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ラテリシウス
―大地の民―
荒御魂(あらみたま)――猛々しく鎮め難き神霊、荒ぶる霊魂、祟り為す神。
脳に直結したデータベースから、レイの呟いた言葉の意味が今更ながらに蘇る。
石化の呪いをその身に宿す翼有る蛇、バシリスク。
破魔の磐戸が封じていたモノの正体を目の当たりにしたレイの反応は速かった。
魔法で作り出した氷の壁を即席の鏡に見立てて敵の視線の呪縛を断ち、浄化の結界を張って瘴気を祓う。
事ここに至ってようやく我に返った俺は、女性陣2人を背中に庇いつつ剣を抜き放った。
この相手に接近戦が通用するなんて思ってるワケじゃなくて、自分を叱咤して戦う覚悟を決める為の儀式みたいなものだ。
じりじりと胸が焦げるような恐怖は無理矢理飲み込んで、氷越しに敵を見据える目を逸らさないまま俺は背後で魔法を操るレイに問いかける。
「アレを殺す術は?」
「ない事はないけれど…」
いまいち歯切れの悪いレイの返答を訝しく思うより早く、サキがそれを遮って叫んだ。
「いけない!神を殺めれば、ラテリシウスの地に災いが齎される!」
アレが神だって!?
思わず叫び返しそうになった俺を、レイが静かに嗜める。
「サキの言う通りかもしれないわ」
俺の腕にそっと手を置いたレイは、触れた膚を通じて俺にしか聞こえないようにこう囁いた。
「あの蛇神の魔力が、このステージを支えているのかもしれない」
端的なその指摘が、俺にヴィリディスでの出来事を思い出させる。
要を喪って崩れかけた世界。風鳴りの樹に囚われ、己が魔力を捧げ続ける道を選んだエルフの青年。払った代償の大きさと罪の意識。
そうして心に生じた迷いが、一瞬の隙を生んだ。
獲物を捕らえられない事に焦れたバシリスクが、棘のついた鱗に覆われた尾で氷の壁を叩き割る。
「ちっ」
俺は、咄嗟にありったけの魔力を込めた閃光弾をバシリスクの顔面めがけて投げつけた。
炸裂した光に相手が怯んでる隙に、レイとサキを連れて石柱の陰に走り込む。
怪我の功名っていうか、解った事がひとつ。どうやら、バシリスクの邪眼は強い光に弱いらしい。
光の気配そのものを厭うみたいに身をくねらせるバシリスクに目晦ましの光弾をスリングショットで立て続けに撃ち込んで、じわじわと磐戸の向こうに追い込んでいく。
更に、レイが発動させた封印結界が、バシリスクの身体を扉のこちら側と向こう側との境界線上に縫い止めるのに成功した。
後は、もう1度磐戸を閉じられれば何とかなるかもしれない。
光明を見出した俺の思考を読み取って、サキが動く。
「まかせて!」
止める間も有らばこそ、サキは柱の陰から飛び出すと磐戸に向かって駆け出した。
結界に身動きを阻まれたバシリスクの苛立たしげな視線が、サキを捉えかける。
間一髪、褐色の風が蛇神とサキの間に割り込まなかったら、彼女は石化の術に嵌っていただろう。
「カカゼオ…!?」
状況が飲み込めていないサキが、ほんの少しぼんやりとした様子で救い主の名を呼ぶ。
彼女を救ったのは、カカゼオだった。
その場に立ち込めるあまりに強い陰の気に竦んでいるものとばかり思っていたカカゼオが、サキの危機を救う為に自らの身を投げ出したのだ。
視線を浴びるそばからぴしぴしと石化していく体をおして、カカゼオは飛び込んだ勢いのまま果敢にも扉に体当たりする。
四肢の力を失って崩折れるカカゼオの重みも手伝って、黒い大理石の扉はゆっくりと閉ざされていった。
やがて、破魔の磐戸は、ついに再び蛇神を封じきる。
カカゼオは、天馬の末裔に相応しい威風を保ったまま、ゆっくりと扉の前に膝をついた。
――まるで、鍵の石版に代わって磐戸を護る封印の役を担おうとでも言うように。
「カカゼオっ!」
「ダメだ、サキ!」
自失から我に返ったサキがカカゼオに駆け寄ろうとするのを、慌てて後ろから羽交い絞めにするようにして抱き止める。
バシリスクが最後の足掻きとばかりに残していった瘴気の所為で石化の進行を早められたカカゼオの肉体に触れれば、サキまで石と化してしまう。
だが、サキは容赦のない力で俺の腕を振り解いた。
「放せ!」
鮮烈な激情をアンバーの瞳に宿して、サキは敢然とこう言い放つ。
「私はカカゼオと共に残る!残って、ラテリシウスの地を護る!」
凛と響く彼女の声には、抗い難い毅さがあった。
思わず気圧されて口を閉ざした俺に、やや言葉を和らげてサキは告げる。
「濫りに触れてはならないとされていた磐戸を開いたのは私の罪だ。償いは為されねばならない」
「でも、それは俺達が――っ」
「その石版がおまえ達の果たすべき務めへの導きとなるものである以上、おまえ達はおまえ達の為すべき事を為したに過ぎない」
再び口を開いた俺の反論は、はっきりとしたサキの言葉と瞳とに拒まれた。
「だから、今度は私が務めを果たす番だ。私は、カカゼオと共に新たな鎮守となる」
気高くも潔い態度で課せられた運命を受け入れる彼女が、俺には解らない。
何故、どうして、こんなにも過酷な決意を穏やかな眼差しで語る事が出来る?
けれど、続くサキの言葉が、彼女の想いの一端を伝える。
「民と国を護る。それが、王家の者の務めだろう?」
王位は血筋によって継がれるものではないと告げる一方で、彼女は王たる者の責務に常に向き合ってきたのだ。
世界の外に弾き出される直前、俺達が見たのは、寄り添うようにカカゼオの首を抱くサキの誇らしげな笑顔だった。
――また、救えなかった。
無力感にうちひしがれて、俺は虚空に立ち尽くす。
【茶】のステージはクリアした。
でも、俺達は、またサキを犠牲にしてしまった…ヴィリディスでガランサスを風鳴りの樹の贄にしたのと同じように、彼女に破魔の磐戸の護りを委ねて。
「こんなやり方でしか、このゲームは解けないのか?」
俺は、力なくレイに問いかける。
それこそが、【cubic world】を支配するシステムの罠なのかもしれない。
自らの行動によって滅びゆく世界や犠牲になる人々の姿をまざまざと見せつけられ続けたら、プレイヤーは結果を恐れ、戦意を喪失してしまうだろう。
「こんな風に誰かを巻き込まなくちゃ、先に進めないのか?」
答えはない。
解ってる。これは八つ当たりだ。
それでも、俺は振り向かないレイの小さな背中に問いを投げかける。
「…本当は、気づいてたんじゃないのか?」
サキに「鍵の石版を探している」と告げた時、何の躊躇いもなくサキに立方体(キューブ)を見せた時、この結末が訪れる事をレイは予想していなかったか?
レイは応えず、俺の心には疑惑という名の小さなしこりだけが残された。