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アクィラス
―古の魔導王国―
廃墟と化した街を抜けて、零姫と2人、王宮を目指す。
アクィラスが滅びた正確な年代を、俺は知らない。
でも、少なくとも彼女が生まれるよりはずっと昔の出来事だった筈だ。
だが、先を行く零姫の足取りには迷いがない。
「此処に来るのは初めてなんだよな?」
躊躇いながらも気になってそう尋ねた俺に、零姫は、無言で小さく頷いた。
って事は、彼女の中に流れる血が進むべき道を示すのだろうか。
畏怖混じりの感慨を抱きながら歩き続けるうちに、俺達は街の中心部に辿り着いた。
其処は四方からの大きな通りが交わる広場になっていて、その中央に街並みの美しさを誇るアクィラスの中でも一際立派な造りの石の宮殿が建っている。
かつては文字通り街の中核を成す絢爛豪華な建築群だったのだろうその宮殿も、今は見る影もなく荒れ果てていた。
角が欠け、崩れかけた階段。焼き払われた庭園の木々。
それぞれに趣向を凝らした幾つもの離れや四阿を結ぶ回廊は、あちらこちらで倒れた石柱に寸断されている。
建物の残骸の規模とそれらに施された細工の美しさだけが往時を偲ばせて、その事が、かえって見る者の胸に痛みをもたらす光景だった。
零姫について足を踏み入れた主殿の中も、外観に劣らぬ惨状を呈している。
エントランスホールのドーム型の屋根には大きな穴が開いていて、そこから灰色の空が見えた。
床に敷き詰められた毛足の長い絨毯の上には、割れたステンドグラスの色とりどりの硝子が散らばっている。
壁を覆う豪奢な刺繍のタペストリーは無残に切り裂かれ、燭台や花器といった調度の類も尽く粉々に砕け散っていた。
「…酷いもんだな…」
思わず零れた呟きには応えずに、零姫は瓦礫に埋もれた広間を抜けると宮殿の裏庭にひっそりと建つ廟所に向かう。
他の建築物と較べると地味で人目を引かなかったのが幸いしたのか、それとも余程頑丈な造りになってたのか、廟の内部は多少壁に罅割れがあるものの比較的被害が少ないまま残されていた。
「此処は…?」
辺りを窺いながら尋ねた俺に、零姫が素っ気無い答えを返す。
「王宮への道の1つよ」
「王宮への道?」
俺は、再度廟の中を見回して首を捻った。
四方を飾り気のない壁に囲まれた室内には、別の場所への通路や階段は見当たらない。
ただ、4面の壁それぞれに1つずつ、火水風土の4大エレメントを示す紋章と空っぽの硝子球のような物が飾られてるだけだ。
「誰にでも開かれた道ではないから」
そう言って、零姫は紋章に呼応する2つの球体を土と水で満たし、残りの内の1つには踊る炎を、もう1つには渦巻く風を送り込む。
一見何でもないようなその行為の意味に、俺は内心舌を巻いた。
普通、魔法使いにはエレメントとの相性がある。
当然それは魔法の得手不得手に繋がるわけだけど、零姫はどの属性の魔法も同じように使いこなす事が出来た。
それどころか、司祭クラスの浄化魔法まで会得してるのだ。
…さすがは魔導王国の姫君ってわけか。
今更ながらしみじみ感心する俺の目の前で、4つの球体から光が放たれる。
緑、茶色、青、赤――アクィラスへの鍵である立方体(キューブ)と同じ色の光に照らし出された黒い石の床に、銀色の紋様が現れる。
此処に来た時と同じ魔法陣だ。
そう悟るのと同時に、俺達の身体は床をすり抜けた。
今度はいきなり別の場所に飛ばされるわけじゃなくて、足元の魔法陣ごと下へ下へと急速に降下する。
動き始めた瞬間の浮遊感とは反対に、停止する時には床に押さえつけられるような強い負荷がかかった。
これと良く似た感覚には覚えがある…あぁ、そう、高速エレベーターだ。
――「エレベーター」って、何だっけ?
一瞬脳裏に浮かんだワケの解らない言葉に困惑する俺に、先に魔法陣を降りた零姫が注意を促して寄越した。
「気を抜いてると命を落とすわよ」
「へ?」
命を落とすって、何だよ?
俺は、言われた事の意味を掴みかねて間の抜けた声を洩らす。
だって、此処は零姫にとっちゃ実家みたいなもんだろ?
けれど、俺を振り返らない零姫の視線の先、見通せない闇に包まれた廊下の向こうで、ぎし、と何かが軋む音がするのを俺の耳はしっかり捉えていた。