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スカルラトゥム
―氷と炎の秘境―
青が水なら、赤は火――そう思うのが普通だろう。
現に、【赤】のステージに降り立ってすぐ立ち寄った山裾の町の住人達は、口を揃えて「このスカルラトゥムには神秘の炎が宿っている」と言っていた。
…にも拘らず、現在俺達は雪山登山の真っ最中だったりする。
【cubic world】を作った人間は、大概ひねくれた頭の構造をしてるに違いない。
「さ〜み〜ぃ」
せめてもの気晴らしに節をつけてオペラ声で文句をつけてたら、レイに氷点下の眼差しを向けられた。
「雪崩が起きても知らないわよ」
現在の彼女はいつもの黒尽くめの服の上から毛皮で縁取りされた白いフードつきケープを羽織ってる。
彼女の出で立ちを見た親切な宿屋の小母さんが娘のお古だけどと譲ってくれたもので、非常に可愛らしい――言動は相変わらず冷めてるが。
そのカッコで白い雪原に立つと保護色になるっておまけつきの逸品だ。
ちなみに、俺が着てるのは動き易さを重視したレザーのコートで、風は防いでくれるけどそれほど温かくはない。
だから、ちょっとぐらい寒がっても許されると思うんだけど。
「それはヤだなぁ」
ぼやきながら何気なく周囲を見回した俺は、目に入った光景にぎょっとした。
登山道の片側に面した坂の上から、轟音と共に雪煙がこちらに向かって来るじゃないか!
幸い、ソレは雪崩ではなかった。
いや、幸いってのは違うな。
凶暴化した猪が群れを成して突進して来るのを嬉しいと思う奴はあんまりいないだろう。
頭ではくだらない事を考えながら、俺とレイは打ち合わせもなく左右に飛んで突撃を躱す。
飛び退きざま、レイが手首を翻すのがちらっと目に入った。
何か仕掛けたな、と思うまもなく、俺達が立ってた場所に差し掛かった先頭の1頭が勢い良く転倒する。
レイの放った飛刀に結んである細い金属製の糸に足を取られたのだ。
もつれ込むように後続の猪が次々突っ込んで来て、敵の一群は見事に自滅コースを辿った。
「うーん、まさに猪突猛進」
効率の良いレイの頭脳プレイに感心しつつ、雪だるま状態で坂を転げ落ちる猪の群れを見送る。
と、不意に氷雪混じりの突風が横殴りに吹きつけた。
剥き出しの顔を腕で庇いながら見上げた空には、黒々とした巨大な影が浮かんでいた。
怪鳥ルフ。象すら一撃で殺すとまで言われるメチャクチャでかい禿鷹の化け物だ。
挨拶代わりに両翼から放たれた衝撃波は、レイの風刃魔法に相殺されて辺りの雪面を削るに止まった。
続く鋭い爪の一撃を、剣で受け止める。
「くっ!」
咄嗟に筋力を高める魔法を使ったものの、さすがに片手じゃ力負けした。
空いた手を刃の背に添えて強引に振り抜いた剣が届くより早く、ルフは悠々と宙に舞い戻る。
厄介な事に空に逃げられちまうと剣は届かないし、レイの飛刀じゃ翼の一振りで弾き返されるのがオチだ。
前回の対龍神戦みたいな事もあるから出来ればレイの魔法は温存しておきたいし、かといって俺の使える魔法なんて高が知れてる。
そうなると、必然的に物理的な遠距離攻撃しかないわけだ。
「防御は任せた!」
短くそう言いおいた俺は、不本意ながらもレイの背後に退がってスリングショットを構える。
立て続けに撃ち込んだ3発の炸裂弾の内2発は衝撃波で叩き落とされたものの、残りの1発がルフの片目に命中した。
着弾と同時に頭の半分が弾け跳び、もがくように大きな翼を羽ばたかせかけた巨体が重力の法則に遵って雪原に沈む。
かなりの重量を受け止めた震動で、腹の底から揺るがすようなずぅぅぅんという地響きが起こった。
「…」
そこはかとない嫌な予感に、俺とレイは黙って顔を見合わせる。
次の瞬間、恐れていた事態が現実となった。
圧倒的な質量でもって迫り来る白い壁――雪山の恐怖、雪崩が俺達に襲い掛かる。
「噂をすると影が射すってのはこーゆーコトか!?」
この期に及んでまだバカな事を叫びつつ、せめてもとレイが張ったドーム状の障壁の雪の波濤にぶつかる面を強化した。
偉大な自然の脅威を前に、ちっぽけな人間に出来るコトなんてほとんどありやしないなんて、謙虚な考えが脳裏を過ぎる。
雪の滑る大音響と衝撃。畏怖。
けして膝を折ろうとはしないレイの小さな身体を胸に抱き込んだまま、俺の意識は文字通りの白に呑み込まれた。