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スカルラトゥム
―氷と炎の秘境―
夢と現実の境界線上を彷徨う意識を、ぱちぱちと炎の爆ぜる音と木の燻される微かな臭いとがくすぐる。
おかしいなぁ、家のマンションはキッチンまでオール電化で火気厳禁なのに――なんてぼんやり思ったところで目が醒めた。
目を開けて最初に視界に入ったのが梁が剥き出しになった高い屋根で、自分の部屋の見慣れた天井を想像していた俺は一瞬自分が何処で何をしてるのか解らなくなる。
「あれぇ?」
横になったまま我ながら間の抜けた寝惚け声を上げると、真上から見知らぬ顔が覗き込んできた。
「おぉ、気がついたか」
50代後半から60代…爺さんと呼ぶのはちょっとまだ憚られる微妙な年代の男性だ。
癖の強い薄墨色の髪に、深く刻まれた皺。太い眉と口髭の所為で顔つきは厳めしく見えるけど、カッパーの瞳は穏やかで温かい。
年の割りに背筋が真直ぐ伸びてて体つきもがっしりしてるから、戦士系のクラスなのかもしれない。
うだうだとそこまで考えて、俺はようやく我に返った。
「レイは!?」
勢い良く跳ね起きた俺は、囲炉裏から離れた壁際の寝床に横たえられたレイの姿を見つけて蒼褪める。
「心配せんでも、疲れて眠っとるだけじゃよ」
慌てて這い寄って生気を確かめるようにレイの頬に手を伸ばす俺を宥めるように、男はのんびりと口を開いた。
「抱きかかえられとったおかげで体温が下がらなかったのが幸いしたんじゃろ。ほとんど凍傷も負っとらんし、おまえさんの方がよっぽど死にかけてるように見えたくらいじゃ」
今眠ってるのはおまえさんの体力を取り戻す魔法で力を消耗した所為で、それも一晩眠れば回復する程度に過ぎん。
落ち着いた調子でそう告げられた俺は、実際に間近に見たレイの寝顔が思いの外安らかだった事もあってようやく安堵の息を吐く。
「それにしても、雪崩の後にぽっかり取り残された雪のドームの中に倒れとるおまえさん達を見つけた時はほんとにびっくりしたぞ」
男は、俺に囲炉裏の傍の席を勧めて熱いスープの入った器を差し出すと、その時の様子を振り返り振り返り話してくれた。
どうやら俺達は雪崩そのものは何とか凌いだものの、衝撃と心身の双方にかかった負荷とで揃って気を失ってしまったらしい。
見回りに出た彼が俺達を見つけた時、レイの張った障壁はまだ2人を守っていたそうだ。
ただ、レイ自身は力を使い果たしちまってたし、俺は俺で低体温症に罹ってて、手足の先は酷い凍傷になっていた。
そんな俺達を、彼は近くの山小屋に担ぎ込んで面倒を見てくれたってワケだ。
容態がそれほど悪くなかったレイは、割とすぐに意識を取り戻したらしい。
その後、俺の傷を癒し、生命力を高める魔法をかけ続けて、俺の状態が落ち着いたところでぷっつりと糸が切れたように再び眠りに就いたのがつい先刻の事なのだと、男は言った。
俺は、またもやレイに無理をさせた自分の不甲斐無さにちょっぴり落ち込んだ。
それでも、あの状況下でレイを凍気から庇い通せた点だけは自分を褒めてやっても良いだろう。
そう自分に言い聞かせて気分を浮上させたところで、男が話題を変える。
「聞けば、そのお嬢ちゃんは失われた故国に辿り着く為の鍵を捜し求めておるとか」
「あぁ、」
応える俺の声には、僅かな逡巡があった。
でも、【茶】のステージのラテリシウスでもレイが同じ口実を使ってたのを思い出して、とりあえず話を合わせる事にする。
「何とかして彼女の故郷を見つけて、送り届けてやりたいんです」
レイの寝顔を横目にそう答えながら、俺は言い様のない違和感を覚えていた。
接続が巧くいってないっていうか、自分が自分じゃなくなってるっていうか…自分の意思で口裏を合わせてるつもりが、実は誰かにそう言わされてるんじゃないかなんて理不尽な感覚が頭の片隅で明滅する。
それなのに、俺の口からは今もすらすらと言葉が紡がれているのだ。
「その為にも、このスカルラトゥムに伝わる神秘の炎の謎を解かないと…」
「なるほどのぉ」
男は、俺の感じてる不信感には気づいた様子もなく感慨深げに頷いた。
「しかし、この吹雪の中を歩き回るわけにはいくまいて」
その言葉に、俺はその時になって初めて吹き荒れる風の音に気づく。
それと同時に、かちりとピースが嵌るように思考の不自然さは霧消した。
「この調子では今夜はちぃと無理じゃろうが、雪がやんだら神秘の炎の許に案内しよう」
儂はこの山の事にはいろいろ通じとるから、という彼の申し出を、俺は素直に受ける事にする。
「ところで、おまえさんの名を訊いとらんかったの」
…そういえば自己紹介すらまだだった。
敵か味方かも解らない相手に簡単にこちらの素性を話してしまった事を迂闊に思ったものの、それほど焦りは感じなかった。
これも、彼の人柄あっての事なんだろう。
「俺はアル。彼女――レイのパートナーです」
「パートナー、か」
俺が名乗った関係に、男は何やら意味深な反応を見せた。
マリアの揶揄うような調子とは違う、思慮深げな感じの微妙な「間」のようなモノ、とでも言えば良いんだろうか。
それから、打って変わって事もなげな口調で、彼は重大な事実を口にした。
「儂はグレン。神秘の炎を護る一族の族長で、最後の生き残りじゃ」