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スカルラトゥム
―氷と炎の秘境―
古代魔導王国王家の末裔?レイが?
グレンの発言に混乱した俺は、救いを求めてレイを見遣る。
ちょっと考えればそれがゲーム中の設定だって解りそうなもんだけど、それにしたって本人から何も聞かされてなかったし、そもそもゲームシナリオに影響が出るような裏設定ができるなんて事前に説明された覚えがない。
俺が知ってるレイは、標準よりちょっと魔法系に秀でたレンジャーで、大事な俺の相棒、それだけだ。
レイは、俺の方を見てはいなかった。
透徹した黒瞳をグレンに向けて、無言で先を促す。
グレンは、構えていた杖を下ろすと訥々と語り始めた。
「我が一族は炎の祝部(はふりべ)。その役目は神秘の炎を護る事。そしてもう1つ。喪われた魔導王国へと通じる道の鍵を相応しい人物に渡す事」
今は静けさを取り戻したグレンの瞳に、紅蓮の火が熾る。
「長い間、我等は待ち続けた。幾つもの朝夕、幾つもの歳月…余りに多くの時が過ぎ去った。血脈が絶え、遂に儂が最後の1人となるまでにな」
それは、抑圧された感情の焔だった。
血筋への誇りと任務への執着、いつ来るとも知れぬ時を待ち続ける事への憔悴、拝跪すべき主を希求する想い――絶望と希望の狭間で絶えず燻り続けてきた様々な思いが、彼の瞳の中で炎となって見る者の心を焦がす。
けれど、傍で見てる俺でさえ気圧される迫力を持つ彼の眼差しを真っ向から受け止めるレイが返したのは、断罪ともとれる容赦のない問いかけだった。
「それで、生きた屍人となる道を選んだの?」
生きた屍人【リビングデッド】が死ぬ事はない。
聖なる力で祓われ浄められない限り、彼等は永遠の時を生き続ける。
罪に穢れた偽りの不死。
祭事を司る祝部という一種の聖職者のような立場にいたグレンにとって、忌むべき存在に身を堕とす事は苦渋に満ちた決断だったろう。
だが、グレンは事も無げに告げる。
「それが、儂に残された道なれば」
そうして、彼はレイの前に神秘の炎を閉じ込めた氷柱への道を開けて言った。
「ようやく我が一族に課された務めを果たせる日が来た。レイ、といったな。最後の祝部として、儂はおまえさんの資格を認めよう。氷の檻を解かれよ。正当な王家の裔ならば容易い筈じゃ」
相手の真価を見定めようとするグレンの僅かに挑みかかるような視線の奥に、何かを期待する色が見え隠れする。
レイは、そのどちらにも完璧に応えた。
いっそ優雅ともいえる仕草で伸ばした彼女の指先が氷の表面に触れた瞬間に、氷の檻は跡形もなく消え去った。
融けた、なんてもんじゃない。一瞬の内に昇華したのだ。
凄まじい魔力…レイはいつの間にこんな魔法を手に入れたんだ?
困惑する俺の目に、変わらず燃え続ける蒼い炎が映る。
グレンは、その炎の中に無造作に手を差し入れると、【赤】の石版を取り出した。
それを捧げ持って、彼はレイの前に膝をつく。
「我が君」
レイを振り仰ぐ彼の表情は、紛れもない畏怖に彩られていた。
「我等に託された鍵を今こそお返ししましょう。どうか、祖国への扉を解き放ちくだされ」
レイは、顔色1つ変えず当然のように石版を受け取ると、立方体(キューブ)に嵌め込む。
2人とも立ち居振る舞いも台詞もやけに芝居がかってるのに、何故だか滑稽だとは感じられなかった。
見上げるグレンの墨色の眉の下で赤々と燃える燠火の如きカッパーの瞳、ゆらゆら揺らめく蒼い炎、氷の壁の上で踊る煌めき――溢れる光の幻惑に魅せられて、思考が麻痺していくような感覚にぼんやりを身を委ねる。
――そういえば、炎を使う催眠暗示なんてモノがあったっけ…。
頭の片隅で明滅する危険信号をどこか他人事のように認識していた俺は、もっと現実的な危機感にはっとなった。
地の底から響く不気味な軋みと振動、それに連動して、急激に周囲の温度が上がっている。
我に返って辺りを見回した俺は、広場の中央に陣取る神秘の炎が身の丈ほどに巨大化し、更に勢いを増しているのを目にしてその場に立ち尽くした。
「これは!?」
愕然とする俺とは対照的に、グレンは淡々と現状を口に乗せる。
「この洞窟は、山の根に通じておる。解き放たれた神秘の炎はやがて眠る山々を目覚めさせ、スカルラトゥムを未曾有の大噴火が襲うじゃろう」
――またかよ!
俺は、胸の裡で叫んで歯軋りした。
この世界も、やっぱり石版と引き換えに滅びちまうのか?
そうする事でしか、俺はレイを彼女の国に連れ帰ってやれないのか?
「案ずるな」
まるで、俺の苦悩を読み取ったかのようなタイミングで、グレンが口を挿む。
「炎の祝部の一族の血には、神秘の炎を操る力が宿っておる。我が一族の積年の悲願が叶った今、もう1つの役目にこの身を捧げよう」
言い終えると同時に、彼は燃え上がる炎の中へと踏み込んだ。
「な…っ」
思わず絶句した俺に、グレンは最初に見たのと同じ穏やかな顔を向ける。
「神秘の炎は、儂の身を灼く事は出来んよ。まぁ、熱くないといえば嘘になるがな」
それでも、今しばらくはスカルラトゥムの滅びを留め置けるじゃろう。
そう笑って、グレンは心なしか弱まった炎の中心に杖を置き、結跏趺坐した。
そして、レイに向かって深々と頭を下げる。
レイは、そんなグレンの姿を瞳に焼きつけるように、スカルラトゥムを去る最後の瞬間まで目を逸らさず見つめていた。
レイが胸の前で重ねた掌の上で、4つの石を嵌め込んだ立方体(キューブ)がそれぞれの色の光を放つ。
周囲を取り囲む壁が同じ色に輝き、俺達の足元を照らした。
4色の光が交わった場所から、文字とも模様ともつかない物が浮かび上がる。
黒く塗りつぶされた床にあたる面の上に銀色で浮かび上がったそれは魔法陣だった。
円を描く紋様の中央に立って、レイが口を開く。
「いざ、道よ開け」
それに応じるように、魔法陣が明るく輝きだした。
少女らしく澄んだ、けれど逆らい難い威厳を秘めた声で、彼女は命じる。
「捜し求めた我が故国、アクィラスへ」
そうして、俺達は喪われた魔導王国に跳んだ。