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アクィラス
―古の魔導王国―
命を持った無機物の塊が、王の間へと続く扉の前に立ちはだかる。
人の形はしていても、けして生身の人間じゃない。
土と石から成る精巧な人形に息吹を吹き込んだ擬似生命体、ゴーレム。
どうやらこいつが俺達にとって最後の障害らしい。
アクィラスの白っぽい土を焼いて造られたらしい身体が、黒い石で囲まれた空間にぼんやりと光を帯びて浮かび上がる。
均整の取れた逞しい肉体のラインは、人間で言うなら歴戦の兵(つわもの)といったところだろう。
その腕の一振りで重装備の兵隊達を弾き飛ばし、頑強な拳は岩をも砕くに違いない。
無骨な手に握られた巨大な戦斧は三日月形の刃に施された繊細な模様と魔法文字の象嵌が美しい代物だけど、飾り物にしては迫力があり過ぎた。
「まともに遣り合って勝てる相手とは思えないんだけど?」
じりじりとゴーレムと睨み合っているだけで、思わず弱音が漏れる。
そんな俺を、零姫は珍しく嗜める事はしなかった。
代わりに、酷くシンプルな解決策を打ち出す。
「ゴーレムの生命活動を停止させるしかないわね」
「…どうやって?」
それが出来れば苦労しないだろうけど。
そう思いつつ尋ねた俺に、零姫が真顔で問い返してきた。
「…知らないの?」
俺は、彼女の反応に困惑しつつ、素直に頷く。
一瞬の沈黙。
「…こんな基本的な事も知らないなんて…」
零姫は、深々と溜息をついて肩を落とした。
こんな彼女の反応には覚えがあった。
アクィラスに着いてからの彼女はずっと深刻な雰囲気だったけど、旅の途中では年中軽口を叩いては呆れられていたのだ。
「そんなコト、この手のファンタジーモノのゲームのお約束じゃない。リサーチ不足だわ」
――ちっ、こんな時に。
再び頭の中を過ぎった見知らぬ単語ばかりが並ぶ遣り取りを、軽く頭を振る事で追い払う。
アクィラスに着いた辺りから、どうも記憶が混乱してるみたいだ。
まさか、これも心理的な罠だ、なんて言うんじゃないだろうな?
俺がそんな疑惑に駆られてる事を知ってか知らずか、束の間垣間見せた人間臭さが嘘のようにあっさりと気を取り直した零姫がゴーレムの止め方を説明してくれる。
「ゴーレムの額に書かれたEMETの文字、あれは「真理」を意味するの。そして、最初のEをとったMETの意味は「死」。つまり「E」の文字を消せば、ゴーレムは元の土塊に返るの」
「要するに、おでこの文字を消しゃいーんだな?」
だったら、頭ごと吹き飛ばしてやる!
俺は、零姫の返事を待たずにスリングショットを構えると、ゴーレムの顔面めがけて炸裂弾を撃ち込んだ。
狙いは抜群。
だが、肝心の弾はゴーレムの身体に届く前に魔法の障壁で遮られてしまう。
「生意気!っと」
まるで人間そのもののような仕草で頭を振って衝撃を打ち払ったゴーレムは、次の瞬間、予備動作無しで戦斧を振り下ろした。
咄嗟に零姫の身体を抱えて飛びずさった俺は、剣を支えにその場に膝をついてゴーレムを振り仰ぐ。
「どーするっ!?」
不気味なほど感情の読めない作り物の目と睨み合いながら、俺は零姫に問いかけた。
「遠距離攻撃は効きそうにないぞ!」
「足止めをしておいて」
零姫は、短くそう言いおいて俺の腕の中から抜け出す。
幸い、と言って良いものか、さっきの一撃でゴーレムは完璧に俺を敵対者として認識したようだった。
零姫の動きは追わずに、俺の方に向けて足を踏み出す。
ずしりと重い足音を立てて近づいて来るゴーレムを前に、俺は正直途方に暮れた。
こんなの相手に、どう戦えって言うんだ?
直接刃をぶつけ合って勝てる相手じゃない――何しろ身体のサイズが違う上に、その戦斧ときたら岩製の床に打ちつけても刃毀れひとつしないような頑丈さだ――となると、やっぱり奇襲しかないか。
魔導王国と謳われたアクィラスが技術の粋を凝らして生み出しただけあってゴーレムの動きは巨体に見合わず愚鈍さとは程遠いけど、それでもスピードなら俺の方が勝る筈だ。
まずは足止めと目晦ましを兼ねて、ゴーレムの足が床につく瞬間を狙ってもう1度炸裂弾を撃った。
本体には傷ひとつつかなかったものの、抉れた床に足を取られてゴーレムは僅かにバランスを崩す。
すかさず死角に回り込み、剣を振り抜く動作から風の魔法を放った。
触れた物を切り裂く風の刃ではなく、あらゆる物を薙ぎ倒して進む突風だ。
さすがにゴーレムの足を完全に払う事は出来なかったけど、その場に止める事には成功した。
不自然な体勢にみしみしと身体を軋ませながら、怒りに狂ったゴーレムは壁や床が傷つくのにも構わず無闇やたらと戦斧を振り回す。
ぶんぶんと唸る死の刃をかいくぐってゴーレムの足元まで駆け寄った俺は、強化魔法をかけた剣を渾身の力でもって突き立てた。
更に、切っ先だけとはいえゴーレムの硬い皮膚の下に潜り込ませる事に成功した剣先から、追い討ちをかけるように雷を流し込む。
ゴーレムの動きが止まったその一瞬を、零姫は見逃さなかった。
天井から下がるシャンデリアの鎖に絡めた飛刀の金属糸を利用して高々と跳躍すると、ゴーレムの肩に飛び移る。
彼女を視界に捉えようと首を巡らせるゴーレムに向かって、零姫は胸の高さに構えた腕を横一文字に薙ぎ払った。
ガガッという耳障りな音がして、零姫の華奢な身体が宙に弾き飛ばされる。
「レイっ!!」
慌てて走り寄る俺の目の前に、衝撃を風で緩めた零姫がふわりと降り立った。
一方、ゴーレムは、戦斧を振り上げかけた中途半端な姿勢のまま、ぴたりと身動きを止める。
怪訝に思ってよくよく眺めてみると、ゴーレムの額に刻まれたEの文字が見事に削り取られていた。
驚いて零姫を振り返れば、その指先にチャクラムと呼ばれる武器のように高速で渦を巻く水の輪が回っている。
「極度に集中した水流は、金剛石さえ断ち切る事が出来るのよ」
顔色1つ変えずにそう告げる彼女の背後で、盛大な地響きと共にゴーレムの巨体が崩折れた。