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ラテリシウス
―大地の民―
出発の日の朝、自ら案内役を買って出てくれたサキを迎えに彼女の天幕を訪れた俺は、人が言い争う声を耳にして足を止めた。
「姫様!お待ちくだされ!」
年老いた男――確か、長老と呼ばれていた人物だ――が、切羽詰った調子で必死にサキに訴えかけている。
「サキ様自ら客人方を破魔の磐戸へと案内されるとの由、何卒考え直してくださいませ」
「くどいぞ、爺。破魔の磐戸は我等が聖地。相応の立場の者が導き手となって然るべきだろう」
これまでに何度も繰り返されたやり取りなのだろう。
うんざりと応えるサキに、男は懸命に食い下がる。
「ですが、サキ様は王家最後の裔。昨今の危険の多い旅路にて、御身に何事かあれば如何なさいまする」
「では、私に子を生す為だけに生き延びよと申すか!?」
問い返すサキの声音は、偶然その場に居合わせただけの俺でさえ思わず身を竦めるほどに苛烈だった。
「そもそも、王位とは血筋のみにて継がれるものに在らず。その座に相応しい者が就けば良い!」
憤然とそう言い放つと、入り口の帳を跳ね上げて天幕から勢い良く飛び出してくる。
俺は、咄嗟に物陰に身を隠して、荒々しい足取りで歩み去るサキの背中を見送った。
ややあって、天幕に取り残された男が力なく呟く声が耳に届く。
「なればこそ、我々はサキ様を必要としているのです」
ゲームの世界とはいえ、それぞれの人物が様々な問題や葛藤を抱えて生きているという点では、現実世界となんら変わりはない。
何だか聞いてはいけないものを聞いてしまったような気がして、俺はそっとその場を後にした。
サキと共に馬を駆って、草原を疾走する。
破魔の磐戸までの道程を徒歩で攻略するつもりでいたら、時間がかかり過ぎると一蹴された。
それほどラテリシウスの大地は広大だって事だ。しかも、他の土地と違って道中安全に寝泊りできる宿場がある筈もない。
幸い、2日間の滞在中にみっちり乗馬の技を仕込まれたおかげで、普通に移動するくらいなら問題ない程度には乗りこなせるようになってる。
乗り始めたばっかりの頃はやたら高い視点にちょっと怖い思いもしたけど、慣れてみると飛ぶように過ぎていく景色と頬に受ける風が思いの外気持ち良い。
このゲームが終わったら、実際に馬に乗ってみるのも良いかもしれない。
飛行士のシミュレーション訓練だと思えば今の体験だって有効かもしれないし…身体が覚えてるわけじゃないからやっぱりダメかな?
ちなみに、レイは俺の前にちょこんと大人しく腰掛けてる。
本当は身軽なサキに預けた方が乗せる側だって楽なんだろうけど、さすがに俺の方が騎乗で戦えるほどの腕前にはなってないから、敵襲に備える為にもサキには自由に動ける状態でいて貰わないと困るって事でこうなった。
実際、途中で凶暴化したコンドルやハイエナの群れに出くわす度、弓を引くサキは相手に近づく隙を与えず次々と撃退していった。
愛馬を駆るスピードは殺さないまま、手綱から両手を放して立て続けに矢を放つサキは、まるで狩りの女神みたいだ。
戦いに身を置く男達が、彼女を頭領と仰ぐ気持ちも解る。
戦場での強さに加えて、素直で飾らない人柄と若々しい華やぎ、何より圧倒的な吸引力。
叡智は経験によって培う事が出来る。若さゆえの奔放さなら周りの者が諌めれば良い。
でも、人心を惹き寄せる天賦の才は望んで得られるものじゃない。
そういう意味で、サキこそラテリシウスの王に相応しいという長老の言葉はとても正しいんだと思う。
結局、その日は陽が沈んだ時点で行軍を止めて野営する事になった。
丁度近くに小さな川の流れと身を隠すのに最適な灌木が見つかったから、其処に身を寄せて簡単な天幕を張る。
昼間の役立たず振りを挽回すべく、俺は夜行性の猛獣の活動時間にあたる夜更け過ぎからの不寝番を買って出た。
獣避けの為に焚いた火で暖を取りつつ、ぼんやりと夜明けを待つ時間が続く。
やがて、冷え込みが1番厳しくなった頃、草原を囲む東の山の端が白々と明るみ始めた。
普段の生活じゃ絶対見られない神秘的な景色にちょっと感動しながら辺りを見回すと、俺達のいる場所から目と鼻の先にある山の東側の斜面に、淡い紅紫の曙光に照らされて仄かに白く浮かび上がる柱状の列石群があるのが目に入る。
距離の感じからしてかなりの大きさがありそうなその石柱は、登山道を挟むようにして左右に規則正しく並んでいた。
こんな光景を何かで見た事があるような気がするんだけど、何だろう?
そんな事を考えていると、いつの間に起き出したのか、んーと大きく伸びをしつつサキが天幕から顔を覗かせる。
「あれが、破魔の磐戸への参道だ」
俺の隣まで来て並んで同じ風景を眺めながら、サキは誇らしげにそう告げた。
「あの奥に、神の眠る聖地がある」
――あぁ、そうだ。極東の地で神を奉る社の入り口に建ってる鳥居とかいうヤツだ。
サキの言葉にひとり得心する俺を横目で見ていたレイが、何やら考え込むように顔を翳らせてぽつりと呟く。
「眠る神とやらが荒御魂(あらみたま)じゃないと良いけど…」