉を押し開くと、眩い光が俺の視界を奪った。
「よく来たね、アル」
若いのか、年老いているのか、男か女かも判別し難い不思議な高さの声が、やけに馴れ馴れしく俺の名を呼ぶ。
俺は、焦らず明るさに目が慣れるのを待った。
総硝子張りの天井から燦々と降り注ぐ陽射しの中、光沢のある薄布を幾重にも重ねた豪奢な天蓋つきの仰々しい長椅子の中央に、この城の主が腰掛けている。
蜂蜜色の巻き毛にミルク色の柔らかな肌、笑みの形に細められた双眸は至高なる天上の青ってヤツだ。
「おまえが来るのを待っていたよ」
天使のような、という形容そのままのあどけない少年の姿をしたその人物は、容貌に似合わぬ尊大な口調で歓迎の意を告げる。
間違いない。こいつは、cubic worldを掌るシステムの代弁者だ。
「此処はニヴェウス。数多の艱難辛苦を乗り越えた者だけが辿り着く事の出来る赦しの地。無意味な戦いや心乱す愛憎の齎す苦悩より解き放たれた、選ばれた民の住まう理想郷」
「それで、俺もあんたに選ばれた人間だってのか?」
いかにもありがちな口上を白けた気分で聞き流してた俺は、皮肉を込めてそう訊き返す。
やたら偉そうな態度もさることながら、「選ばれた」って考え方そのものが非常に気に喰わない。
だが、生憎とその程度のコトじゃ堪えない程度には、相手は厚顔無恥だった。
何しろ、世界が自分の物だと錯覚して支配者を気取ってるくらいだ。
「おまえは特別だよ」
怖気が走るような猫撫で声で、そいつは俺に語りかける。
「我が名はアル・ファズール。即ち万物の父【ALL
FATHER】にしてこの世の神。そして、おまえは私を継ぐ者として「総て」の意を持つ「アル」の名を冠しているのだから」
彼の言葉が暴いたのは半ば予期していた事実と、それから、意外な真実とかいうヤツだった。